むかしむかし(上)
バカみたいに明るい話を書くと言いましたが、結局少し暗めになりました。基本一話完結の「My dear」ですが今回は一話では終わりませんでした。なんかもう色々すみません。出来る限りハッピーエンドにするので許してください。
どんな物語でも、主人公は大抵の場合善人だ。昔母に読んでもらった絵本だって、根っからの悪人が主人公だったものは一つも無い。どこか欠点があっても、彼らは最終的には自分の欲より愛する人のことを想って決断をしていた。それでも、いや、それだからなのか。彼らの行く末は必ずハッピーエンドだった。
この世界が一つの物語だとするならば、私は間違いなく悪役だ。数日前、ありのままの私を欲している親友が困ってしまうのを承知の上で告白してしまったのだから。……なのに。
「ユキちゃん、お姫様みたい」
カエデちゃんは無邪気な笑顔で私にそう言った。
「……私、どっちかっていうとイケメンな王子様になりたいんだけどなぁ」
「ええー、でもユキちゃんがイケメンな王子様って想像出来ない。今だって四葉ちゃんの話してただけでいかにも『恋する乙女』な表情してたし」
四葉ちゃん、というのは私の親友で片想い相手だ。私が同性愛者であることを知っているカエデちゃんの前では彼女のことをよく話しているのだが、そこまで感情が表に出ていたのか。いや、カエデちゃんが鋭いだけかもしれない。私は彼女には隠し事が出来ない。同性愛者ということも彼女にだけは隠しとおせなかった。それでも彼女は引くこともしなかったので心おきなく何でも話せる友達になり、高校生になった今もたまにこうして会って話をしているのだが。
「まあまあ、ユキちゃんにはユキちゃんなりのやり方があるよ。何も王子様だけを目指さなくても良いじゃん」
「……でも、今のままの私じゃ四葉は振り向いてくれない」
四葉には好きな人がいる。少なくともその人より格好良くならないと彼女は手に入らない。手に入れる、なんていう表現が間違っていることだって分かっている。四葉はモノじゃないし、彼女の好きな人も欲しいものも彼女自身が決めることだ。私が欲しいのは四葉の幸せな表情だが、その四葉が私に求めているのはあくまで「親友の上野幸子」だ。ただ彼女の幸せを願うなら、私はこの気持ちをずっと隠しておかなければならなかったのに。
「そんなことないと思うけどなぁ。ユキちゃん、凄く可愛いよ。四葉ちゃんが今すぐ振られてユキちゃんの所に行けばいいのにって思うくらい」
「ありがとう。お世辞でも嬉しい」
お世辞じゃないよ、とカエデちゃんがむくれてみせる。私なんかより彼女の方がよっぽどお姫様みたいだ。もちろん四葉には劣るが、彼女だってとても可愛らしいし博識だし、何より優しい。本人にそれを言うと毎回否定されるが、付き合ってもいない相手への失恋話や一方的なノロケ話を聞くなんて相当優しい人じゃないと出来ない。少なくとも私が彼女なら開始10分で辟易しているところだ。
「とにかく、ユキちゃんには天然でピュアで可愛いっていう魅力があるんだから。無理して格好良くなったらユキちゃんがユキちゃんじゃなくなっちゃう」
「いや天然でもピュアでも可愛くもないし私は別に四葉が振り向いてくれるなら私じゃなくなってもいいし……」
「そういうところがピュアなんだって!あとめっちゃアホ毛立ってるよ」
そう言われて私が慌てて前髪を整えようもすると、カエデちゃんはそれを遮って自身の手を私のつむじあたりに伸ばした。
「ここ。ユキちゃん、ショートヘアも似合うけど伸ばしたらアホ毛も立たなくなると思うよ」
そうなのか、と思いながら私はアホ毛になっているとおぼしき髪の毛を押さえつけた。3秒数える。……よし、もうそろそろ大丈夫だろう。そう心で呟いて手を頭から離すと、カエデちゃんは思わずと言った具合に笑った。
「ちょっ、何で笑うの!?」
「いや、だって今のユキちゃん犬みたいだったから!やっぱりピュアだね!」
「ピュアじゃないもん!だって……」
そこまで言いかけて踏みとどまった。好きな人への様々な欲で真っ黒に汚れてしまった。心の中の小さな瓶に入っていたはずの綺麗な恋心が大量に増え、やがてそれらは容易に瓶を割って逃げていってしまって、どす黒い核だけが残ってしまったのだから。こんなことを言ってしまったら、カエデちゃんまで困らせてしまう。
「……私、やっぱりお姫様じゃないよ」
今の私の最優先事項は愛する人の笑顔でもハッピーエンドでもなく、自らの所有欲だ。
私にお似合いなのはお姫様でも王子様でもない。やはり私は悪役なのだ。
前書きでもあったように次回に続きます。是非そちらも更新したら読んでいただけるととても嬉しいです。