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My dear  作者: 塩ウサギ
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高校デビュー

設定だけを思い付いてオチのつかなかった話を気まぐれに書いていくつもりです。これとは別に新作も書くつもりなのでそちらも書き始めたらよろしくお願いします。

「そよか、大丈夫。女の子は笑ってる限りみんな可愛いんだから」

私が近所の男の子にブスと言われていじめられる度に、ママはそう言ってくれた。泣いている私を笑わせようと変顔を連発していたが、あんまり面白くなかった。ママは変顔が下手くそだ。それでも何故か笑えてきて、私の涙は自然と引っ込んだ。

彼女の間の抜けた笑顔を見る度に、私はママのその言葉を思い出すのだ。


家から遠いこの高校に進学してから半年。私はギターケースを背負って待ち合わせスポットとして有名な銅像の前に立っていた。

『ごめんそよちゃん!あともう少しで着く!』

今野(こんの)先輩からのそのLINEは10分ほど前に送られたものだ。中学の頃から先輩はいつもそうだ。私より先に待ち合わせ場所に着くことはない。どうせまた迷子にでもなっているのだろう。

鞄から鏡を出し、顔に何か付いていないか確認する。うん、大丈夫。何も付いてない。前髪も変じゃない。コンタクトも外れてない。ピンクのシュシュを着けたポニーテールにも乱れはない。どこからどう見ても、「イマドキのJK」ってやつだ。駅前のカフェへの寄り道に、髪飾りを着けても違反にならない校則に、軽音部でのバンド活動。そんなキラキラした青春を送りたくてわざわざこんなに遠い学校を選んだのだ。その為に勉強して、入学してからも流行りのドラマを欠かさずに観て友人との会話についていったり、お洒落に気を遣ったり、努力に努力を重ねてきた。中学の頃の地味な私とは違う。

「あっ、いたいた!そよちゃーん!」

人混みの中から私とは違う制服を着た小柄な少女がこちらに駆け寄る。何とも間の抜けた笑顔も洒落っ気のないショートヘアも野暮ったい黒縁眼鏡も中学の頃から全く変わっていない。

「今野先輩!遅いですよ!」

「ごめんごめん。ここ建物多くて迷っちゃった」

駅からここまでは10分どころか下手すれば5分もかからず来れるのだが、よくそれで迷えるものだ。しかも照れ笑いをする先輩の手にはしわくちゃになった地図が一枚。

「先輩、まさかここの駅来たことないんですか?」

「あっ、あるもん!アニメショップ行くときとか!」

私の質問に対して先輩は慌てて反論した。恐らくここにはあまり来たことがないのだろう。先輩の高校は徒歩圏内なのでこんなところに寄り道なんてしないのも分かるが、まさかここまで分からないとは。

「ハイハイ、あんまり来ないんですね?ほら、早くクレープ屋さん行きましょ」

「だから、あるもん!」

先輩はムキになって反論した。相変わらずこの人はいじりがいがある。

今野あやめ。今となっては正反対な彼女と私が出会ったのは、中学時代私が所属していた美術部だった。あの頃の私はまだ制服のスカートも折らず、コンタクトではなく眼鏡をかけていた。流石に今野先輩のような黒縁眼鏡ではないが。

──うわぁ!キミ、もしかして入部希望者!?

そこまで広くないはずなのにがらんとした美術室のドアを何気なく開くと、あの人がいた。別に美術部に入ろうと思っていたわけではなかった。ただあの日、美術の授業の時にそこに忘れ物をしてしまったから。それだけだったのに、たまたま訪れた私をあの人はキラキラした目で見上げた。

だから、私は思わず首を縦に振ってしまった。

──山下(やました)そよかちゃん、かぁ。じゃあこれからよろしくね、そよちゃん!

私は絵を描くのが好きなわけではない。むしろ下手だ。それでも、不思議と美術部のたった一人の新入部員になったことは後悔しなかった。美術室に行って、今野先輩とおしゃべりしながら絵を描く。それだけで楽しかった。

それから先輩が卒業するまでの2年間はあっという間に過ぎ去り、彼女は地元の高校に進学した。美術室に足を運ぶのは私一人になったが、それでも私は苦手なはずの絵を描くことをやめなかった。受験勉強に疲れた時の息抜きと称して美術室に行き、約一年かけて一人の少女の絵を描いた。長い髪をハーフアップにしてリボンを着けた、ミニスカートの女の子。

「……ねえそよちゃん。クレープ、どれにする?」

私の隣に立っている今野先輩は、かつて描いたその絵の少女とは似ても似つかない。

「ここのお店、アップルシナモンとチョコバナナが美味しいんですよ。おすすめです」

「へぇ~。そよちゃん、どっちにする?」

「私は……じゃあチョコバナナにします」

「じゃあ私アップルシナモン!」

先輩は意気揚々とレジに向かっていったので、私は慌てて彼女を引き留めた。

「先輩、ここ食券制です」

彼女はまた照れ笑いをした。


「そよちゃん凄いなぁ。いつの間にか私よりよっぽど女子高生してるよ」

クレープをテイクアウトし、私と並んで公園のベンチに座った彼女は、口元にカスタードクリームを付けて言った。目線を落としても、先輩のスカートから生足は全く見えない。

「……先輩、スカート折らないんですか?」

「え?何で急に」

「だって先輩17歳ですよ?高校2年生ですよ?華のJKじゃないですか!何でスカート折ってないんですか!?」

先輩はきょとんとしていた。口元のクリームも相まって、ますます間抜けだ。

「……いやぁ、だってスースーするし。大体さ、私なんかが今さらお洒落に気遣ったところで元が可愛くなきゃ意味ないじゃん」

彼女はやっぱり間抜けにヘラリと笑った。なのに彼女は可愛くなくて、だから私は我慢ならなかった。

「先輩のバカっ!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。先輩も驚いたようで、パッチリとした二重をさらに大きく見開いた。

「今野先輩はそんなんじゃないです!確かに今はボッサボサのおかっぱでスカートも長くて眼鏡もダサいですけど、先輩は本当はすっごく可愛いんですから!」

「……そよちゃん?」

「いいですか?先輩!女の子は心から(・・・)笑ってる限りみんな可愛いんですよ!異論は認めません!だから自分が可愛くないなんて言わないでください!」

ここまで一気に言って、私は冷静さを取り戻した。頬に何か伝っていると思い拭ってみたら、私の涙だった。

「……そよちゃん、ありがとね」

先輩は私の頭をわしゃわしゃと撫で、自分のクレープを私の方に差し出した。

「ほら、私のクレープ一口食べる?」

「……先輩、口元にクリーム付いてますよ」

「そよちゃんもホイップクリーム付いてるよ」

私は慌てて口元を拭った。人差し指を見ると、確かに純白のクリームが付いていた。

私達は顔を見合わせて、思わずと言ったように笑った。


それから3ヶ月。また先輩と一緒に遊ぶ約束をした私は、あの銅像の前に立っていた。やっぱり先輩は約束の時間より少し遅れるらしい。暗くなったスマホに映る私の顔には、眼鏡がかかっていた。

「ごめんそよちゃん!遅れた!」

人混みの中から現れた先輩は、小さな白いリボンを模したヘアピンをしていた。前にクレープを食べに行った帰りに、私が先輩に選んだものだ。

「あれ?先輩、コンタクトにしたんですね」

「うん。……変じゃないかな」

先輩は不安そうに私に聞いた。

「大丈夫です。とっても素敵ですよ」

「良かった!」

そう言ってニッコリと笑う先輩は、やっぱり可愛かった。

「もっと髪伸ばしてハーフアップにしてもきっと似合いますよ」

「ハーフアップ!?私が!?」

驚いている先輩を見て、私は笑ってしまった。

「大丈夫です。もう実証済みですから」

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