赤月さん、大上君に謝る。
「もう、一体何ですかっ!」
私はくるりと後ろを振り返り、頬を膨らませながら訴えます。
今の状態としては大上君を睨んでいるつもりなのですが、恐らく効果はないのでしょう。何故なら、大上君はいつも通りの笑みを浮かべているからです。
「どうして付いて来るんですか、大上君! 何か私に御用ですか!」
「そんなに邪険にしなくても……。ただ単に、赤月さんと帰る方向が一緒なだけだよ?」
大上君はにこりと笑って、おどけているようですが、私の目は誤魔化せませんよ。
「それでは、お先に進んで下さい。私は大上君が通った後に、行きますので」
「えぇっ? 寂しいなぁ。……途中までだからさ、一緒に帰ろうよ」
やはり、私に付いて来る気、満々のようですね。それならば、こちらも切り札を出させて頂きましょう。
「私はことちゃんと白ちゃんと待ち合わせをしているんです。そこに大上君を連れて来てはいけないと忠告を受けています」
「ああ、そう言えばお昼にそんなことを言っていたね」
「なので、勝手に付いて来られると私が困るのです! 何故なら、白ちゃん達との約束を私が破ったことになるからです!」
これでどうだと言わんばかりに胸を張って答えると、さすがの大上君も少しだけ悩む素振りを見せました。
「うーん……。確かに、俺のせいで赤月さんがあの二人から嫌味を言われるのは申し訳ないからなぁ」
人を気遣うその心、もっと大事にして欲しいです。このまま付いて来ることで、私の迷惑になるということを自覚してくれればいいのですが……。
「それじゃあ、途中まで。赤月さんがこの道を抜けたら、俺は別の道を通って、君の幼馴染とは鉢合わせしないように心がけるよ。だから、それまでは一緒に隣を歩いてもいいかな」
「……」
やはり、大上君もそれなりに交渉が上手いようですね。私の迷惑にならないように、ぎりぎりとなる部分まで干渉してくるつもりのようです。
「……どうしてそこまで、私と一緒に居たいんですか」
溜息交じりに答えつつ、私は大上君に背を向けて、待ち合わせ場所を目指して足を進め始めます。
これ以上、ことちゃんと白ちゃんを待たせるわけにはいきません。
「だって、俺は赤月さんが好きだからね。好きな子と同じ時間を過ごしたいって思っているだけだよ」
「その気持ちが一方通行だったとしても、ですか?」
「うん」
迷うことなく、はっきりとした声で大上君は答えます。
「……私、あなたに好かれることなんてした覚えはないのに」
「ふふっ。昨日も同じことを言っていたね」
大上君も私の歩幅に合わせて歩き始めます。こうやって隣に並ぶと、いかに大上君の足が長いのかが分かりますね。
今の時間は夕方であるからなのか、校舎と校舎の間にあるこの道を通る人はいないので、静けさだけが漂っています。
二人だけの空間となっていますが、大上君は昨日のように私に迫ることはしませんでした。ちゃんと、約束は守ってくれているようです。
「でもね」
そう言って、大上君はその場に突然立ち止まったため、私もつい立ち止まってしまいます。
振り返った先には、それまで軽薄そうだった雰囲気が削げ落ちてしまったように、一変した大上君が立っていました。
私を見つめる瞳には、確かな感情が込められていると分かる程の熱がはっきりと宿っていました。
「俺にとって、赤月さんは初めて心の底から好きになった人なんだ。だって今まで、誰かをこんな風に想うことも、欲しいと願うこともなかった。……恋焦がれているんだ、君に。だから、それだけは否定しないで欲しいな」
「……」
大上君の言葉に、私は思わずはっとしました。
何故ならば、私の言葉は大上君の全てを否定してしまっていたからです。
彼の言葉も感情も、私に向ける態度も。
それは今の大上君という存在を否定することに繋がると気付いたのです。何もかもを否定する言葉を大上君に向けるだけ向けて、そして自分の身を守ろうとしたのです。
心の奥にぽつりと浮かんだのは罪悪感と呼べるものでした。そう呼べるものを持たなければ、きっと心は楽だったでしょう。
それでも、大上君が切なそうな表情を浮かべて、私に否定しないで欲しいと告げた時、胸の奥に何かが刺さった気がしたのです。
「……ごめんなさい」
いつの間にか私は俯き、そして、そう呟いていました。