後悔と食べ残し
ギルド長の説明はだいたい理解できた。
モラード国から救援要請が来たから実力のあるお前たちはカナタリ領の代表としてモラード国のダンジョンへ向かってくれと、そういうことだろう。
実際には俺たちのパーティで本当に実力があるのはフィナンシェだけで俺とテッドは完全にお荷物なんだが、最近は俺のことを【ヒュドラ殺し】とか【化物】とか呼んでくる冒険者もいるし、ギルド側からの俺の認識もその冒険者たちと似たようなもののはず。ギルド長にいたっては初めて会ったときからテッドに完全に恐れをなしている。
このカナタリ領の領主様にもそれらの情報が報告されているのだろう。
だから俺たちにお鉢が回ってきた理由もわかる。
お願いという体をとってはいるが、これはほぼ強制依頼とみて間違いない。
モラード国からの緊急依頼扱いとして受理されるというこの依頼はモラード国が直接このギルドに依頼したものではない。カナタリ領の領主様を経由して、間接的に俺たちに出された依頼だ。
つまり、俺たちにこの話を回してきた本当の依頼主は領主様ということになる。
俺とテッドは領主様のおかげでこの街に居続けられている。
スライムであるテッドの存在を知りながらそれでもテッドを追い出そうとしない街なんてこの世界には存在しない。町や村でもそれは同じ。このリカルドの街だって例外ではない。
この街の者の俺たちに対する行動が監視だけにとどまっているのは、領主様が街の上層部に話を通してくれているからだ。
領主様の恩赦がなければ今頃はこの街の役人たちから何らかの理由をつけられ、俺とテッドは街から追放されていたはず。
そして、領主様がこの街に俺たちを置いてくれている理由は有事の際に俺たちの力を借りるためだろう……と、フィナンシェがこのあいだ言っていた。
この領内以外の問題にまで駆り出されるとは思っていなかったが、今回の話もその有事の際というやつに該当するのだろう。
本音を言えばこの依頼は受けたくない。
さっき聞いた話だけでも俺やテッドが件の猿型魔物を相手にするのは無理だということは十分に伝わってきた。
この依頼を受けるということはむざむざ命を手放しに行くようなものだ。
そんな馬鹿なマネするわけがない。
ただ、この依頼を受けないと俺たちの今後の扱いがどうなるかわからない。
俺たちのことを手に負えない化物だと思っているなら直接的な手段で俺たちを排除しようとはしてこないだろう。
だが、権力者と呼ばれる者たちは俺たち一般市民よりもよっぽど賢いという話だ。
俺たちに気付かれないように、俺たちの不満や怒りが街や領に及ばないように、俺たちには及びもつかない方法でじわじわと俺たちが他国へ移住するよう誘導してくる可能性がある。
金はあることだし他国へ移住することになったとしても問題はないが、俺はこの街を気に入っている。
できればもうしばらくはこの街で暮らしたい。
さらに、目の前のギルド長は「当然受けてくれるよな?」というような顔で俺たちの返答を待っているし、隣にいるフィナンシェは人助けと聞いてやる気を漲らせてしまっている。
「この依頼、私は受けたい。トールたちはどうする?」
そして、フィナンシェのこの発言。
やはりフィナンシェは受ける気満々のようだ。
受けようと考えた理由を訊いてみると、モラード国の人々を助けたいというフィナンシェらしい回答と、救援要請を受けた国々から強者が集まってくるはずだからそこまで危険な依頼ではないと思うというそこそこ現実的な意見を述べられた。
加えて、フィナンシェは三猿と戦ったことがあるらしく「手強い相手だけど大丈夫だと思うよ!」と自信満々に笑った。
何が大丈夫なのかはわからなかったが、おそらく、俺とテッドが本気を出す必要はないとか、作戦が失敗する可能性は限りなくゼロに近いから心配しなくても大丈夫とか、そういった意味の大丈夫だろう。
俺とテッドの本気云々は、俺たちが本気を出すと地形が大きく変わってしまうと勘違いしているフィナンシェの杞憂なのだが、そのことを訂正する理由は特にない。
結局、フィナンシェとギルド長の態度に圧され、フィナンシェの言うように危険が少ないのであれば大丈夫かもしれないと軽い気持ちで依頼を受けてしまった。
ギルド長から「やってくれるか! そうかそうか。お前たちならやってくれると信じていたぞ!」との言葉をもらって宿に戻ってから少しして、俺は後悔の念に押しつぶされそうになっていた。
さっきはフィナンシェの自信満々な笑顔と大丈夫という言葉に騙されたが、よく考えたらいくら強者がたくさんいたところで俺とテッドが三猿に対して無力であることに変わりはない。
偽りの安心感に流されて、とんでもないことをしてしまった。
できるだけフィナンシェの後ろに隠れていれば大丈夫かとも考えたが、作戦内容や三猿の数と集まった強者の人数次第では俺が猿たちと戦わないといけない可能性も出てくる。
モラード国への出立は二日後。
リカルドの街を出てからは馬に乗ってだいたい七日でダララのダンジョン近くの町まで辿り着くらしい。
馬に七日間も乗らないといけないことを思うと憂鬱だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺とテッドが生き残るためには入念な準備が必要。
作戦に必要とされる物資なんかはモラード国が準備してくれるそうだが、それとは別に俺たちもある程度の準備はしていくべきだ。
この科学魔法都市リカルドの街にはダンジョン近くの町に行くまでのあいだでは入手できないようなモノがたくさんあるし、俺とテッドが生き残るためには出立までの短い期間に必要となりそうなモノをピックアップして買いそろえておかねばならない。
さしあたって魔法玉は購入しようと思っているがあれはそこそこ大きく、かさばってしまうため、あまり大量に購入することができない。
あれも必要これも必要、しかしこれだと荷物が多くなりすぎる、かばんにも入りきらない、これとそれは数を減らすべきか……と色々考えているうちにどんどん時間が過ぎていく。
フィナンシェに話しかけられても気もそぞろなためロクな返事もできない。
夜は食事が喉を通らず、この世界に来て初めて、食べ物を残すこととなった。