片想い同盟
今回は完全に自分の趣味丸出しのヒロインです。ツン要素の方が多いツンデレっ子大好きでずっと書きたかったのでここぞとばかりに書きました。
世の中が需要と供給で出来ているなんて、嘘に決まってる。もしそんなものが成り立っているなら私は今こんなに苦しんでいない。小さなちゃぶ台に置かれたチョコチップクッキーを口に運びやけ食い同然に齧ると、目の前の友人は苦笑した。
「まあまあ、そんなにカッカしなくたっていいだろ。向こうは悪気無かったんだし」
「悪気が無かったから腹立つの。亮助だって美空にそんなこと言われたら嫌でしょ、どうせ」
「どうせって何だよどうせって」
美空というのは私の友達で、クラスのアイドル的存在だ。ちなみに亮助が片想いしている相手でもある。
「幼なじみでも言って良いことと悪いことがあるっつーの。あのバカ智昭、私の好きな人が誰なのかも知らないで『お前が恋?え、お前そもそも女だったっけ?』なんてアホ面で言うんだから」
私達は片想いをしている。私は幼なじみの智昭に、亮助は同じクラスの美空に。私は美空と、亮助は智昭とよく一緒にいるので互いが互いの片想いに気付き、やがて今のように傷の舐め合いをするようになったのだ。
「何でいっつもバカだの何だの言われるか気付けよあの鈍感男!だから彼女出来ないんだよ!」
「早苗がもう少し素直になれば良い話じゃねえの?」
そんなに簡単に素直になれるのならもうとっくになっている。いつもそうだ。私は智昭と顔を合わせる度に憎まれ口を叩いてしまう。好きだよ、なんてニッコリ笑顔で言える女の子の方がモテることなんて百も承知だが、それが出来るほど私は器用じゃない。
「……無理だよ、そんなの」
私は智昭のことならほとんど何でも知っている。誕生日は2月29日。血液型はO型。好きな食べ物はカレーで、嫌いな食べ物はナスと椎茸。好きな女の子のタイプはロングヘアのおしとやかな……ショートヘアで近所の男の子との喧嘩で負けたことがない私とは、正反対の子。
「まあ、そうだよな」
涙目の私を見て、亮助は私に無言でティッシュを差し出し、私もまたそれを無言で受け取る。こんなやり取りはもう何回もしてきたので、お互いにもう慣れた。
「でもさ、早苗は黙ってれば可愛いんだから大丈夫だろ。そりゃ美空には劣るけどよ」
亮助の余計な一言に腹が立ち、私は彼の足を蹴った。
「いってぇ……お前、そういうとこだぞ……」
「は?お前が黙れや二度と美空の話聞いてやらねえよボケカス」
「すみませんでした」
私は昔から口喧嘩でも普通の喧嘩でも誰にも負けなかった。大人しい転校生の女の子に「ブス」と言い放った男子を傘で殴り、泣かせたこともある。今思えばあれは流石にやり過ぎだったが。そんな騒ぎを起こす度、一緒に謝りに行ってくれたのが智昭だった。
──ごめん、こいつ手はすぐ出る暴力女だけど悪い奴じゃないからさ。許してやって。
智昭は例え私の起こした騒ぎに何の関係が無くても、そう言って頭を下げてくれた。彼のお陰で私は今まで孤立せずに済んだのだ。
「で?あんた美空と何か進展した?」
「別に何も。てかさ、俺もしかしたら美空のこと好きじゃねえかも」
「……は?」
あまりにも突然に放り込まれた予想外の言葉に、私は口をあんぐりと開けてしまった。
「え、何で?だってあんたさっき美空のこと『可愛い』って言ってたじゃん」
「いや、可愛いよ。すっげえ好み。でも俺のこの感情は果たして恋なのかって言われるとなんか微妙なんだよな」
「……どういうこと?」
心の中に、何か黒いものがじわじわと広がっていく。しかし亮助はそんな私の様子に気付くことなく話し続けた。
「俺の美空に対する感情は、多分ただの憧れだ。お前のこと見てて分かったよ」
「……どうして」
「だって俺、早苗みたいに苦しんでないもん。智昭の話してる時のお前は凄く辛そうで、でも凄く嬉しそうなんだよ。それって智昭のことが好きだからだろ?俺はただ美空のことを見られるなら充分なんだよ」
心の中の黒いものが、脳みそを侵食してくるようだった。嫌悪感に近いその感情は、やがて私に目眩を起こさせた。
亮助の美空に対する感情が恋じゃないのと同じように、私の亮助に対する感情も友情じゃない。それを今になって知ってしまった。どうしても嫌なのだ。片想い仲間がいなくなってしまうことが。傷を舐め合う相手が、側にいてくれる人がいなくなることが。
「……憧れでもいいじゃん。それだって立派な恋愛感情だよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
私は自分勝手だ。独りぼっちになりたくなくて、片想いの苦しみを他人にも共有させようとしている。自分を変えたくなくて、素直な子になることを拒んでいる。幼なじみを、片想い仲間を、自分の周りの人との時間を変えたくなくて、嘘をつく。
「大丈夫だよ亮助。好きの形なんて人それぞれじゃん」
どうせ私なんて素直な良い子じゃない。こんな私が智昭に好かれるわけがないのだ。