10月21日放課後
校門前ですずきと別れて帰路につくと、道端に白い塊が転がっていることに気がついた。黒い髪の毛をイジイジと弄っているその物体は泣きじゃくった後の様な涙の痕がくっきりと頬に現れていた。
下校する生徒たちはチラっとだけ彼女を見るが、足を引きずりながら歩いている人がいるな、くらいの感覚ですぐに視線をそらして互い互いの会話に戻った。
湯人も彼らに習おうと無視しようとしたが、それよりも先にその白い塊が湯人の左手首を掴んだ。いきなり掴まれたので湯人はバランスを崩し、後ろに三歩、前へ二歩よろけた。結果的には倒れるということはなかったが、一瞬自分の幼稚園児時代の姿が見えて、瞬く間に湯人の背中を冷たい汗が吹き出した。
「ちょっとなんで無視すんのよ」
その声の主はどこか苛立っているようで、湯人は倒れかけたことの文句を言いそびれてしまった。視線だけを移動して見ると、そこにはかなえと彩音に呼ばれていた少女が立っていた。その姿を見て即座に湯人はうわー、と思った。
バトルに負けた彼女が何を言ってくるのか想像してしまったからだ。ほぼ確実にあの女のこと教えなさいよ、とか言われるとか想像してしまえば、湯人にとってかなえはただの帰宅を妨げる障害でしかないのだ。一刻も早く振りほどきたかったが、生憎とそれはできない。体育成績3の悲しい結果だ。女子よりも膂力がない、というのは湯人にとってかなりショックだった。
「あの……話してもらえます?」
恐る恐る聞くが、かなえは話そうとしない。むしろより一層強く湯人の手首を握った。
「あんた、あの女のこと知ってるんだよね?同じ高校に通ってるんだし、名前とかくらいなら知ってるよね?」
「個人情報の売買はしていないのですけど……」
適当な言葉選びで逃げようとしたり、渋い顔をするが、かなえはまだ手を離さない。彼女からすれば、自分のことを負かした相手の情報を得るチャンスだから、この手を離すわけにはいかない。例え素性だけ、学内の人気者なんです、という話だけでも聞ければ御の字なのだ。
「いーから教えろ。手首、握りつぶすよ?」
「イタタタタタタ……・・・!!!ちょっと!本当になんなの!情報よこせとかいう態度じゃないよ!」
「は?あたしはただあんたらからあの女のことを聞ければそれでいい。態度なんてどうでもいいじゃん。要はあんたが話すか話さないのどちらかなんだから」
それを二者択一じゃなくて強制というんだ、と言いたかったが、言えばもっとひどいことをされると思って湯人は口をつぐんだ。周りの同校生にも助けを求める視線を向けるが、空気を読んで意図的に無視していた。この時ばかりは友だちがいない自分のことを強く恨んだ。
「わかりました、わかりましたー!……じゃぁ、見返りをくれよ。俺は情報を渡します、あんたは俺に何をくれるわけ?」
「ギブアンドテイクってやつ?そうだな……、あたしの軍団とゲートユニットの紹介でどう?あんたもゲートユニットを紹介する条件で」
「なるほど、そいつはフェアだ。で、どこで話す?」
「この学校の近くの駅ビルに喫茶店があったよね、そこじゃだめ?」
「あーあのカード喫茶とか銘打ってるとこね。いいよ。……そろそろ手を離してもらえます?」
「逃げたら折る」
逃げません、逃げませんと言って湯人はようやく手の拘束が説かれた。百年ぶりの自由だ、とばかり湯人は左手首をなでた。かなり強く握られていたのか、肌が赤ばんでいた。
*
駅ビルの一角に居を構える喫茶店、『トニー&トニー』はカード喫茶店という形態を取っている。湯人はこれまで使ったことはないが、遠出をする際に店の前をよく通るので、その外観は見慣れたものだった。これまでは一生入らないだろうな、と思っていたところにまさか入ることになるとは思っても見なかったので、彼は若干緊張していた。
「いらっしゃいませー」
店に入るとカウンターに立っている二十後半ばかりの女性店員が二人に声を掛けてきた。彼女はカウンターから身を乗り出すと、小声でかなえの耳元で囁いた。
「どうしたの、かなえちゃん。男なんて連れて。ひょっとして彼氏?」
「ミサさん、それ冗談でも笑えない。見てくれはまぁまぁいいけどさ。付き合うならもう少しマシなのと付き合うよ」
「あの、聞こえてんだけど」
鋭くツッコむ湯人を無視してかなえは適当な席に着く。内装はよくある喫茶店などと変わらないが、この店には他の喫茶店と違って、カウンターの一角にショーケースが設けられていて、壁も半分はショーケース化していた。ショーケースの中にはUnUniteを初め、それ以外のトレーディングカードゲゲームのプレイマットやカード、デッキケースなんかが所狭しと置いてあった。
壁をショーケースに占領されているせいで心なしか店内も小さく感じられた。駅ビルという好立地にも関わらず、また下校時という時間にも関わらず店内ががら空きなのはこの狭さが原因なのかもしれない。
「それで、あの女は誰?」
「注文お決まりでしょーかー?」
話を切り出そうとした直後、ミサさんと呼ばれていた店員がタイミングよく注文を聞いてきた。その顔は笑顔で、状況を楽しんでいる節があった。
「ラッテちょーだい」
「俺は紅茶で」
「はーい、少々お待ち下さーい」
上機嫌に答えて、ミサさんはカウンターに下がっていった。その後ろ姿を見て大きくため息をついた後、話の内容を戻した。
「で?」
「俺の学校の先輩ですよ。それ以外の関係は……今はありませんね」
「それ以外に何かないの?」
「グラガナッツォというユニットがウザいな、と思いましたね。俺はまだUnUniteを初めて日が浅いですから対処法なんて思いつきませんよ」
「あー、やっぱあの女使ったか。あたしの時もそのユニット使われて手札ぜーんぶ捨てさせられたんだよなー」
忌々しげにかなえはテーブルサイドに置かれていた砂糖の入ったスティック袋を弄くり始める。恐らく彼女が最初に会った時にぼやいていた卑怯だ、反則だ、と言っていたユニットはそのグラガナッツォのことだと湯人は推測した。まぁ、あのチート級能力ならね、と自分を納得させる。




