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赤月さん、大上君とやり取りする。

 

 大学で受ける講義というものは、これまで受けてきた高校の授業とは全くの別物です。


 高校ではどちらかと言えば、「覚える」ことの方が多かったのですが、大学の授業はそれまでだったならば、触れることのなかった事柄なども細かい部分まで教わるので、聴いていてとても楽しいです。


 私は教授の話を聴きながら、黒板に綴られていく文字をノートとして使っているルーズリーフへと書き込んで行きます。


 この講義を取っている学生の学年はばらばらで、受ける姿勢もそれぞれ異なっています。

 真面目に受けている人もいれば、携帯端末で遊んでいる人もいますし、居眠りをしている人もいます。


 ですが、それらに当てはまらない人もいます。……私の隣に座っている人です。ええ、同じ講義を取っている大上君です。


「……」


 授業中は邪魔をしないで欲しいとお願いしているので、話しかけてくることはありませんが、ちらちらと視線を向けて来るのは正直、鬱陶しいです。集中力が削がれます。


 私は一つ、溜息を吐いてから、筆箱に入っていた小さなメモ帳を取り出し、文字を書きだしました。


『視線が邪魔です。講義に集中して下さい』


 そう書いたメモを折りたたんで、隣に座っている大上君の目の前へと置きました。


 すると、大上君はぴょんっという擬音が似合いそうな程に一瞬だけ飛び上がりました。周囲に気付かれることなく音を出さずに飛び上がるなんて器用ですね。


 おや、大上君が先程のメモを覗き込んで、なにやら文字を付け足しているようですね。何か、返事でも書くつもりなのでしょうか。


 書き終わったのか、メモを畳んだものをこちらへと渡してきました。一体、何を書いたのでしょうか。


 講義をしている教授に気付かれないように私は筆箱の陰に隠しながら、メモをそっと開いて見てみます。


『講義を真剣な表情で受ける赤月さんをこんな間近で見られるなんて、本当に最高だなと思って! 横顔も素敵だね! あと、このメモは後で貰ってもいいかな? ラミネート加工して保存したいです!』


 文章越しに伝わって来る熱から、一度、目を背けてしまいました。この文章量をあの数秒で書き切ったんですか。かなりの速筆ですね。


 それよりもラミネート加工ってどういうことですか。ただのメモ一枚に対して、何をしようというのですか。絶対に渡しませんよ。


 私はメモ帳から新しく一枚、千切ってから文章を綴ります。


『ちゃんと真剣に講義を受けて下さい。でなければ、今後は隣の席には座りませんよ』


 そう記したメモを再び大上君へと渡します。すると数十秒後、メモが返ってきました。


『赤月さんは真面目な人が好きなんだね。他にどんな人が好みですか?』


 どうしてそういう話になるんですか。

 ですが、不真面目か真面目かで選べというならば、真面目に講義を受けている人の方が好ましいですね。


『人の話を真剣に、真面目に聞く人が好きです』


 遠回しに「講義に集中して、真面目に受けろ!」と言っているのですが伝わるでしょうか。

 それにこれだけだと、少し淡泊に感じ取られてしまいますかね。文章で感情を表現するのは難しいものです。


 思案した私は、綴った文章の隣に芝犬の絵を描きました。あ、これだと小学生の友達同士で交換するお手紙みたいですね。……少し幼くなった気がしますが、まあ、いいでしょう。


 私はメモを折りたたんでから、大上君に渡しました。

 大上君は受け取ったメモを開き、そして──。



 ──ごんっ!



 鈍い音が、隣から響いてきました。一体、何の音だろうかと思って隣を見てみると、何故か机の上に突っ伏している大上君がいました。


「……大上? どうしたんだ?」


 周囲の視線だけでなく、講義を進めていた教授からも視線を向けられています。心配するような声が密やかですが、聞こえてきます。


「……すみません。持病の突然発作です」


 そんな発作、初めて聞きました。


「大丈夫か? 辛いようならば、保健室に行ってもいいんだぞ?」


「いえ、大丈夫です。すぐに治まるものなので、お気になさらず。講義を中断させてしまい、申し訳ありません」


 大上君は私に向ける笑顔とは別の、営業用スマイルとも言うべき神々しい笑顔を教授へと向けています。


 なるほど、外面がいいのですね。こうやって、彼は本性である変態性を隠しているのかもしれません。


「そうか? まあ、無理はするなよ。……──それで、この民族は国家と次第に対立していき……」


 東洋史の教授も特に大上君を訝しがることなく、首を傾げただけで、講義の続きを始めました。

 普段から外面が良いと多少、不穏な動きをしても咎められないのですね。


 大上君はそのあとも暫く、何かに耐えるように身体を震わせていました。本当に、身体は大丈夫なのでしょうか。


 私はメモをもう一枚、千切ってから、文章を一文だけ綴っていきます。


『大丈夫ですか? お身体が辛いようでしたら、保健室に連れて行きましょうか?』


 大上君は私が置いたメモに気付いたようで、すぐに開いて中身を読んでくれました。しかし、そこで一時停止したように固まってしまいます。


 特に、変なことは書いてはいませんが、どうしたのでしょう。

 大上君はその後、一切、私の方を見ることなく、固まったままでした。


 ノートも取ることが出来ないようだったので、あとで私のルーズリーフのファイルを貸してあげた方がいいでしょうか。


 結局、東洋史の講義はそのまま終わってしまいましたが、チャイムが鳴るまで大上君が動くことはありませんでした。

 

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