Bittersweet bomb
お久しぶりです、塩ウサギです!
私自身実は学生なのですが、受験がようやく終わったのでMy dearの更新をしました!お待たせしました!
つーちゃんと私は、幼なじみだ。
勿論「つーちゃん」というのはあだ名で、彼女のフルネームは岡田椿。椿、という名前も綺麗だけれど、私にとっての彼女には「つーちゃん」という柔らかなイメージの方が似合うので幼稚園の頃から高校2年生までずっとそう呼んでいた。
「でも岡田さんってめちゃくちゃ近寄りがたい感じ出てない?」
私の正面でお弁当を食べていたカヨは、眉間に皺を寄せてそう言った。
「カヨってばわかってないなぁ。つーちゃんって実はめちゃくちゃフレンドリーなんだよ」
「それはあんたにだけでしょ。てか、あれのどこがフレンドリーなの?あんたが犬みたいに駆け寄ってって岡田さんに頭ひっぱたかれてるだけじゃん」
カヨは本当にわかってない。頭をひっぱたくにしても、つーちゃんはちゃんと手加減してしているのだ。事実、つーちゃんと知り合ってからの13年の間で私は何度も彼女に頭を叩かれたが痛いと思ったことは一度も無い。
「とにかく、つーちゃんはカヨが思ってるような子じゃないよ。そんなにツンツンしてないし、むしろ優しい子」
私がそう言うと、カヨは諦めたみたいにため息をついて憐れみが目でこちらを見てきた。
まあ無理もない。つーちゃんが少なからずツンツンして見えるのは事実なのだ。物心ついた時から彼女と私は真逆のタイプだった。外で運動をするのが好きな私と、家の中で本を読むのが好きなつーちゃん。甘いものが好きな私と、甘いものが苦手なつーちゃん。割と色んな人と話せる私と、誰かとつるむのが苦手なつーちゃん。
『菫ちゃんと椿ちゃんは正反対ねぇ。ワンちゃんとネコちゃんみたい』
遠い昔、近所のおばさんからそう言われたのをふと思い出した。おばさんは私を犬だと思ったのだろう。さっきのカヨみたいに。
でも違う。誰も私とつーちゃんのことを分かってない。私よりつーちゃんのことを分かってる人なんて多分いない。
「──みれ。菫。すーみーれーっ」
カヨの声で私は現実に引き戻された。彼女の両手にはいつ取り出したのか、ペットボトルのサイダーがそれぞれ一本ずつ握られている。
「カヨ、どしたのそれ」
私がそう言うと、彼女は呆れた表情で返した。
「あんた本当にぼーっとしてたんだね。さっきあたしの部活の先輩が教室まで来てわざわざくれたの。前の大会の時にOGから貰った差し入れだって」
「何で2本も持ってるのさ?」
「先輩が『めっちゃ余ってるからお友達の分も』ってさ」
ハイ、これ。そう言ってカヨは私にサイダーを一本手渡した(というより押し付けた)。
「あ、ありがとう」
反射的にそう言ってしまったが、正直私は困惑していた。何せ昔から炭酸飲料が飲めないのだ。口に入れた瞬間に舌がビリビリする、あの感覚が苦手なのだ。炭酸が好きな人はあれが美味しいのだろうが、私には理解できない。
しかし一度受け取ってしまったものを無下に返す訳にもいかない。……仕方ない、炭酸抜けるまで待ってから飲もう。克服するチャンスだと考えればどうってことはない。
とは考えたもののやはり少し憂鬱な気分のまま、私は生ぬるいサイダーをリュックのドリンクホルダーに入れた。
放課後、自宅の最寄り駅に到着した私はベンチに座って自分の手の中のサイダーとにらめっこをしていた。
──ぬるい。とってもぬるい。普通この温度なら炭酸は抜けてる、はず。
しかし、私の持っているサイダーはこちらを嘲笑うかのようにしゅわしゅわと音を立てていた。
これはもしかして、あれか。さっき電車に間に合わないかもしれないと思って猛ダッシュしたからか。今このペットボトルの蓋を開けたらとんでもないことになるのではないのか。
私の脳裏に浮かぶ、小学校の頃に家族で行った大きな公園の噴水。あれは確かに綺麗だったが、こんな田舎の駅の中で再現していい景色ではない。
選択肢は2つ。駅の外でこれを開けるか、この爆弾が噴水と化す前にイッキ飲みするか。……よくよく考えてみれば他にも選択肢はあったのだが、人間パニックを起こすと冷静な判断は出来なくなるものだ。
いつの間にか私の頭の中では天使と悪魔が言い争いを始めていた。
『ケケケケケ、外に出て捨てちまえよそんな爆弾!CO2の入った砂糖水を地面に垂れ流したところで大した影響は無いぜ!ちょっと虫が集まるくらいさ!』
『駄目よ、菫!この悪魔の言いなりになったら全てがおしまいよ!自分が恥をかきたくないからって自然を犠牲にするの!?』
『うるせえ!大体お前の方法だって失敗したら駅の人達全員巻き込むんだぞ!』
『開けた瞬間口をつければ済む話よ!』
ああ、うるさい。誰かこいつら止めてくれ。二人とも私だけど。
『……大体、このサイダーはあなたが貰ってきたものじゃない!』
私の中の天使がいきなり私に矛先を向けてきた。
え、ちょっとそれはずるくない?
『あ、確かにそうじゃん』
まさかの悪魔も意気投合。これはまずい。
『でしょー?だからこいつが全責任を負えば済む話なのよ』
『本当だ!何を争ってたんだろう私達』
え……ちょっと……?
『『じゃ、バイバーイ』』
いや待て待て待て待て!!何でこいつら場を荒らすだけ荒らして私に全責任負わすの!?おかしくない!?二人とも私のくせに!!
あんなにうるさかった私の世界から私以外の人間が消え、私と爆弾だけが残された。
──こうなったら覚悟を決めるしかない。
さようなら。お父さん、お母さん、つーちゃん、あとクラスのみんな。
私は決死の覚悟でサイダーの蓋を緩めた。
……サイダーは思ったよりも勢いよく発射されず、結果として私はただ「兵士のような表情で炭酸水を飲んで何故か渋い顔をしている女子高校生」となった。
「うへぇ……舌痛い……」
私は駅から家までの道をただひたすらに歩いた。ペットボトルに書いてあった成分表を確認したが、一応それなりの量の砂糖は入っていたらしい。
嘘つけ、甘味なんか感じなかったよ。
心の中でそう毒づいたその時。
「菫!?あんたどうしたの!?」
親よりも聞き慣れた声。怒ったように聞こえるけど誰よりも心配してる口調。
振り返ると、やっぱりそこにいたのはつーちゃんだった。
「つーちゃん!どうしたって何が?」
「あんた、何でさっき泣いてたの!?」
泣いてた……?私が?と思ったが、多分駅での一連の騒動のことだとすぐに理解したので全てのいきさつを話した。
「……てな訳で、さっきまで私はテロリスト同然の立場だったわけ。そりゃ泣きたくもなるよね」
そう言って笑いながらつーちゃんを見ると、何故か彼女は顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「あれ?つーちゃんどうしたの?」
「……の…………」
よく聞き取れなくて聞き返そうと顔を近付けた瞬間、彼女は私の頭を勢いよくひっぱたいた。じんじんと脳みそが内側から音を立てた。
「菫のバカっ!!!私がどれだけ心配したと思ってんのよっ!!!」
「え……!?これそんなに怒られること!?」
「当たり前でしょ!!!菫のバーカバーカっ!!!」
吐き捨てるように彼女はそう言って、そのまま去っていってしまった。
が、少し遠くまで走った彼女はおもむろに振り返り私に向き直って言った。
「自分の……が泣いてて心配しないわけないでしょ!!!この鈍感!!!」
あの時、ちょうど強風が吹いてつーちゃんの言葉の一部分だけが上手く聞き取れなかった。
いや、本当は分かっていたのだ。だって私はつーちゃんのことをこの世で一番理解していたから。
認めたくなかったのだ。
私は頭の良いつーちゃんと違ってバカで鈍感だから、気付いていないふりしか出来なかった。
「私もつーちゃんのこと大好きだよ」
ひねくれ者の私が彼女の犬みたいに不器用で真っ直ぐな告白に返事を出来たのは、彼女がその一年後に交通事故で死んでからだった。
実は今回の話は本来こんな終わり方になるはずではありませんでした。告白もせず、微笑ましい二人で終わりの予定でした。でも長らく更新していない状態で久々に文を書いていると「この二人絶対両想いだろ」と思ってこの結末にしました。
椿は分かりませんが、菫ちゃんは恐らくこうでもしないとつーちゃんの告白も自分の恋心も認めない子なので。