10月21日体育館裏の中庭
翌日、湯人が登校すると、彼の靴入れの中に一通の手紙が入っていた。ラブレターではないか、と彼の相棒兼片棒担ぎは脳内で囁いたが、湯一は冷静にその言葉を無視する。茶化しているのがバレバレだったし、聞くに堪えない妄言だった。
『なんだって……?』
「うるせー」
『どれどれ我が呼んでやろう。「今日の放課後、体育館裏の中庭に来てください」。は!これはラブレターではなくてなんだと……ちょ!』
無言で湯人は懐のヤギョウガラスを破ろうとした。彼にとってはある程度重要なカードであるからカードプロテクターに入れ、さらに皮のカバーを付けて入るが、外から強い圧力をかければ曲げるくらいは可能だ。そして、曲げてもいいとすら思っていた。
『あやまります、あやまります!ラブなんてないよねー、あはははははは』
「お前、キャラすごく変わってない?最初に登場した時の汝、とか、我とかいう喋り方はどこ行ったのよ?ひょっとしてアレって演技?今のが素?」
『うん?いや?今のは……昨日汝の父親が見ていたバラエティー番組とやらの人間の口調を真似ただけだが?』
どうやら威厳あふれるヤギョウガラス様も随分とこの星の文化に影響されているらしい。意識していなくても、口調が微妙に変わっていることがわかる。
『ふむ……それで、行くのか?』
「んー?何のこと?」
三限目の最中、ヤギョウガラスは退屈しのぎに、板書をノートに写している湯人に話しかけた。湯人は別段嫌そうな表情も見せなかったが、かなり適当な答え方だった。
『だから、放課後の……』
「あー、あれね」
一考して、湯人は応える。
「一応、ね。なんとなく、誰があの手紙を差し出したのかはわかるからさ。その人の話聞くついでにでも」
『矛盾していることに気がつけ。話を聞くため、に行っているぞ?』
「どっちでもいいじゃん。話が長そうだったら途中で、塾があるんで、とか言って帰ればいいんだし」
そんな無為な会話をしつつ、あっという間に時間は帰りのホームルームになってしまった。担任の先生のつまらない話を聞き流して、湯人は一人、体育館裏の中庭へと向かった。
体育館裏にある中庭は昔、この高校が設立した時に自然観察として設けられた場所だが、生憎と今は全く利用されていない。取り壊す予算もなかったので、おざなりの整備だけされて放置されている無駄を十条したような建造物だ。
「で、そんなとこに俺を招待したのは……柊真さん、ですか」
「一応俺もいるよー」
忘れられて悲しい、とばかりにすずきも顔を出す。すいません、と形だけの礼をして、湯人は柊真に向き直った。昨日会った時よりも少し顔色が悪い。肌が少し青かった。
「よぉ、湯人。昨日振りだな」
「どうも。それで……こんな子供じみた手紙で俺を呼び出した理由をどうぞ」
「ラブレターみたいだろ?」
「俺にラブを告白して、それをレターにする奴はいませんよ。よほどの物好きか、単なる馬鹿しかいませんよ」
あまり面白くない湯人の反応に柊真は早々に話題を切り替えることを選択した。
「それはそうと……。お前、戦ったらしいな……」
なんでそれを、ととっさに湯人は思った。昨日のバトルの時、柊真もすずきもその場にはいなかった。知っているわけがないのだ。
「なんでそれをって顔してんな。その答えは俺の相棒が答えてくれる。頼むぞ、クロード」
説明するのが面倒だったのか、柊真はポケットからクロードを取り出す。そしてクロードはジュリエットの様に湯人の脳内に語りかけてきた。
『そうだな……。私たちゲートユニットはこの学校という建物の周辺くらいの距離なら、どこで誰がバトルをしているか、知覚できるんだ。もちろん、あくまで私たちだけしか知覚はできない。このことをプレイヤーに伝えるかどうかはゲートユニットである私たちの自由だがな』
「それ、俺初耳なんですけど」
『なに?……おい、ヤギョウガラス!貴様、自分のプレイヤーにそんなことも説明していないのか?……まさか、プレイヤーと一般人の見分け方も教えていないのではないだろうな?』
『……何のことだ?我には皆目見当がつかないが?』
あからさまに誤魔化している感があった。白けた目でカードを見つつ、湯人はゆっくりとヤギョウガラスのカードの両端へと両手を動かした。その行動で何をしようとしているのか、察したヤギョウガラスはすぐに湯人の聞きたいことを応える。
『汝らプレイヤーは他のプレイヤーが近づくと後頭部――あー首と頭部の境目にだな――に微かな痛みを感じることになる。ただ、それは本当に微かなもので、プレイヤー本人が他のプレイヤーを探していないと感じることはない。それくらいに微弱なものなのだ』
「それ、早く言ってくんない?」
『聞かれなかったのでな』
「いい性格をしてるよ。心がひねくれてる」
『それは我らの軍団に所属する者からすれば褒め言葉と同義だ、ということを言っておいたほうがよいか?』
そんな三文三流漫才を繰り広げていた時だ。突然クロードが彼らの会話に混ざり込んできた。
『おい、柊真!誰かがアクセスとの門を開いたぞ!』
「マジか。どこだ、クロード!」
『この建物のすぐ外だ!……だが、これは……。なんだ、なんだ、なんだ?』
柊真と湯人の脳に語りかけてきたクロードの声は明らかに驚いている。まるで勇者が生涯をかけて殺せなかった仇敵と、別の時間軸で邂逅したかのような、そんな驚きようだ。
『大き……すぎる。このユニットは大きすぎるぞ?こんなもの……この星に出現できるわけがない!』
「っつ!、とにかくそこ行ってみようぜ?誰が戦ってんのかわかんなけりゃ、手のうちようがない!」
クロードの驚きように柊真は若干声が揺れていた。だが、好奇心がその心の動揺に勝り、空気に流された湯人とすずきもその行動に追随する。
そして、三人は急いで校門を出ると、周囲のプレイヤーを探した。常に後頭部を刺激する痛みが彼らを襲うが、全くどこにいるのかがわからない。それもそのはずだ。
なにせ、今二人にとって一番近いプレイヤーは彼ら同士だ。ばっかでー、と思うかもしれないが、ロジックに当てはめると二人が今一番近いプレイヤーなのだからどうしようもない。
しかし、五分ほど経ってようやく二人は目当ての人間を見つけることができた。一組の女子同士が言葉も交わさず、ただボーっと突っ立っていれば自然と気にもなる、というものだ。




