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赤月さん、大上君に知られている。

 

 私が謝罪の言葉を述べると大上君は驚いたのか、肩を大きく震わせてから、首が取れるのではと思える程に横に振っていた。


「あ……赤月さんが謝ることはないよっ!」


「でも……」


「俺はただ、俺が好きな赤月さんが……。君が君自身を否定するのを見たくはなかっただけなんだ」


 どういうことだろうかと私が首を傾げると、大上君は数歩、足を進めてきます。


「だって、赤月さんは俺に好かれるようなことはしていないって思っているんだろう?」


「はい……」


「でも、それは違う。……君は誰にでも好かれる優しい人だって、俺は知っているから」


 知っていると大上君はそう口にしましたが、私は昨日より以前に、大上君と面と向かって深い話をした覚えはありません。


「赤月さん、君は優しい人だよ。見ず知らずの他人を心から気にかけることが出来る人間なんて、そうはいない。誰かに手を差し伸べることが出来る優しさを君は確かに持っている」


「……」


 大上君は何か、言葉を選んでいるように見えました。本当は言いたいことがあるのに、言えない──。

 彼の様子を見ただけで、そう思えたのは何故でしょうか。


「確かに俺が赤月さんに近づいた理由は、君を自分のものにしたいっていう欲望のためだ。でも、そこにはちゃんと君に惚れた理由があるんだ。……今は、まだ言えないけれど」


 そう言って、大上君は苦いものを食べたような顔をしました。

 それ以上の言葉を綴らないと判断した私は、進行方向へと足を向き直してから、ゆっくりと進み始めます。


「あなたは私のことをどこかで知っていたんですね」


「……」


 大上君は無言のまま、私の後を付いて来ているようです。ですが、先程の言葉を否定しないのできっと今の問いかけには、肯定しているのでしょう。


「私はあなたのことを知りません。でも、あなたは私を知っているということですよね」


「……うん。まぁ、そういうことだね」


 歯切れ悪く答えつつ、大上君は苦笑します。


 それでも、お互いに初対面同士だと思っていたので、大上君の言葉にどこか納得出来た私がいました。


 私は大上君のことを知りませんでしたが、向こうが一方的に私のことを知っていて、好意的に思ってくれていると知っただけだというのに、少し安堵する自分がいます。


 それは恐らく、大上君が私のことを好きだと思った理由が「確かに」存在しているからでしょう。


 彼の想いを疑っているわけではありませんが、大上君が偏執的に──いえ、失礼。何かしらの理由を持って、一方的に想いを寄せてくれていると知ることが出来ただけでも、心の中に抱いていた靄のような感情は拭えた気がします。


「でも、私はどこで大上君に会ったのかは覚えていません。それは教えてはくれないのですか?」


「えっ……」


 私が首を傾げながら訊ねると大上君は明らかに動揺する素振りを見せました。彼がこのような表情をするなんて、珍しいですね。


「えーっと、それは……」


 かなり言い淀んでいますし、目が泳いでいます。

 ここまで狼狽するなんて、一体どんな初対面秘話があるのか知りたくなってきますね。私は大上君のことを一切覚えていませんが。


「それは……ちょっと、俺が恥ずかしいから、また今度でもいいかな」


「恥ずかしいお話なんですか?」


「うん、俺がね。赤月さんは最初から素敵な人だったよ。……でも、初めて会った時の俺はどうしようもなく情けない姿だったから、あまり覚えておいて欲しくはないんだよね」


「……」


 惜しい。あと少しで大上君の弱みになりそうな情報を手に入れられたのに。

 ですが、人には話したくはないこともあるでしょうし、深入りはしないようにしておきます。


「でも、いつかきっと話すよ。……俺が、赤月さんにとって相応しい大上伊織になれたら」


「……」


 どうやら、大上君は過去のご自身のことを後悔するべきものとして見ているようです。それならば、私は彼の心が決まるまで、初対面秘話を話してくれる日を待つとしましょう。


 歩いていると、道の終わりとも言うべき場所に辿り着きました。ここで大上君とはお別れです。


「それでは、大上君。また、明日」


 私は大上君に別れの挨拶をしてから、幼馴染二人との待ち合わせ場所に向かおうとしました。

 ですが、後ろから不意に呼び止められたのです。


「赤月さん」


 大上君からの呼びかけに応えるように振り返ると、彼は目を細めながら、口元を緩ませ、そして一言を告げました。


「好きだよ」


「……」


「それじゃあ、また明日。気を付けて帰ってね」


 熱が込められた一言を告げたあと、大上君は私が目指している教育センターとは別の方向に向かって歩き始めました。


「好き、かぁ……」


 何とも難しい感情です。でも、今の私には大上君に返事をすることは出来ません。

 だって、大上君に対して、同じような感情を抱いていないのですから。


 ただ、複雑さだけが心に残ったままです。


「……少しだけ、大上君のことを知ろうとした方がいいのかな」


 ほだされてはいけないと分かっているのに、そう思ってしまう私は、すでに大上君にほだされてしまっているのでしょうか。


 揺れてはいけないと私は首を横に数回振ってから、幼馴染達が待っている場所に向けて小走りで駆けていきました。

 

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