ドラマチックは突然に
お久しぶりです、塩ウサギです。Twitter始めました。今回はフォロワーさんからリクエストをいただき、幼なじみモノです。と言ってもよく考えたら前回も幼なじみモノだったので、今回はどうにかハッピーに持っていきました。豚肉さん、ありがとうございます!
恋の終わりというのは、存外あっけないものだ。
左手薬指に光る指輪を自慢気に私に見せる有紗の笑顔は昔から変わることなく綺麗で。
だから私は何も言えなかった。
25年間何も言えないまま、幼なじみは私の手の届かない人になった。
「あーあ……」
6月某日。有紗の結婚式まであと数日といったところだ。私は自室のベッドでゴロゴロしながらため息を吐く他なかった。
有紗と私は幼なじみだ。小学校も中学校も高校も大学も同じところで、お互い社会人になってからもちょくちょく一緒に遊んでいる。共通の友人から「あんたら付き合ってるの?」とふざけ半分でかけられた言葉に私だけ顔を赤らめるようになったのはいつからだっただろうか。
私はずっと有紗が好きだった。勿論、恋愛的な意味で。それでも想いを伝えるのは怖くていつか言おう、いつか必ず伝えようと先延ばしにしていた。その結果がこれだ。
「彼氏いるなんて言ってなかったじゃん……」
正直、唐突に訪れた恋の終わりよりもそっちの方が衝撃だった。有紗と私の間に隠し事なんて今までなかったのだ。有紗が取った赤点のテストは私の部屋に隠したし、逆もした。要するに、どちらかに何かあったら必ずどちらかが助ける、それが私達だったのだ。親にも先生にも言えないようなピンチをずっと助け合って切り抜けていたのに。
ふと、机の上に置かれた写真立てが目に入った。中学校に入学した時に二人で撮った写真だ。
「……ねえ有紗。どうして、」
言葉に詰まった。その先を中学生の彼女に言ったって、大人になった彼女には届かない。そんなことはもう分かっているから。
──いっそのこと、駆け落ちとか出来たらなぁ。
柄にもなくそんな大それたことを考えてしまったからかもしれない。
あんなことが起きたのは。
有紗の結婚式前日、私は彼女に頼まれた友人代表のスピーチの文面を見直していた。本当は結婚式にだって出たくないけれど、有紗のウェディングドレス姿は見たい。何より、出席しないと有紗が心配してしまう。
とは言え、何を書けば良いのだろう。ペンを握ってはいるが先程から筆は進まない。祝福の言葉なんてとてもじゃないけど思い浮かばないのだ。幼なじみの結婚を前にして新郎への憎しみしか無いなんて最低にも程がある。そんなことは分かっているけれど、本当にそれしかないのだ。仕方なく書いては消して、書いては消してを繰り返してみる。時々、書いてはいけない本心も書きかけては消した。
頭が痛い。それに、何だかぼうっとする。この頃熱っぽいのだ。あまり眠れていないからかもしれない。いや、分かっている。本当の原因はもっと違うところにあることくらい。……それでも、忘れなければならない。
終わった恋は、忘れなければならない。
「……な。杏菜。あーんーなっ!」
いつの間にか寝ていた私を起こしたのは、親の声よりも聞き慣れた、でも、今ここにいるはずのない人物の声だった。
「……有紗!?どうして!?」
「どうしてって……まあまあ、そんなことは気にしないで良いから。はい、病人はさっさと寝てな」
有紗はそう言って私を椅子から剥がし、ベッドまで運んだ。
「熱は計った?」
「……計ってない……」
そう答えたのが最後、私の記憶は途切れた。
ああ、多分あれは夢だったんだな。微睡みの中でぼんやりと私はそう考えていた。
次に目を覚ますと有紗はいなくなっていて、結婚式はとっくに始まっている時間になっていた。
「……ウェディングドレス、見られなかったな」
やっとの思いでベッドから身を起こし、熱を測る。36度5分、平熱だ。昨日の熱は一体何度だったのだろうか。
「あんた、やっと起きたの」
居間に行くと、母が私に声を掛けた。
「熱あるならまだ寝てなさい。あと、有紗ちゃんに今度お礼言っときなさいよ」
はぁい、と返事をしようとしたが一つ引っ掛かった。
「有紗に、お礼?」
「はぁ?杏菜、覚えてないの?」
母は呆れた口調で続けた。
「昨日お見舞いに来てくれたじゃないの」
有紗がお見舞いに来ていた。ということは、昨日のは夢じゃなかったのだ。
「それにしてもあんた、40度近く熱出したのに随分回復早いわね。流石母さんの娘だわ」
40度。母のその単語が、昨日の記憶をどんどん呼び覚ましていった。
『どれどれ……うっわ、40度!?もう明日の結婚式は出なくて大丈夫だから寝てて!』
──嫌だ。出る。
『駄目!休みなさい!』
──だって、このままじゃ有紗は。
『え、私が……何て?』
──有紗は、
「……本当に私の手の届かない人になっちゃう」
思い出した。昨日彼女と交わした言葉も、彼女の表情も……有紗の方から重なった唇の感触も。
──ねえ有紗。自惚れて良いの?この恋は終わってないって。有紗も私と同じ気持ちだって。
ボサボサの髪もそのままに、私は結婚式場に向かって走っていた。このまま心臓が止まっても構わないと思った。
『杏菜、女の子同士は結婚出来ないの。始まっちゃいけない恋は、このまま忘れさせて?』
始まっちゃいけない恋でも、終わらせないといけない恋でも、そんなの関係ない。だって始まってしまったのだから。今ここで、私の心の中で、寿命を迎えかけていた恋が息を吹き返してしまったのだから。
結婚式場のドアを開ける。厳かなオルガンの結婚行進曲が途端に大きくなる。その場にいた誰もが、突然現れた私の方を見ていた。有紗も。
「……遅いよ、杏菜」
ああ、やっぱり綺麗だ。想像していたのより何十倍も。
私は息を吸い込み、大声で叫んだ。
「その結婚式、ちょっと待った!!!」




