10月25日昼休み
その日、湯人はいつも通り食堂でかけそばを食べていた。その場には柊真やすずきの姿はない。彼が二人に会うまでと同じ、たった一人でのぼっち飯だ。
柊真はあの日以来、すずきとも連絡を取っておらず学校には登校しているらしいが、とても話しかけられる空気ではない、とすずきから聞いている。
そうとう負けたことを引きずっているんだろうなぁ、と湯人は判断して自分から話しかけるようなことはしない。もし何か言葉を間違えて不況を買うようなことになったら、それこそ友情の破綻だ、と判断したからだ。ここは彼が立ち直るか、すずきが彼を立ち直させるかに頼るしかなかった。
こういうことに自分が全く力になれないことに湯人は少しばかり怒りを覚えていた。彼はこれまで、友人というのは自分の足かせになると考えていた。自分の足を引っ張るばかり、自分にはなんの利益ももたらさない。そして柊真やかなえという友人を得て、それが半分事実であり、半分嘘であることが初めて知った。
事実は確かに友人という存在は自分にとって多少、邪魔な存在だということだ。彼だって柊真やすずきがいなければこんな怒りを自分に覚えることはなかった。怒りを勝手に感じているのは彼自身で、彼の感情の動作に過ぎない。つまり、客観的に見て彼の事実はただの理不尽による産物だ。
対して、嘘とは彼が必要としているものがその友人だということだ。今、友人が彼の右足を引っ張り、左足を促している。促している左足は友人と一緒に歩くことができないことをとても悲しいと訴えていた。友人という存在が自分の心のおもりの幾つかを背負ってくれる存在だと知って、湯人は嘆息する。
「友達っていうのはこういうときに必要なものなんだよなぁ」
心が浮つき、弱くなったときに寄り添える家族以外の親しい存在、それが友達だ。なければ、ひどく心細く感じる。
「ふーん?じゃぁ、私ら友達になろうか?」
突然、背後で声が聞こえた。驚いて湯人が振り返ってみると、カツ丼セットが乗ったトレイを持った彩音が笑顔のままで立っていた。
即座に湯人は警戒の色を目に染み込ませるが、彩音は気にすることなく湯人の対面の席に座る。
「ね?どう?」
「どう、と言われても……その友達が俺に危害を加えないと信用できなきゃ、そいつは友達じゃありませんよ」
「ふむふむ、つまり私がキミにバトルを申し込まないことを前提としているわけか」
無言で湯人は頷く。彼の基本方針として、自ら進んでバトルをするようなことはしない。あくまでもバトルを申し込まれた哀れな人間、を装う必要がある。相手の油断を誘えるし、自分まだ初心者なんですよー、とでも言えば相手は調子に乗って自分の手の内をほいほい見せてくれるかもしれない。そんな弱者アピール万歳な方針だ。
「俺から久城先輩にバトルを申し込むようなことはしません。俺はまだ初心者なんで」
「でも、それじゃぁ私とってメリットがないよね?友達って、互いに助け合えるからこその存在じゃん。ほら、ワンフォーオールとか言うじゃない?」
「それは一人がみんなのために犠牲になる、という意味の言葉ですよ?アレクサンドル・デュマも一押しのね」
湯人のユニークな返しに彩音は笑う。面白いおもちゃが見つかった、という意地悪な人間の顔だ。
「じゃあさ。私はキミにバトルを申し込まない。その代わり、キミは私の……んー、デッキの試運転の相手?になってよ」
彩音はちょっと考えて湯人に提案してみる。デッキの試運転の相手、ということはアクセスには行かずに普通のプレイマットでゲームをする、ということだ。
当然湯人だってそれくらいのことはわかる。だからこそ、解せなかった。
「俺は初心者ですよ、久城先輩」
「気にしないよ。それとその久城先輩っていうのやめよっか?友達でしょ?だったらファーストネームで呼ぼうよ。私のこと彩音って呼んでいいからさ」
「わかりましたよ、彩音さん」
「うーん、中々に強情だねー」
彩音はそれでも楽しそうに湯人の反応を伺う。彼女が先週倒した柊真にくっついていた初心者。それで遊ぼうと昨日決めて、彼女は自分のゲートユニットに湯人のゲートユニットについて聞いてみた。
するとゲートユニットがこう答えた。
『キミの行っている彼のゲートユニットは、キミにとって面白い相手になるかもしれないよ?』
無論ゲートユニット同士ならば相手がどんなプレイヤーの元にいるか、といったことがわかるわけではない。しかし、彩音の場合は少しばかり違った。
「キミのゲートユニット、面白い能力があるらしいね」
味噌汁をすすりながら彩音はぼそりとつぶやく。湯人は特に反応することなく、平然とかけそばの残りをすすった。
「なんで私がキミのゲートユニットについて知っているか知りたい?」
「バトルすることがないんですから、知る価値はないでしょう」
「お?てっきり知りたい、知りたいとでも言うかと思ったんだけどなぁ。まぁ、こっちもわざわざ教える義理もないか。別に聞きたくないみたいだしね」
別に聞く必要なんてない。湯人からすれば彩音が他のプレイヤーのゲートユニットについて事前に知ることができるかもしれない、ということを知れただけで十分な収穫だ。中身なんてものはいつか相手が説明してくれるんだ。なら、自分たちは可能性についてだけ考えていればいい。それだけじゃないが、これ以上突くのは藪蛇だった。
「あーあ、また話が詰まっちゃったなー」
しばらく沈黙のまま食事をしていると、突然彩音が愚痴りだした。彼女はあれだけあったカツ丼セットを一通り平らげ、今は自販機で買ったお茶を飲んでいる。
「ねぇ、ちょっと今日の放課後付き合ってもらってもいいー?」
「どこに行くんですか?行っておきますけど、俺今日は『トニー&トニー』っていう喫茶店で待ち合わせしてるんですけど」
「ほぉほぉ、なら私がそれに付いていっても?」
途端に湯人は目を見開いてみせる。顔が緊張しており、持ち上げていたペットボトルがキャップが開けられたまま、垂直に落ちていった。
「え?」
やや遅れて湯人が間の抜けた返事をすると同時にペットボトルが床に落ち、中の水が床に溢れた。
すぐに湯人は我に返り、オエッとボトルを拾い上げる。そして布巾を持ってきて床を拭き始めた。しかし、そんなことは気にせず、彩音は話を続ける。
「ねぇねぇ、私も付いていっていい?」
「あの、今俺作業中なんですけど?」
「それは見ればわかるね」
「じゃ、どうして!」
「私がキミに付いていきたいから?」
答えになってねー、と湯人は心の中で叫ぶ。
彼が『トニー&トニー』で待ち合わせしているのはかなえだ。もしそんな二人が鉢合わせでもしようものなら、たちまち自分の立場が危うくなる。
ここは保身を優先せねば、と湯人の脳みそはかつてないほどに回転していた。
「あー、そう!彩音さんの……ことは事前に言ってないので、向こうもちょっと戸惑うんじゃ?」
「それなら、今メールとかで送ればいーじゃん。『友達を連れて行ってもいいか?」とかさー」
そうだ、その手があった、とばかりに湯人は布巾の手を止めて、ポケットからスマホを取り出して早押しでメールを打つ。
昼時ということもあってすぐに返信は返ってきた。
『いいよ』
ちくしょー、と湯人は天を仰いだ。こんなことなら久城彩音だよ、とでも書いときゃよかった!と自分の失敗を嘆いた。でも、今更またメールを打てば今度はそれをうけら眺めている彩音に疑われる。
最悪だ、と思いながら彼は自分が受け取ったメールを彩音に見せた。
「へー、心が優しい。きっと器が大きい人なんだろうねー」
などと気楽に言って彩音は自分のトレイを持って返却口まで歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、湯人はどうやって言い訳をしようか、とその日の帰りのホームルームまでずっと考えていた。
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