10月19日昼休み
昼休み。多分だが、多くの学生たちがその時間を友達と共に潰すのだろうが、相も変わらず湯人は一人で食堂の机を占領していた。湯人はいつも学食で昼ごはんを済ませている。そもそも、学食を利用する生徒が少ない、ということもあって、常に食堂は空いているのだ。それと言うのもこの食堂のメニューはあまりレパートリーがないからだ。
そんな少ないレパートリーの中、湯人は並盛りのかけそばをすすっていた。安価だし、腹に溜まりやすいから進んでこのメニューを注文している。いつも同じ味では飽きるが、それなら味付けを変えたかったら、七味なりみりんなりを使えばいいだけのことだ。ただのそばでも少し辛めにするだけで随分と味の質は変わってしまうものだ。
今日は特に何も付けずに普通のかけそば。かまぼこが三枚、薄い醤油色の汁の上に浮かんでいた。多くも少なくもない麺をすすりながら、湯人は制服の内ポケットから朝、登校した時に抜き取ったカードに視線を移す。
そのカードは端的に言うなら、巨大な三対の羽を持った三本足のカラスだ。どこぞの神官か僧侶を気取っているのか、首には紫色の数珠に似た首飾りを付けている。赤い瞳で、妙にリアルな色だった。カードの右上にはレベル4と書かれたアイコンがあり、反対側の左上にはコスト4と書かれたアイコンがある。カード全体の三分の二をイラストが占めていて、その下にイラストに少し被る形でこのカードの能力やら、名前やらが書いてあった。
「『八咫烏』?」
カードの名前の隣、黒いハイライトの中に白文字でそう書いてあるのを湯人は発見した。その下にはこのカードの種族である、エルダーレイブン、と書いてある。もちろんその意味は湯人にはわからない。名前も湯人からすればどこかこそばゆいものだった。
『黒天司 ヤギョウガラス』
変な名前、と湯人は思った。普通にただのカラスでいいだろう、と。なんでこういうカードゲームでは仰々しい名前なんかを使うのだろうか?実にバカバカしい、と思いながら湯人がヤギョウガラスを内ポケットにしまおうとしたときだ。
『我が主よ……』
か細く、しかしどこか根本の部分では筋が通っている声が湯人の脳裏に響いた。最初、誰かがスマートフォンでアニメでも見ているのか、と思ってあたりを見回したが、そんなことをしている人影はなかった。つまり、空耳だ。結論が出るのは早かった。
『聞こえし声にのみ応えよ……。さすれば……汝が望み、ことごとく叶えよう……』
しかし、空耳はまだ止まない。むしろ、声の音量は、語気は、段々強くなっていっている様だった。それは、この声の主がより深く、湯人へと近づいていたことの証だった。
『聞こえるであろう、我が声が。ならば、汝は選ばれた。汝は我らを率いる資格がある』
うるさい、うるさい、うるさい!まるで脳が壊れる。
あまりの空耳の異常さに湯人は席を立つ。足取りは危なっかしく、またどうしようもなく彼は冷静さを失っていた。
『応えよ!我が声に!』
うるさい!うるせー!うるさい!うるせー!
「俺は……お前の声なんて聞こえない!あんたが勝手に話しかけてきているだけだ!俺は、普通だ。空耳なんて……聞こえない!」
自分でも久しぶりに発した怒声だ。昨日、兄と喧嘩したときもこうはならなかった。それくらいに今、湯人の脳内をかき回していた声は彼にとって鬱陶しいものだった。
怒声が効いたのか、声はパタリと止まり、そのまま何も話しかけてこなかった。そのことにホッとしつつ、湯人は周りを見回した。
彼の行動が異常だったせいか、食堂中の視線が彼を見ていた。
その中の一人は観察するような目を、一人は怯えるような目を、邪魔者を見るような目を、嘲るような目、舐める目、目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目。
その目から逃げるように湯人は急いでかけそばをかっ喰らい、その場を離れた。羞恥で耳を真っ赤にして、一目散にその場から脱兎のごとく逃げ出した。
そして、その彼を追う人影があった。
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