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宣戦布告は一方的に

 ノエルと名乗ったこの少女は昨日、テッドを目撃してしまったらしい。


《テッド、二つ聞きたい。昨日、俺とフィナンシェ以外の誰かが部屋に入ったか?》

『ひとり入ってきたぞ』

《そのときテッドはどこにいた?》

『ベッドの下だ』

《そうか》


 どうしてベッドの下なんかに……と思わなくもないが、事実確認は終了した。

 この少女はテッドを目撃している。

 だから俺に対して怯えていたり睨んできたりしているのだろう。


「ちょっと、なに黙ってんのよ! なにか言いなさいよ! って、ヒッ!」


 俺が俯いて考え込んでいるあいだは強気だった少女は、俺が顔を上げるとすぐに悲鳴を上げた。

 この子は俺のことが怖いのか怖くないのかどっちなんだ。

 目さえ合わなければ怖くないのか?


 ……というか、あれ?

 少女が部屋に入ってきたときにテッドがいたのはベッドの下。

 それなら、姿は見られていないんじゃないか?


 少女はテッドを見ていない。

 しかし怯えている。

 怯えているということはテッドまで三メートルの距離には近づいたのだろう。

 少女は俺を起こす目的で部屋に訪れたと言っていたし、俺を起こすためにベッドに近づいたらテッドの魔力に触れてしまい拒否反応を起こしてしまった。そして、テッドに感じた嫌な感じを俺から感じた恐怖として誤認してしまったというところか。


 少女は俺の影に見えるテッドの幻影に怯えているということだな。

 得心がいった。


 それにしても、どうして俺に近づいてきたんだ?

 怖いのなら近寄ってこなければいいのに。


「ア、アンタなんて怖くもなんともないんだからね! なによその目は。言いたいことがあるなら言ってみなさいよっ!」


 本当にどうして近づいてきたんだろうか。

 そんなに怖いなら用件だけ言って早くこの場を離れればいいのに。

 一体いつになったら用件を言ってくれるのだろうか。


「じゃあ」


 俺がそう切り出しただけで少女の肩がビクンと震え、見るからに呼吸も浅くなる。

 明らかな過剰反応に俺も驚く。

 しかし、ここで二の句を継ぐことを躊躇すると堂々巡りだ。

 発言を止めてはいけない。


「さっきも訊いたけど、用件はなに?」


 先ほどとは若干ニュアンスが違うが、訊いていることは同じ。

 いい加減、何をしに近づいてきたのか教えてほしい。


「そ、そうね。そんなに聞きたいなら教えてあげ、ひぅっ。に、睨むのやめなさいよ! だから、睨まないでったら!」


 睨んでなんていないんだが……。

 反応も過剰なら被害妄想も激しいらしい。

 仕方ない。

 俯いておくか。


「八ッ、やっとアタシの偉大さに気付いたようね。これだから庶民は。そうよ、アンタはそうやって頭を垂れているのがお似合いよ。アタシの前ではずっとそうしてなさい!」


 目が合わなくなった瞬間、急に強気になる少女。

 はっきり言ってめんどくさい。

 いまも「アタシの前では……」以降、ちょっと涙声だったし。

 本当は怖いのに無理をしているのがバレバレだ。

 なにが少女をこうも強気に駆り立てるのだろうか。

 というか早く終わらないだろうか、これ。

 作戦会議はいつ始まるんだ?


「アンタ、昨日はよくもあんな目に遭わせてくれたわね! このアタシが起こしに行ってあげたのに全然起きないし!」


 あんな目ってのはテッドの魔力に触れて怯えてしまったことだろうか。

 起きなかったのは疲れてたからだ。起きたくなくて起きなかったわけじゃないんだから文句を言われても困る。


「だから、この討伐作戦でどっちが多く敵を倒せるか勝負よ! 作戦後に成果を確認するからちゃんと数えときなさい! 絶対負けないんだから!!」


 叫ぶだけ叫ぶと、もう言うことはないとばかりに満足そうな顔を浮かべ去っていく少女。

 しかし、数歩歩いたところでその足が止まる。

 はたと振り返って「逃げないでよね! 逃げたら許さないわよ!」と言うと、今度こそ少女は歩き去っていった。


 今の光景を思い返すとそんな感じだっただろうか。

 好き勝手言って去って行ってしまったため返事をする暇もなかったが、俺は勝負する気なんてさらさらない。

 そもそも俺と少女では実力が違う。

 俺の目的は倒すことではなく生き残ることだ。

 勝負の舞台にすら上がれていない。

 ……なんてことはこの場では言えないし、言うつもりもないが。

 というか、だからってなんだ。

 なにがどう繋がって勝負なんて話になったんだ。


 少女を呆然と見送ったまま、ぽかーんと開いてしまっていた口を閉じてから紅茶を一口。

 喉を通って体内に染みわたっていく紅茶の冷たさによって夢を見ていたような気分から現実に引き戻される。


 なんというか、すごい少女だったな。

 いきなり勝負を申し込んで返事も待たずに去っていくとは思わなかった。

 目を合わせなければ怖くないという思考もよくわからない。

 魔術師というのはああいう性格のやつが多いのだろうか。

 それに、すべてに全力という感じのあの生き方は楽しそうではあるが体力の消耗も激しそうだ。

 俺は数分一緒にいただけで大分疲れてしまった。


 はぁ、と溜息を吐くと茶色い豆が目に入る。

 一つ摘まんで口に放り込むといい感じに塩気が利いていて美味しい。

 紅茶とは微妙に合わない気もするが、それでも美味しいものは美味しい。

 人魔界にいた頃は味を楽しむなんていうささやかで最高な贅沢すらできなかったことを思うと随分遠くまで来たもんだと実感できる。

 まぁ、実際に世界をまたぐほど遠くまで来てしまっているのだが。


「トール、勝負頑張ってね!」

『ひとりで食うでない。我にも分けろ』


 頑張る気のない勝負をフィナンシェに応援され、テッドには食べ物の催促をされながら室内を見回すと、すでにほとんどの席が埋まっていた。

 誰も座っていない席はあと三つだけ。

 会議開始はもうすぐのようだ。

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