この先、まだ通行禁止
この間気まぐれで書いたSSが伸びたのでこっちでも載せます。気が向いたら続きというか別視点も載せるかもです。
キーンコーンカーンコーン。間延びしたチャイムが鳴ると、揃いの制服を着た子供達は少しはしゃいだように帰りの支度を始めた。意識しなければただの雑音にしか聞こえない声の塊に耳を澄ますと、「今日帰りゲーセン寄らね?」「疲れた~、ようやく土日だよ」という誰のものともつかない言葉が聞こえてきた。
「ね、翠。今日駅前でパフェ食べて帰ろーよ」
声の塊の一つが、私の名前を呼ぶ。
「るーちゃん!あそこのパフェね、了か……」
友人の誘いに頷こうとしたその瞬間、私の制服のポケットに入っていたスマホがぶるりと震えた。しまった、今日は金曜日だ。目だけを動かし、教室の時計を確認する。午後三時半ちょっと過ぎ。どうやら急いだ方が良さそうだ。
「翠、どうしたの?」
数秒間フリーズした私を、るーちゃんは不審そうな顔で見ていた。当たり前だ、それまで普通に話していた友人がいきなり数秒間止まったのだから。私はつとめて冷静に、しかし急いで返した。
「ごめん!今日ちょっと用事あるんだ」
体育の授業でも出したことのない全力ダッシュをしながら左腕に着けた時計を見やる。あれから十五分。うん、多分間に合う。このペースで走れば……確実に余裕でフローラさんの歌枠配信に間に合う!!
フローラさんというのは、私が大好きな歌い手さんである。ハスキーボイスが売りで、普段は社会人として働いているらしい。そのせいか顔出しはおろかSNSに写真を載せることも一切無い。でも、私は確信している。私の大好きなフローラさんは絶対に美人のお姉さんであると。いや、大好きなんてものじゃない。私はいわゆる『ガチ恋リスナー』である。厄介リスナーと言われても良い、頭おかしいんじゃないの?と言われても良い。私は、友達の誘いを断ってでもフローラさんの毎月第四金曜日限定四時半からの歌枠配信を聴きたいんだ!!
「うおおおおお!!待っててください!!」
溢れる想いが声に出てしまって、慌てて口を抑えたその瞬間。
「待った」
何者かによって私のリュックが引っ張られ、私は尻餅をついた。
ぐぇ、と何とも間抜けな呻き声を出して上を見ると、まあ予想はしていたが、今最高に会いたくない人物がそこにいた。
「……げっ」
「『げっ』は無いでしょ。まあたしかに手段はちょっと荒かったかもしれないけど」
石井蛍。視線の先でニヤニヤと笑う憎きこの女は、人に尻餅をつかせておいて謝る気も無いらしい。
「離してよ!!私今急いでるんだけど!!」
「まーまー落ち着きなって。今離したらあんた死ぬよ?」
ほれ、と言って石井は指を差す。そこには歩行者用の信号が赤く光っていた。
「あたしが止めてなかったら、あんたはさっきここで死んでたわけだ」
「……それは、ありがと」
「素直でよろしい」
石井は私の返事に満足そうに微笑んだ。何て腹の立つドヤ顔だろう。
信号が青に変わる。私はスカートについた砂を払い、今度こそ信号を渡ろうとする。しかし、石井は私のリュックから手を離さなかった。
「ねえ!!本当にやめてくれない!?」
「へぇ~、あんた命の恩人にそんなこと言っちゃうんだ」
始まった。これが私が石井を嫌いな理由である。こいつは何故か私に頻繁に絡んでくるのだ。普段からオタバレを恐れる私にとって、必要以上に誰かに興味を持たれるのはあまり気持ちが良いものではない。特にこいつにバレたら何をされるかわかったものではない。
「それはそれ、これはこれ!!」
「そんなに急ぐ用事って何?」
「良いから!!もうマジであんた嫌い!!」
信号が点滅する。刹那、リュックを掴んでいた石井の手が離れ、私は横断歩道を駆け抜けた。
思わず振り返ると、石井蛍は悲しそうな顔をしていた。
『ごめんなさい、今日は個人的な都合で歌枠配信出来ません。来週楽しみにしていてください!』
フローラさんのツイートは、三日前のそれを最後に一切なくなった。フローラさんは社会人であるにも関わらず、かなりの頻度で配信をしてくれるので土日はほぼ必ず私は彼女のチャンネルに引っ付いているのだが、この土日はそれすらも無かった。私がるーちゃんの誘いを断ったのも、石井を振り払ったのも、無駄骨になってしまったというわけだ。
「……流石に言いすぎたかな」
るーちゃんの件はともかく、石井を振り払ったことに関しては私は少し心を痛めていた。あいつのことは嫌いだ。でも、まさかあんな顔をされるとは思っていなかった。普段から図太く私に絡んでくる石井が、あんな泣きそうな目をするなんて思わなかったのだ。
『ごめん』。一言だけが書かれたメモを、私は石井の机の中に忍ばせる。この為に普段より早く登校したのだ。きっと、フローラさんならそうするだろうから。
「……何してんの?」
突如、背後から声がした。少し大人びたハスキーボイス。まさか。幻聴だろうか。いや、でも。
「フローラさ……」
振り返ると、そこにいたのは石井だった。……まあ、そんなわけないとは思っていたけれど。
石井はずかずかと私に近寄り、彼女の机に入っていたメモを取り出し、それをまじまじと読んだ。
「……あたしこそ、ごめん」
石井はそう言って、私に紙切れを一枚手渡した。そこには、不恰好な文字でこう書かれていた。
『金曜のこと、ごめん。今度パンケーキ奢るから許して』
──こいつのことなんて嫌いなはずなのに。ウザくて仕方ないはずなのに。
ちょっと可愛いな、なんて思ってしまった。
「……へぇ、店で一番高いの奢ってもらおうかな」
一週間後、土曜日。フローラさんは調子が戻ったようで、金曜日の歌枠配信の翌日だというのに楽しそうに雑談配信をしていた。
『──でねー。あたし、この間友達とスイーツ食べに行ったんですよ。この間の木曜日。そこがめちゃくちゃ美味しかったんですけど、みんな知ってます?「ジェダイト」ってお店』
聞き覚えのある店名に、私は驚いた。知ってるも何も、約束通り石井に奢らせたパンケーキ屋だ。しかも、この間の木曜日に。
『パンケーキも美味しかったんですけどね、一緒に行った友達がめちゃくちゃ可愛くて!同じク……部署の子なんだけど、私服初めて見たの。もう本当に可愛くて……』
──そこから先はあまり脳に入ってこなかった。
フローラさんに好きな人?
あのお店で、私が石井にパンケーキを奢らせてた間に、フローラさんがどこの馬の骨とも知れない女とデートを……?
『また行きたいなぁ、デート!』
無邪気な声で笑うフローラさんに、「頑張ってください!」とかろうじてコメントを打つ。
「……全部石井のせいだ」
どうにもならない八つ当たりは、一人きりの部屋の静寂の中に消えた。




