赤月さん、大上君に後を付けられる。
もはや、どうしてアルバイト先を知っているのか訊ねることは止めておきましょう。何となく、訊ねるのは怖いです。
とりあえず、踏み台の上から落ちそうになった際に助けてもらったことに関してはお礼を言っておきたいと思います。
「……助けて頂き、ありがとうございました」
「ううん。でも、次は気を付けてね。高い場所に本を戻したかったら、俺に言って? すぐ傍に控えておくから」
控えておくって、どういうことですか。
「いえ、これは私の仕事なので、取られると困ります」
私は表情を無にしたまま、大上君に軽く頭を下げて、本棚に配架するための本が乗っているカートを押しながらその場を離れることにしました。
意外にも大上君は私の後に付いて来ることはありませんでした。どうやら、私が仕事をしている姿を遠くから見るつもりのようですね。
本棚の隙間からちらりと大上君の方を見ると、彼は席に座って本を読んでいるふりをしながら、こちらを凝視していました。
目が合うとにこりと微笑んできます。
……それにしても、ここに居るということは先程、華やかな女の子達に誘われていたお茶から逃げて来たということでしょうか。
せっかくならば、そっちに行けば良かったのにと思います。
さて、大上君のことばかり考えてはいけませんね。今の私は図書館のアルバイトの最中です。
次の本は歴史の本ですね。この大学には私が通っている歴史学部があるので、歴史に関係する本は豊富です。
私は歴史の分類の本棚で、日本史やアジア史、ヨーロッパ史などの本を次々と本棚へと配架していきます。
今回の本の中には一番上の本棚に配架する本はなかったので、深く安堵しました。でなければ、先程のように大上君がやってきそうですからね。
そうやって、しばらく静かに仕事をしていましたが、大上君に助けてもらった以降は声をかけてこないまま、アルバイトの時間に終わりがやってきます。
本当に静かなままだったので、かなり楽でした。
確かに視線は感じていましたが、気にしなければ大上君はいないものとして意識できます。ああ、ずっとこんな静かな時間が続けばいいのに。
本を配架し終えて、司書さんにはアルバイト終わりの挨拶をすれば、今日の勤務時間は終わりです。
いつも二時間くらいの勤務時間となっており、時計を見ればもう夕方の五時過ぎになっていました。
そういえば白ちゃんが夕方に一緒に帰ろうと言っていましたね。図書館を出た私はマナーモードを解除してから、スマートフォンにメールが届いていないか確認してみます。
『小虎と一緒に、教育センターの自動販売機の前で待っているから。絶対に、絶対に一人でおいで。 真白』
おお……。随分と感情が乗っている文章ですね。文章の背後に拳を握ったまま冷風を吹かせて笑みを浮かべる白ちゃんの顔が浮かびます。
私はスマートフォンを鞄の中へと入れてから、口を一文字に結び直して気合を入れます。
先程、図書館内で顔を合わせた大上君と鉢合わせしないように気を付けながら、この場所から教育センターがある場所までの道順の中でどの道を選べば大上君と再び遭遇しないだろうかと考えつつ、歩き始めました。
よし、こちらの道にしましょう。校舎と校舎の間に三メートル程の隙間の道があり、教育センターまでは一直線となっています。
いざとなれば、走っていける最短ルートです。私は早足でその道に入っていきました。
それなのに、どうして後ろから足音が一つ、聞こえてくるのでしょうか。
「赤月さん、バイト終わったの? お疲れ様。この後、一緒にご飯を食べにいかない? 奢るよ」
「……」
「明日は雨が降るらしいから、傘を持ってきておいた方がいいよ。まあ、持って来なくても俺の傘に入れてあげるけれど。……はっ。そうなると、相合傘……! 赤月さんと相合傘だなんて、相思相愛が実現するってこと……!?」
「……」
「そういえば、明後日の土曜日、歴史学部で飲み会があるらしいけれど、赤月さんは行く予定かな? 俺としては一緒に行けたらいいなと思っているんだけれど……。あ、もちろん、お持ち帰りなんてそんなことはしないよ! お酒も飲める年齢じゃないし、それに他の人もいるし……」
「う……」
「う?」
「うるさいですーっ!」
私は右拳を頭上に掲げつつ、叫びました。
いつの間に、大上君は私に付いて来ていたのでしょうか。
図書館を出た際には周辺には誰もいなかったというのに、彼の隠密スキルは呆れるほどに感服するばかりです。
むしろ暗殺者にでもなれるのではないでしょうか。気配が全く感じられませんでしたよ。




