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赤月さん、大上君に妥協する。

 

「大上君、大上君。……講義は終わりましたが、体調は大丈夫ですか?」


 講義が終わって、教授が教室から出て行った直後、全く動かない大上君の様子に、私は思わず声をかけました。


「……はっ! あまりの嬉しさと尊さに呆然としてしまっていた……!」


「……はい?」


「赤月さんからのメモが嬉しくて……。つい、感動していたんだ」


「え、感動する要素なんてありましたか?」


 私は大上君に渡していたメモの中身を見てみますが、大したことは書いてはいません。


「だって! ほら、ここ! 『人の話を真剣に、真面目に聞く人が好きです』って! 赤月さんが、俺に! 初めて、好きだって……! それにこの柴犬の絵! 俺が今まで見た中で、史上最高に可愛い! 赤月さんは画伯だったんだね! しかも、二枚目のメモには俺を気遣う言葉が……! 保健室に連れて行く、なんて……ほ、保健室で、二人っきりで、一体何をするつもりなんだ、赤月さん! 俺は大歓迎だよ!」


 ほとんど呼吸することなく、そして周囲に聞き耳を立てられない程の声量で大上君は言い切りました。


「うわぁ……。本当に自己解釈の幅が広すぎて、むしろ尊敬します……」


「わぁい! 今度は赤月さんに尊敬されちゃった!」


「……もう、大上君、黙っていて欲しいです」


 この人、本当に思考が自由過ぎます。滅多な言葉をかけられなくなりそうなので、彼と話す時は無言で居たいくらいです。


「それに大上君、さっきの講義はずっと放心していて、全然真面目ではなかったです。なので、私が書いた『真面目な人』の中には入りません。残念でしたね」


 私が冷たくそう言い放つと、大上君はこの世の終わりと言わんばかりに絶望する表情を浮かべました。


 先程の喜びに満ちた表情が一瞬で消え去るとは思っていなかったのである意味、驚きです。本当に感情表現が豊かな人ですね。


「あ、赤月さんは、俺のこと……嫌い?」


「……」


 雨に濡れた子犬のような瞳で見つめられても、「好き」なんて絶対に言いませんからね!


「……これから、真面目になればいいのではないでしょうか。人間、いつだって巻き返しは出来るものですよ」


 あ、これは自分で首を絞める言葉になりそうです。案の定、大上君の表情は雨上がりの空のように明るくなりました。


「俺、頑張るね! 赤月さんの理想の恋人像になるために!」


「だから、話が飛躍し過ぎなんですって! ……それよりも、私が書いたメモを返して下さい」


「え、どうして? 家に持ち帰ってラミネート加工してから、額縁に入れて飾るのに」


「大上君が意味の分からないことをする予定だから、それを阻止したいんです!」


 私の言葉に大上君は泣きそうな表情を浮かべます。懇願するような表情で騙そうとしても効きませんよ!


「そんなぁ~! あ、それじゃあ、写真だけ撮らせてよ! 誰にも見せないから!」


「……写真に撮ったあとはどうするつもりなんですか」


「もちろん、待ち受け画面にするよ! 毎日眺めて、赤月さんからの言葉を脳と心に刻んでいくつもりだよ」


「……」


 ラミネート加工されるよりはましだと思った方がいいのでしょうか。これ以上、メモの行方について会話をする方が疲れてしまいそうです。


「……分かりました。絶対に変なことに使用しないと約束して頂けるならば、写真を撮ってもいいですよ」


「ありがとう、赤月さん!」


 大上君はすぐにスマートフォンを鞄から取り出して、私が書いたメモを写真に収めて行きます。何だか妙な気持ちですが、ここは妥協するしかないでしょう。

 

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