あたたかな日常
受付を担当している職員は三人だけか。
普段の半分以下だな。
そんなことを確認しながら三つある受付の内の一つ、俺の冒険者登録を担当してもらって以来よくお世話になっている受付嬢コリスさんのもとへと足が進む。
「トールさん、今日はお一人ですか?」
いつも通り笑顔で話しかけてくれるコリスさんだが、その顔には疲労の色が見える。
「はい。フィナンシェはまだ部屋で休んでます」
「そうですか。あれだけの戦いの後ですからね」
「ええ、まあ。ところで、ギルド職員の数が少なく見えますが何かあったんですか?」
「そうなんです。実はまだ戦後処理が終わっていなくて。職員総出で二日がかりでスタンピードに参加していた魔物の種類や数を調べ終わったと思ったら、今度は各店舗から提供してもらった物資の返還作業やその他諸々の事務処理が山のように積まれていまして、今も裏では何人もの職員が悲鳴を上げていますよ」
苦笑しながらそんなことを口にするコリスさん。
本当に大変なのだろう。
その姿はすごく弱々しく見える。
「それは大変そうですね」
「いえ、冒険者の皆さんは街のために命懸けで戦ってくれたんです。今度は私たちが頑張らないと!」
俺たちの苦労に比べたら大した苦労じゃないと言って気合を入れたコリスさんだったがそのすぐ後に、あと少ししたら受付業務を交代しないといけないんですと呟くと見るからに気重そうな表情に変化していった。
なんでも、受付業務は地獄の事務作業から逃れられる唯一の安息所なのだそうだ。
その後も他愛もない会話を続けながらいろんな情報を聞いたが、冒険者ギルドへのスタンピードの影響は概ね予想していた通りだった。
街周辺の魔物がほとんどいなくなったために討伐依頼が出されなくなったとか、防衛に参加した者はまだ傷や疲労が癒えていなかったりカードから戻っていなかったりで活動できる冒険者の数が少なくなっていたりだとか。
活動できる冒険者の数が少なくなってはいるがギルドに持ち込まれる依頼も誰でもこなせるような難度の低い雑用依頼ばかりだから依頼を受ける冒険者の手も足りていることとか。
今も、追加依頼が出されない限りはダンジョン関係の依頼しか残っていない状況らしい。
「――と、だいたいこんなところですかね。参考になりましたか?」
「はい。知りたかったことはすべて聞けました」
「それはよかったです」
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰ります」
「はい。また何かありましたら気軽にお声掛けください」
すがすがしい笑顔を浮かべながら丁寧に頭を下げるコリスさんに別れを告げてギルドから出ると、やっと煩わしい視線から解放された。
恐れられているような品定めされているような、なんともいえないあの不気味な視線はこれからも向けられ続けるんだろうか。
願わくば、あんな視線を向けられるのは今日だけにしてほしいところだ。
それにしても、うまいことコリスさんに利用されてしまったな。
俺がコリスさんと話し始めてからかなりの時間が経過してしまっている。
おそらく、コリスさんは俺と会話することで事務作業やらなんやらで溜まったストレスを発散するとともに、実際には俺と駄弁っているだけにもかかわらず冒険者に応対中という一見仕事をしているようにも見える姿を装うことで受付業務を交代する時間を引き延ばしていたのだろう。
その証拠に、二十分以上前からコリスさんの背後にはコリスさんを地獄に呼びに来たと思われる交代の職員が控えていたし、俺がギルドから出ようとすると何度か引き留められた。
俺が孤児院にいた頃よくやっていた、さりげなく話題の方向を変えて話を続けるという会話引き延ばし法を使っていたから、俺を引き留めて交代の時間を遅くしていたのは間違いないだろう。
会話引き延ばし法を使って孤児院に帰る時間を遅らせたりしていたのが懐かしいな。
孤児院で面倒な仕事があるときは酒場に入り浸ってよくこの方法を使っていたっけか。
酒場のおっちゃんはよく俺が帰るのが遅くなった理由としてつかわせてもらったが、大抵の場合は「帰るのがこんな時間になったのはおっちゃんとの話に夢中になってしまったからだ」と言うと「その言い訳はもう聞き飽きた」と返されて頭にげんこつをもらうんだよな。
今となっては院長のあのげんこつも懐かしい。
《そういえば、テッドも一度だけ院長に殴られていたよな。あれはたしか、院長が秘蔵していた何かを勝手に食べたとかそんな理由だったか》
『そんなこともあったかもな』
《改めて考えてみると、院長はよくテッドの仕業だって気づけたよな。あの時のテッドからは何か特別な匂いがしていることもなかったし、消化しきれてないその何かとやらが体内に残ってるのが見えていたわけでもなかったのに。テッドじゃないと見つけられないような場所にでも置いてあったのか?》
『さあな。昔のことはよく覚えとらん』
《はぁ、お前はそういうやつだよな。過去のことは振り返らない主義とか言ってたっけか。お前まさか、俺との出会いとか忘れてないだろうな?》
『もちろん覚えているぞ。それよりも、飯はまだか』
《はいはい。今買いに行きますよ》
そんな感じでテッドと会話しながら食べ歩きをして、日が沈んで宿に戻ってからはフィナンシェと一緒に飯を食う。
空腹に悩むことなく、笑顔の絶えない毎日。
人魔界にいた頃よりも充実した日々。
院長たちと会えなくなってしまったのは寂しいが、今はそんな日常がたまらなく愛おしく、温かい。