10月21日――久城彩音
相対するように直立不動を貫いていた二人の女子のうち、片方は夏ヶ原高校、もう片方は瑞ヶ丘学園という私立校の制服を着た少女だ。
瑞ヶ丘の制服は昔ながらの白いセーラー服で、藍色のスカーフがよく似合っている。制服を着ている少女もまた、黒い長髪を束ねた可愛らしい顔をしている。
しかし、その可愛らしさはその正面に立つ濡れ羽色の髪の少女の純真さと妙齢さによってかき消されてしまった。鮮やかな濡羽色のまつ毛や眉毛。それらと対象的に覗かせる白い肌はまるで一級の白磁陶器の様な輝きを誇っていて、彼女自身がアンティークドールの様に見える。
髪の長さはちょうど肩にかかる程度、体のラインはゆったりとしていて程よい小山の高さと、引き締まった線の細さを保っている。黒い制服も相まって、彼女の体のラインはより一層際立って見える。
「久城……彩音……」
その少女の名前をすずきが口にする。学内では屈指の有名人であるし、彼女のことを知らない学生は新入生でもいないくらいだ。今の生徒会長よりも会長している、と言われているほどで、どこか常に一歩引いたような行動をする彼女を皆不思議がっている。その不思議がっている様もまた、彼女という人間を皆羨望の眼差しで見ていた。
その彼女が今、惑星アクセスにおいてUnUniteのバトルを繰り広げている。それを知って三人は目を疑っていた。湯人からしてみれば、どこか異質な先輩、柊真やすずきにしてみれば同じ二年で、同じクラスの学友だ。身近にプレイヤーがまだいた、ということも驚きだが、それが彼女である、ということが二人にとって一番の驚きだった。
「えっと……俺らってさ。今アクセスに行くことってできる?」
確認するかのような口調ですずきが柊真に聞く。彼はプレイヤーでないからクロードやヤギョウガラスの言葉は聞こえない。しかし、湯人と柊真の慌てようから状況がただ事でないことは成績が平均程度の彼にも容易に理解できた。
「どう……だろうな。俺も他人のバトルの中に入るのは初めてだからな」
『それなら、我がやってやろうか?』
「え、誰……?」
柊真は動揺するが、それより先に突然話しかけてきたヤギョウガラスが行動を開始した。
『ウォッチ……』
「ぎょっぁxqdぁあ!!」
しかしその式句は突如として上がった瑞ヶ丘学園の生徒の絶叫によってかき消された。ギョッとして三人の瞳孔が大きく開かれる。それはおよそ、人が発せられるような声ではなかったからだ。嗚咽と呪詛をかき混ぜてどくだみとくさやの汁をたらし込んだような、そんな吐き気を催す様な声だった。
実際に吐くことはなかったが、すずきなどは口に手を添えるなど、吐く寸前まで行っていた。しかし、それよりも悲惨だったのはさっき絶叫した少女の方だ。わなわなと両手の指を震わせて、彼女は目を仕切り開閉する。状況が理解できていない。現実を受け入れていない、といった様子だ。
「私……負け、負けた?え?……何、あれ?あんなの……反則でしょ……。攻撃できなきゃ勝てない……」
「でも、キミは負けた。そして勝ったのは私。だーかーらー。ありがとうね?」
とても可愛らしく、また蠱惑的に笑う。それは彼女がいつも自分の学友に見せる純真な笑みと遜色のない、心からの笑みだった。
頬を涙が流れる少女は、その笑顔に対して反射的に空虚な笑顔を返す。その笑顔は彩音にとって面白いもので、彼女がこれまで負かしてきたすべてのプレイヤーはみんな、彼女のゲートユニットを見てそんな空虚な笑顔を浮かべていた。
現実の否定。それを表すための行動が空虚な笑顔だった。
空色のきれいな瞳を輝かせて、彼女は少女に冷たく語る。
「負けた人にはもう興味がないの、私の望みを叶えるための糧になってくれたことには感謝してるよ?でも、ね?弱すぎ。私も時間を無駄にしちゃった……。かなえさん、とか言ったっけ?キミ、もう少し強くならないと願いをかなえられないよ?かなえ、なのにね」
「……ぁうぁう、ぁうぁう。あんたみたいなのがなんで……そんざ……ってか、誰こいつら?」
唇を震わせるさなか、かなえと呼ばれた少女は立ったまま二人の会話を聞いていた三人に視線と意識を向けた。ほぼ同時に彩音も三人に意識を向けたが、その時彼女が感じたのは闘争心よりも若干の落胆だった。
「あ、俺らそこの久城の……知り合い?みたいなもんだよ。そして、あんたら二人のご同業さ」
「俺は違うけどね」
茶々を入れるすずきを黙らせて、柊真は話を続ける。
「久城、あんたもプレイヤーだったんだな」
「そういう司馬君もプレイヤーだったんだね。高校内でもプレイヤーは一人残らず探したつもりだったのに、まだいたんだ」
「……その話しぶりからすると、学内にはまだプレイヤーがいる、みたいな言い草だけど?」
勘ぐるような柊真の問いに彩音は笑顔で返す。その笑顔を見て柊真はただ一言、まじかよ、と短くこぼした。それは、彼自身も学内でプレイヤーを探したことがあり、その時にはプレイヤーの反応がほとんどなかったからだ。
つまり、彼女と戦ったプレイヤーが学内にいなかったことになる。
「そして、そっちの後輩君も、か。うーん、見た感じ結構最近プレイヤーになった感じ?」
「初めに俺の質問に答えて欲しいんだけどなぁ」
「えー?『俺の質問』には司馬君が勝手に答えを見つけたじゃん。私が答える義理はないねぇ」
若干苛ついている様子の柊真を見て、彩音は笑う。その態度がより一層柊真の癪に障り、彼のいらだちを冗長させた。
「あ……んたらも……この女の仲間なわけ?なにそれ?」
状況が理解できていないかなえは交互に柊真と彩音に視線を送る。会話からして別に仲間とか友人の関係ではなかったと思うが、状況が飲み込めていないかなえにとって同じ高校の制服を着ている、というだけで仲間、友人の関係だと思われることは心外だ、とばかりに湯人は眉を寄せる。
「ちょっと、黙っててくれない?また……潰すよ?」
彩音の冷ややかな視線を向けられ、かなえは口をつむぐ。まだ、さっきのバトルの時の余波が残っていた。それが彼女に対する絶対的な恐怖となっていた。
「さぁて、後ろが黙ったことで、そろそろ本題。始めようか?」
ゆっくりゆるふわコアラの様な可愛らしさで遊波はさらっと問題の趣旨へと方向転換した。さっきの冷ややかな視線の後に見るといっそ嘘の様な可愛さだ。




