10月20日――道すがら
「なんで……クソ!クソがぁ!」
帰宅路の道端で蛍助は喚く。彼の顔は激しく歪んで、いつもの童顔の彼を見知っている人間がいれば間違いなくこれは夢だ、と自らの頬をつねるはずだ。それくらいに今の彼は最初に湯人が会った時とは打って変わって豹変していた。
「なんだよ、なんだよ!なんだよ、その能力!あんなの……あんなの……もう反則とかじゃない。レベル5とかそういうカテゴライズじゃないだろ!」
『ケヶケヶケヶケヶケヶケヶケヶケヶ……、いやほんと。さすがは禍津神の代行者。怖いねぇ、特にその能力!ケヶケヶケヶケヶケヶケヶ……。あたしもまさかあれほどとは思わなかったさぁ』
二人の脳内でジュリエットが若干引きつった笑い声を上げる。それが呆れて笑っていることに気がつかないわけがない。彼女は今、心底キンウ・コクギョウという湯人の持つ『八咫烏』のレベル5の力に恐怖していた。これは彼女の属している軍団、『ダンシングテディース』からすれば到底理解できなく、またありえないことだった。
『ダンシングテディース』の起源はよくぬいぐるみ屋、人形屋で見かける可愛らしいぬいぐるみや人形たちだ。彼らは母星であるアクセスの人間の街で売られていた。その時は別に自意識の類は持っていなかった。
店にぬいぐるみを買いに来た子どもたちに買われ、遊ばれ、可愛がられた。それが愛玩玩具として作られた彼らにとっての至福であり、また喜びだった。
しかし、長過ぎる共同生活は戦争がよく起こるアクセスにおいて彼ら、愛玩玩具にも影響を及ぼした。戦場で散った数多の戦士の魂、その中でも情と呼ばれる部分は自然と肉体を求めた。それも人間の肉体ではない。母性や愛情、劣情、開放感、その他エトセトラ。とにかく誰かから大事にされたい、成長を見守りたいなど、人間が持っている基本的な情が収まる器を欲していたのだ。
そして行き着いたのが愛玩玩具の殻。魂のない愛玩玩具の体だ。
宿りはするが、別に動こうとは思っていない。独占欲などはないのだ。しかし成長するに連れ、捨てられる。それでも彼らが思うのはただの愛情の欠片、『愛したい、愛されたい』。恨み言などは言わない。
捨てられた魂の入った愛玩玩具たちは自然と集まり始める。より愛されるため、愛したいがために彼らは集まる。愛されるために知恵をつけ、会いするために技術を磨く。すべては、愛、だ。愛の結晶が『楽呪』であり、またロンドのコインアビリティーだ。楽しませる、楽しむための能力なのだ。
それが狂気の軍団、『ダンシングテディース』の原点だ。
だからこそ、愛する、愛される以外の思想のない『ダンシングテディース』にとって恐怖は新しい感情だ。ヤギョウガラスの時にもある程度、ジュリエットは恐怖を感じていた。しかし、キンウ・コクギョウはもうレベルが違う。
圧倒的なまでの『悪』がそこに存在していた。等しく、また、差別のない完成した『悪』。それがキンウ・コクギョウの根本だと初めて自覚した。
「ジュリエット!お前が!あの時!防御をしろ、と言っていれば僕は負けな……」
『ケヶケヶケヶケヶケヶケヶ。そいつぁ、また随分とひどい言いようじゃぁ、ないか!あたしは言ったはずだわ?防御しないのは愚行だ、とね。聞かない蛍ちゃんがわるいのよ』
「あぁ?」
目くじらを立てて蛍助は手元にあるカードを睨んだ。しかし、ジュリエットはどこ吹く風、まる気にしていない、という様子で湯人へと意識を向けた。
『ねぇ、『八咫烏』の湯人ちゃん。貴方のカード、キンウ・コクギョウはすっごい危険なのよぉ、だからもう使わないようにしない?』
『ジュリエット、貴様……!我の片棒担ぎにまた随分な提案をするものよ。言っておくが、我が片棒担ぎが其のような誘いに乗るか!勝つためにこのバトルに参加しているのだからな』
ジュリエットの軽い誘いを聞いて、ヤギョウガラスが長々とまくし立てた。感情が昂ぶっているようで、いつもよりも早口だ。
もし、実体を持って存在していたら三対の巨大な羽をばたつかせていたことだろう。
「うるさいよ。言われなくてもジュリエットの提案は断るさ。それに、ヤギョウガラスそれ自体だって強力だし、キンウ・コクギョウに頼る場面だって少ないはずだ」
『ほう、ようやく我の力を信用したか?」
「いや?……ただの妥協」
『ああ、そうかい』
返答を聞いてややヤギョウガラスは不機嫌そうにケッ、と吐き捨てた。その様子を見てますますジュリエットが笑い声を上げる。
「クソ、クソ、クソ!僕が!このすっごくかわいい僕が、こんな……クズに!……なんでだよ……」
まだ言ってるな、と半ばウザそうに湯人は眼前の中学生を睨んだ。負けた瞬間に泣く、という展開よりは大分マシだが、これはこれで心に痛い。
ただストレスしか貯まらない。
『あー、ほんとすまんね。こんなのが対戦相手でさー』
「テメェ!僕が弱いっていうのか?」
『いやぁー、才能でものを測ればさー、そりゃ目の前の兄ちゃんの方が才能はって!ケヶケヶケヶケヶケヶケヶ!?何なさってんのよ!』
「決まってんだろ?お前を破ってやるんだよ!そうすれば、もうお前のクソな面水に済むからなぁ!」
『はぁ?馬鹿じゃないの?あんたは参加資格失うんだよぉ?』
「……く……!――それもそうか……。よし、僕に感謝しろ。まだ生かしといてやる。次のバトルでは僕を勝たせろ、良いな?」
確約できないなーと思いつつも心の中ではつぶやかずにジュリエットは適当な返事で返す。
「全く、物分りの悪い人形だなぁ。……あ、僕の願いにも一つ追加しといてあげるよ、石川さん。貴方を殺したげるから。僕の過去に黒星を付けたんだからさ、そうなって当然だろ?
理不尽極まりないことだが、湯人は片眉を釣り上げただけの反応を示す。実際に望みの書き換えが可能なのかどうかは知らないが、本当に殺すなんてできないだろう、と高をくくっているからだ。
蛍助は薄気味悪い笑みを浮かべて、ささーとその場から脱兎の如く逃げてしまった。
「なぁ、ヤギョウガラス。聞いてもいいか?」
『ん?なんだ?』
「負けたときにペナルティーとかあるの?」
一間開けてヤギョウガラスは応える。
『五回負ければペナルティーが発生する』
「それってどんな?」
また一間開けてヤギョウガラスは応える。
『三つのものをなくす。一つは我ら――ここではゲートユニットと言うが――ゲートユニットをなくす。一つは己の積み上げてきた関係、それも肉体的関係以外のものをなくす。一つはあらゆる幸運、経験、意思をなくす』
「プレイヤー的、社会的、意識的の三つのカテゴリーを失うわけか」
つまりは廃人になる。
『驚かぬのか?』
「なんでも、の代償は普通は高いだろう?」
『まぁ、な』
どこかさみしげにヤギョウガラスは呟いた。心の底から、彼は今の自分の相棒、あるいは片棒担ぎと呼べる存在が負けないことを祈った。
理由、彼が感がている以上にペナルティーは過酷なものであるから。
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