冒険者ギルド行ったら絡まれた
いま、俺の目の前にはバカでかい建物がある。
「これが冒険者ギルド。すごいな」
高さは周囲の建物と同じくらいだが奥行きや幅が全然違う。隣の建物の三倍以上は大きいのではないだろうか。
人魔界にも冒険者という職業や冒険者ギルドはあった。この世界での冒険者と同じように魔物を狩ったりして金を得る職業で、大きな獲物が運び込まれたりする性質上冒険者ギルドも相応にでかかったがこれほど大きくはなかった。
「俺が住んでた町よりも冒険者が多いからか、それともこれくらい大きくないと収容しきれないような魔物でも運び込まれてくるのか……」
「トール、なにしてるの? 早く中に入ろうよ」
冒険者ギルドがでかい理由を考えていたらフィナンシェに顔を覗き込まれた。
そうだ。俺は冒険者になるためにここに来たんだった。いつまでも建物の大きさに感心している場合ではない。
「なんでもない。中に入ろうか」
「うん!」
フィナンシェの後について冒険者ギルド内に足を踏み入れる。
入口を通った瞬間、空気が変わったのがわかった。
街中とギルド内の温度差や匂いの違いを言っているのではない。俺たちが中に入った瞬間、明らかにギルド内の雰囲気が一変した。
つい先ほどまで喧噪に近いくらいたくさんの冒険者の声が外まで聞こえていたはずなのにその声の数が一気に減った。
幾分静かになったギルド内で何人もの冒険者や受付職員がこちらを見ながら何かを囁き合っている。
「おい、あれ【金眼】じゃないか」
「本当だ。そういえば昨日コニーの奴が言ってたな。【金眼】が街に入るのを見たって」
「帰ってきたのか」
「後ろに引っ付いてる男は誰だ?」
「さあ? 一応武装はしてるがあんまり強そうじゃねえな」
「ってことはいつものお節介か。今度はどこで拾ってきたんだか」
「いいなあ。俺も【金眼】みたいな美少女と一緒に行動してみてぇ」
「お前は馬鹿なこと言ってないで早く実力をつけろ」
「いてっ。ちょっと願望を口にしただけなのに殴ることないじゃないっすか」
残念ながら距離が遠すぎて会話の内容は聞こえないが俺たちが話題にされていることはわかる。
まさかテッドの存在がばれたか?
でもそれにしては誰も怖がったり逃げだしたりしていない。
もしくは俺が異世界人だと気付かれたか?
俺の見た目はこの世界の人間と同じだしフィナンシェにもいまのところ気付かれた様子はないからこれも可能性は低いか。
そうなると、初めてギルドに来たいかにも新人風の見た目をした奴に絡むべきか絡まないべきか相談しているのか?
この可能性が一番高そうだな。
人魔界にいた頃、冒険者は新人が現れたらとりあえずそいつに絡んで実力を測る慣習があると聞いたことがある。
頭を殴られてたやつも一人いたし、周囲で絡むかどうか相談しているのを聞いたあいつが一人抜け駆けして俺たちに絡もうとしたのかもしれない。それをあいつの隣にいた冒険者が止めてくれたのかも。とりあえず殴られてた奴は要注意だな。
いくつもの視線に晒されながらギルドの受付へと向かう。
「フィナンシェ様、本日はどのようなご用件でしょうか」
「ギルドへの登録希望者を連れて来たの。手続きをお願い」
いくつかある受付の中でフィナンシェが選んだのは不細工とも美人ともいえない平凡な顔をした受付嬢が担当している受付だった。
ざっと見ただけでも四人は目の前の受付嬢より見目の良い受付嬢がいる。いかにも仕事ができそうな感じの男性受付だって数人いる。
フィナンシェがどういう意図でこの受付を選んだのか知らないが個人的な要望を言うならあちらの見目麗しいお姉さん方と会話してみたかった。
いや、俺は会話を楽しむためにここに来たんじゃない。金を稼ぐためにここに来たんだ。
お姉さん方とはまた次の機会に話せばいいじゃないか。それに目の前の受付嬢だってありかなしかでいうと断然ありだ。いまはフィナンシェが選んだこのお姉さんとの会話を楽しむとしよう。
そんなことよりも一つツッコミたいことがある。俺の横にいるお前。お前は誰だ。俺の知ってるフィナンシェはそんな落ち着いた喋りをする奴じゃないし顔もそんなにキリッとしてないぞ。普段のお前ならいまの質問に対して「新人さん連れてきました! 登録手続きお願いします!」とか言ってるところだろう。
あれか。これがギルド内で舐められないための外面モードってやつか。俺もそういった振る舞いをしないとさっき殴られてた奴みたいなのに絡まれたりするんだろうか。
ん? でもフィナンシェのこんな姿を見るのは初めてだな。俺たちと会ったときは最初から外面モードじゃなかったし、今日も冒険者ギルドに入るまではずっとアホ面をさらしていたような気がする。ああ、いや、街に入るにあたって俺の入街税を払っていたときと宿のおっちゃんと話しているときはこんな感じだったような気もするな。
まぁ、なんでもいいか。とりあえずフィナンシェの纏ってる雰囲気を真似してみよう。
「きょんにちはお姉さん。俺はトールと言いましゅ」
噛んだ。噛んじまった。しかも二度も。
うおおおおお恥ずかしいいいいいいい。
内心の動揺など微塵も見せまいと頑張って笑顔を張り付けているがきっと顔は赤面している。いくら落ち着いた笑みを見せようとも顔が赤ければ恥ずかしがっていることはバレバレだろう。俺は演技は得意じゃない。普段の自分とは違う自分を演じるために心の中で被った仮面も極薄の透明顔パックみたいなものだ。こんなものじゃあ顔の色までは隠せない。くそっ、せめて泥パックなら顔色は隠せたのに。
これはやっちまったな。盛大に失敗した。
フィナンシェなんて笑いをこらえているのか口元はひくついて肩も若干震えている。外面モードじゃなきゃ絶対に大声で笑われていた。
ああ、ちくしょう。フィナンシェの真似なんてするんじゃなかった。慣れない所作のせいで余計に舐められる原因を作ってしまった。周囲の冒険者には聞こえなかったっぽいからセーフか? セーフだよな?
もういいや。いつも通りの自分でいこう。
「トール様ですね。ご出身はどちらでしょうか」
「ご出身? ああ、出身地ね。ルーゼです」
つい答えちゃったけどルーゼは人魔界での出身地だな。こっちの世界じゃ通用しないんじゃないか?
「ルーゼですね。かしこまりました」
あれ? ルーゼでいいんだ。
この世界にもルーゼって地名があるのか? それとも出身地はとりあえず聞いてるだけで、実在しない地名を言ったとしても問題ないとか?
まあ、よく考えたら受付嬢もこの世界の地名すべてを覚えているわけじゃないだろうし、ほとんどの奴は自分の出身地かその近くで冒険者登録するだろうけど俺みたいに出身地から離れた場所で登録する奴もいないわけじゃないのかもな。だから知らない地名だったとしても気にしないんだろう、たぶん。
っていうかこの世界での俺の出身地ってどこだ? カナタリのダンジョンの上の草原か? 草原出身と答えるのは異世界の地名を言うより問題ありそうだな。
そんなことを考えている間に手続きが終了した。
出身地、年齢、得意なこと、得意武器、戦闘スタイルを訊かれ、依頼の受け方や依頼を受ける際の注意点を伝えられただけで本当にすぐ終わってしまった。
あとは自分の名前と登録したギルド名が彫られたアイアンプレートを受け取れば冒険者を名乗れるらしい。
プレートの加工に時間がかかるらしいのでプレートが完成するまでギルド内に併設された食堂で休むことにした。
はじめは受付横の依頼掲示板に貼られている依頼書でも見て時間をつぶそうと思ったのだがこの世界の文字が読めなかったから断念した。
この冒険者ギルドは入口くぐってすぐの場所から受付カウンターまでの間のほぼ半分のスペースが食堂となっている。椅子はほとんどなく立食、食堂にいる者はテーブルかテーブル代わりの樽の上に注文した物を置いて会話をしている。その日の成果を自慢したり情報交換をしたりしているようだ。
食べ物を頼まずに酒だけ飲んでる奴が多いから食堂というよりも酒場といった感じだが。
フィナンシェはギルド三階に用事があるとかで別行動中だが一体どんな用事だろうか。
大半の冒険者に開放されているのはギルド二階まで。三階は特別な事情のない者は入れないらしいからフィナンシェは案外凄い奴なのかもしれない。強そうには見えないから冒険者としての実績や腕を買われて三階に行ったわけではないだろう。実はどこかの金持ちの娘だったりするのだろうか。
フィナンシェがお嬢様だった場合、今朝まで泊まっていた宿の値段は考えたくないな。
「さて、そんなことよりも食事だ」
金はすでにフィナンシェから借りているため食堂での支払いは大丈夫。
この世界の物を食べても大丈夫かという心配はもうしないことにした。今までの食事は大丈夫だったし初めて見る食べ物一つ一つを一々警戒するのも疲れる。食べた瞬間アウトになるなら気にしてもムダっていう理由もある。
それにせっかくの異世界なんだ。いろんなものを食べてみたい。
ギルドに来てしばらく経ち、いまは一人で行動している(実際は足元に置いたかばんの中にテッドがいる)が幸い、まだ誰にも絡まれていない。ギルドに入った瞬間からあれだけ注目されていたのにまだ絡まれていないということはもう絡まれる心配はほとんどないだろう。
そう思いナイフとフォークを手に取り、運ばれてきた料理に手を付けようとしたとき、見るからに野蛮な男がギルドに入ってきて俺に難癖をつけてきた。
「おい、そこの貧相なガキ。お前が【金眼】と一緒にいたっていうガキだな?」
なんだ? この筋肉ダルマは。