10月21日――廃海領域④
「どう?どう?どう?これが私の持ってる中で最強のブラックユニット。夢幻算術博士 ナハト=グラガナッツォ。この見た目いいでしょー?ねぇ、ねぇいいと思わない、後輩くん?」
突然話を振られて湯人は困惑する。そのまま、グラガナッツォに視線を移すが、どう見てもただのキモい生物にしか見えない。一体こんな屍肉をあさっていそうな生物のどこがいいのか、と疑問に思った。
「えっと……そう……ですね」
「もー。そんな嫌そうにいわても私全然嬉しくないよー。もっと心からの善意を込めて褒めてよ!キミ、頭はいいけど他人の気持ちを考えないタイプでしょ?わかる、わかるよー。私もね、似たようなものだからさ。キミみたいな異物のことはよくわかるんだー」
異物と言われて思わず湯人は笑ってしまう。まさか、異物と自分が考えていた人に、自分が異物と言われるだなんて思っても見なかった。
褒姒から異物と呼ばれる自分はなんだろうか?ひょっとして周の幽王か?だとしたら、お似合いコンビじゃないか。
褒姒にまつわる面白い伝説を思い出して、密かに湯人は低い声で笑う。声にすらならない笑い声だ。すずきや柊真には聞こえもしない。
「っと、話が逸れたね。とりあえず、グラガナッツォの能力を発動。手札を六枚捨てて、私のドロップゾーンのユニットの枚数分!司馬君はカードを捨ててくれー!」
「っつ。それって何枚だよ」
「うーん、そうだねー。まぁ、少なくとも十枚以上、かな。算術博士の特性はドローと手札破壊。ま、自分も手札捨てちゃうわけだから使い勝手は良くないんだけどね」
笑いながら自慢げに彩音はグラガナッツォら算術博士の能力を解説するが、柊真としては笑えるどころの話ではない。彼の手札にあった九枚のカード。それがすべて無に帰したのだ。笑っていられるはずがない。
それだけではない。
これで柊真は防御手段が一つもなくなった。
「切り札は最後まで、とか言うけどさ。本当の切り札っていうのは出さないが吉なのだと私は思うよ。存在を匂わせ、相手に警戒心を与える。それが切り札の効力だからね。出し渋った方が負ける、とか私が知ってるアニメのキャラクターは言うよ?でもね、その切り札っていうのはまた弱点があるものなんだよ。弱点が知られたら切り札なんてものには意味はないからさ。
私は決して切り札を使わなーい。
私のゲートユニットであるユニットも絶対に使わなーい。
それこそが切り札だからね。グラガナッツォだって私のユニットの先兵に過ぎないのだー。恐れおののけ、この下郎どもー」
キャラクターがもう完全に崩壊して彩音は雄弁に自論を押し通す。彼女はまるで愛しい我が娘を愛でるような目でグラガナッツォを見る。
「さー、やってしまえ、テヘラン!」
テヘランをここぞとばかりに彩音は突撃させる。テヘランの手のひらには虹色の光子が光っており、それらが放たれると同時に幾千にも枝分かれになって、クロードの体を深々と貫いた。
三日月の様な形の笑みを浮かべ、彩音は身を乗り出して貫かれたクロードが散る様をその目に焼き付ける。
クロードの体が粒子へと変えられ、徐々に金色の砂へと変えられていく。
柊真は愕然として、ゲーム版を叩いた。一気に手札を失ったこともあるが、何よりも二つ目の黒星というのが柊真に重くのしかかっていた。
「悔しがってる?悔しがってる?ごめんねー、私が強すぎてさー!」
神経を逆なでしていくような言葉を次々と彩音は吐く。もしここに彼女と普段付き合っている友人などがいれば、その発言に耳を疑って耳なし芳一を決め込むことは間違いないだろう。
「それでつg……あ」
直後、アクセスとのつながりが切れ、彼らの意識は食堂のテーブルに戻された。
「残念だな。もう戻ってきちゃった。んー、このままヤッてもいいけど……今日はやめとこっかな。手の内を幾つかバラしちゃったし、連戦は精神が疲れまするー、なのだよ」
にゃはははは、と笑い彩音は沈む柊真を置き去りにその場から立ち去った。湯人もすずきも後を追うことはできない。このまま沈む柊真を置いてきぼりにすることはできなかった。
湯人も、すずきも、柊真が完膚なきまでに敗北した、というのはかなり強烈な事実として心に打ち付けられていた。湯人からすれば、自分の中で感謝しかない先輩が、すずきからすれば彼が一番強いと思っていた親友が、敗北したというのは信じられるものではないのだ。
「なぁ、柊真……」
「柊真……さん」
柊真からの返事はない。拳を強く握りしめ、わなわなと震わせているばかりだ。歯ぎしりの音は聞こえず、怒りで耳を赤くしているということもない。
ただ静かな怒りが柊真を支配していた。
「悪いが、今日は一人で帰っていいか?ちょっと……一人になりたいんだ……」
その切実な願いを否定することは湯人やすずきにはできない。二人はそれぞれのバッグを背負って食堂から出ていった。
後に残ったのはがっくりと肩を落とす柊真の姿だった。
*




