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到着 ちょっと上向き 出発

 やはり馬は苦手だ。


 足腰から全身に伝わる振動、浮遊感、一瞬で流れ去る景色。

 これらには未だに慣れることができない。

 俺にできるのは馬から振り落とされないようフィナンシェの腰に必死にしがみつくことだけだ。


 走り始めてからすでに一時間。

 街を出立した直後から身体を襲い続けている、眩暈と、動悸と、吐き気を催す一歩手前の気分の悪さ。

 自身が限界なのが分かる。


 ……そろそろか。

 そう思った瞬間、俺の意識はフッと途切れた。






 うぅ……気持ち悪い。

 ここはどこだ?

 天井があるから、外ではないな。


「あ、トール起きた?」


 近くから聞こえた誰かの声が頭にガンガン響く。

 頭が痛い。


「おはようトール!」


 大きな声によって、ズキズキしていた頭の痛みがズキンズキンという痛みに変わる。

 痛みがより強く頭に響く。


「それにしても、トールは馬の上で寝るのが本当に好きだよね。いつも寝ちゃうもん。馬に乗ってると風になったみたいで気持ちいいのはわかるけど、あんまり寝てるとそのうち馬から落っこちちゃうよ?」


 これはフィナンシェの声か?

 声は聞き取れているのに、その内容が全然頭に入ってこない。

 何を言っているのかわからないが、今は少し静かにしてほしい。


 頭だけでなく目の周囲も痛み、脂汗が止まらない。

 胸と腹に違和感があって気持ち悪い。

 フィナンシェがしゃべるたびに頭の痛みが増す。


 あっ、やばい。

 そう思うが早いか、フィナンシェの「もうすぐごはんの時間だよ。ここは肉料理がおいしいことで有名――」という声を聞きながら、俺の意識は再び深い闇へと沈んでいった。






 二度目に目覚めたとき、外はもう真っ暗だった。

 いや、もしかしたらさっき目覚めた時にはもうすでに真っ暗だったのかもしれない。


 旅程は順調。

 本日の宿泊場所に予定していた町には無事辿り着けたらしい。


 短い蝋燭によって照らされた仄暗い部屋の中で、宿のおばちゃんが運んできた夕飯を受け取りながら身体の様子を確認する。

 気だるさは残っているが頭痛や吐き気はない。

 うん。大丈夫そうだ。

 二度目の気絶でだいぶ復調したらしい。


「おいしい!」

『美味だな』


 夕飯に手をつけた食いしん坊コンビが揃って声を上げる。


 さっき宿のおばちゃんから聞いた話だとこの町は肉料理が有名ということだった。

 この宿も肉料理には力を入れているのだろう。

 幸せそうな顔でゆっくり味わうように口にしているフィナンシェと、ガツガツと勢いよくカラダに取り込んでいくテッドを見ればそのことは一目瞭然だ。

 俺も一口サイズに切られている肉を口に入れてみる。


「美味いな」

「だよね。本当においし~!」


 煮込み料理というやつだろうか。

 口の中でほろほろと溶けるように崩れていく肉の中から程良い塩気を持った甘い肉汁が溢れてくる。

 ここまで柔らかい肉は初めて口にしたから最初は違和感があったが、そんな違和感なんて気にならなくなるくらい美味しい。

 宿のおばちゃんが「肉料理がおすすめだよ!」と自慢げに言ってくるだけのことはある。


 惜しむらくは、体調が万全じゃなかったことだろうか。

 気だるさも何もない元気なときに食べればもっと美味しく感じられたかもしれない。

 今でも十分美味しいが、テッドとフィナンシェはもっと美味しく食べているのかと思うと、少し羨ましい。


 まぁ、いいか。

 今はこの美味しさを噛み締めよう。


 気持ちを切り替えて肉以外にも手を出してみるとそれも美味しい。

 肉料理を中心に組み立てられているのか、他の料理と肉料理の組み合わせが抜群だ。

 今朝まで少し落ち込んでいた食欲も戻ってきたように感じられる。

 食事の手が止まらない。

 死地に向かう面持ちだった気分が少し上を向いてきたようだ。


 食事一つでここまで精神状態が変わるとは。

 ここに来るまでは大変だったが、街を出て最初の目的地がここでよかったかもしれない。


「明日は今日よりも長く馬に乗るんだったよな?」

「うん。そうだよ。今日は日が暮れ始める前には町に着けたけど、明日はどんなに頑張っても夕方以降の到着になっちゃうからね。今夜はしっかり寝ないとだよ!」


 笑顔で返してくるフィナンシェの言葉によって、上向きになっていた気分がまた落ち込む。

 明日は今日よりも辛い旅になりそうだ。

 どうせ馬の上で寝ることになるのに今夜睡眠をとる必要があるのかとは思うが、馬に乗る前から体調が悪かったら本当に死んでしまうかもしれない。

 馬に乗って永眠なんて死に方は嫌すぎる。

 やはり今夜はしっかり寝ておくべきだな。


『この料理は何という名だ?』

「ん? ちょっと待ってろ、訊いてみる。フィナンシェ、この料理の名前知ってるか? テッドが知りたいみたいなんだ」

「これ? んー、なんだろ? ちょっとわかんないかも。女将さんから聞いてくるよ。女将さ~ん――」


 そんな感じで夜は更けていき、あっというまに翌朝。

 昨日よりも良くなった体調で口にした朝食は、やはり昨夜の夕飯よりも少し美味しく感じられた。

 出された料理に舌鼓を打ちながら迎えた最高の朝に、今日は馬に乗っても気分を悪くしないかもしれないと思ったその四十五分後、俺はあっさりと馬上で気絶した。

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