噂話 in 冒険者ギルド
新鮮野菜のサラダ、山盛りパスタ、特大ステーキ、野菜にスープをしみ込ませたような見た目と味をしたニクジャガという名称の料理、よくわからないドロっとしている謎の白いスープ。
レストランで注文した品はどれも美味しかった。
テッドをかばんから出すわけにはいかないから出された品を他の客や店員にバレないようにさりげなくかばんに放り込んでいく作業は少し疲れたが、その苦労を差し引いても店を出たいまとても幸せな気分でいられるほどの料理の数々だった。
ニクジャガと白いスープは以前食べたオコノミヤキと同じく過去に製法の失われた料理を再現してみたものということだったが、店で出されているだけあって現代でも通じる味だったし、なにより初めての食感と味に俺もテッドも大満足だ。
宿を出る前にテッドが言っていた、新たなる味覚を探しに行くという目的はひとまず達成できただろう。
このレストランでは少し高い金を払えばコース料理というものを頼むことができるらしいし、次はフィナンシェも連れてそのコース料理とやらを頼みに来るか。
それはそれとして、
《テッドはどれが一番美味しかった?》
『スープだ。濃厚な味わいだった』
《あー、たしかに。あれは美味しかった》
野菜や肉なんかが入ったクリーミーなスープ。
あの味を思い出しただけでよだれがでてくる。
店員からあのスープの名前も聞いたはずなんだが、何と言っていたか。
たしか、ソチューとかシチューとか言っていたような。いや、スチョーだったような気もする。
『お前は何が一番気に入ったのだ?』
《俺はそうだな。ステーキかな。あんなに分厚い肉は初めて食べた》
『あの肉も中々のものだったな』
《それにしても、この街であれほどの大きさのステーキを見るのは初めてだったが、この店は他の店よりも多く肉を仕入れているのだろうか? 俺たち以外にもステーキを頼んでいた客はいたのに全然品切れする気配がなかったように見えたが》
『それは、この間のスタンピードのおかげだろう。大量に倒した魔物の中には食用可能な魔物もかなりの数いたようだからな』
《防衛に参加していた肉屋なんとかってとこの三男が嬉々として倒してまわっていたあの魔物たちか》
『そうだ、その魔物たちだ。おそらく、その魔物たちのカードをこの街の肉屋が大量に買い取ったのだ。肉屋から供給される肉の量が増えたおかげで一皿一皿の肉の量を増やすことができたのだろう』
《そういえば、特大ステーキは新メニューだって言われて勧められたんだったな。あれは新しく店でステーキを出し始めたって意味じゃなくて、新しく特大サイズのステーキを出し始めたって意味だったのか》
街を脅かした上に俺たちも何度か死にかけたスタンピードだったが、乗り切ることさえできれば恩恵もあるということか。
これは防衛を頑張ったかいがあったな。
まさか、こんなところにまでスタンピードの影響が出ているとは思わなかったがな。しかも俺たちにとって良い方向に影響があるとは意外にもほどがある。
《それでこの後はどうする? 食べ歩きを続けるか?》
『無論、と言いたいが、しばらくはこの余韻に浸りたい。適当にぶらついておけ』
《適当にぶらついておけ、って言われてもな。行く当てもなく歩き回るのは嫌だぞ。どこか行きたい場所とかないのか?》
『特にないな。お前こそどこか行きたい場所はないのか?』
《俺も特にないな……仕方ない、ギルドにでも行ってみるか》
まだ日も高い。
宿に戻るには早すぎるし、ギルドの様子でも見に行ってみるか。
レストランにスタンピードの影響が出ていたのだから、魔物との関係が深いギルドにも何らかの変化がみられるかもしれない。
雑用依頼なら一人でもこなせるようなものが多いし、手軽な依頼があったら受けるのもいいかもしれないな。
……やることがないからと、興味半分暇つぶし半分でギルドに顔を出すのはやめておいた方が良かったかもしれない。
何やらギルド内の者たちが俺を遠巻きにして噂をしている気がする。
「【酷薄】だ」
「【酷薄】が来たぞ」
「いや、やっぱり【酷薄】よりも【残忍】の方がよくないか?」
「そうか? 俺は【無法】の方がしっくりくると思うけど」
「呼び名なんて今はどうでもいいだろ。あいつは触れることなくオークキング三体を倒すような奴なんだぞ。変な呼び方してると今度はお前らがカード化させられちまうぞ」
「その話は俺も聞いたな。なんでもオークキング三体を瞬殺したヤツがいるとか。あいつがそうなのか」
「オークキングを瞬殺って。あれってたしか装備をしっかり整えた兵士二百人でやっと倒せるような魔物だろ。それを三体相手に瞬殺って、初心者みたいな見た目してるくせにとんだ化物だな」
「聞いた話だとヒュドラを倒したのもアイツらしいぞ」
「ヒュドラ!? そんなのがいたのかよ!?」
「バッ、声がデケえよ」
「……わりい。で、ヒュドラって本当にそんなのがいたのかよ?」
「ああ、実際に目撃した奴が何人かいる。ヒュドラがいたのは間違いねえ」
「そうか。まぁ、そうだな。オークキングを瞬殺できるような奴ならヒュドラを倒せたとしてもおかしくはないか」
「だよな。ヒュドラっていったら人間の力じゃどうにもできない災害みたいな存在だが、オークキング三体を瞬殺するやつも十分災害だ。本当にあいつがヒュドラを倒したのかどうかはわからないが、あいつじゃなかったら他に誰がヒュドラを倒したんだって話だよな」
「ヒュドラがどこかに行っちまっただけって可能性はないのか?」
「それってつまり、ヒュドラはまだ倒されてなくて今もどこかを彷徨っているってことか? そっちの方が怖えんだけど」
「いや、ヒュドラが野放しのままならギルドからなんらかの協力要請があるだろ。それがないってことはやっぱり倒されてるんじゃねえか?」
「そ、そうだよな。ヒュドラはもういないよな。なんだよ、びびらせるなよ」
「っていうか、オークキング三体を倒したってことが衝撃的すぎてついスルーしちゃったけど、触れることなく倒したってなんだよ」
「それがなんでも、あいつが近づいた瞬間にオークキングが急に苦しみだしたらしいんだよ」
「なんだそりゃ」
「俺も聞いた話だから詳しくは知らないんだけどな。あいつが近づいた一体が急に苦しみだして、それが他の二体にも伝染してバタバタッとオークキングたちが倒れたらしいんだよ。実際にその光景を見ていたやつらは全員『えげつねえ』って感想を抱いたそうだ」
「なにそれ怖い」
「やべえな」
「ちょっと信じがたいけど、その光景を見ていた奴って何十人もいるんだよな。ってことは本当のことなのか」
「誰か防衛中にアイツの近くにいたヤツはいねえのか? アイツがどんな風に戦ってたのか聞きてえんだけど」
「あのときはみんな生きることに必死だったからな。目の前の魔物の相手をするので精一杯だったやつも少なくねえし、あいつの近くで戦ってたやつがいたとしてもあいつの戦いぶりなんてろくに見れてねえんじゃねえか」
「うーん、【悪辣】ってのはどうだろうか?」
「は? なんの話だ?」
「あいつの呼び名だよ」
「まだその話してたのかよ。それに【悪辣】じゃただの悪口じゃねえか」
「【性欲】とか【ハメ殺し】とか呼ばれてるヤツもいるくらいだからイケるだろ」
「【伝染病】ってのはどうだ?」
「あの子の名前ってトールだったわよね。なら、【惨殺】のトールっていうのはどうかしら?」
「どうかしら、じゃねえよ。まずは二つ名を決めようっつう考えから離れろ。もう各々好きなように呼べばいいだろ」
「それじゃ締まらねえだろ」
「呼び名が統一されてないと話すときに困るだろ。誰の話をしてるのかわからなくなるやつも出てくるぞ」
「だからそうじゃなくて、……はぁ、もういいや。好きにしてくれ」
「よっしゃ。うるさいやつもいなくなったことだしアイツの呼び名を決めようぜ」
「そうだな、こういうのはどうだ。触れずに瞬殺したから――」
其処彼処からの視線が痛い。
どうしてこんなにも厳しい視線を向けられているのだろうか。
ヒュドラとかオークキングとか聞こえたから、なんとなく何を話しているのかは想像できるが。
『どうした?』
「いや、なんでもない」
テッドに指摘されて初めて気づいたが、どうやら立ち止まってしまっていたらしい。
何事もなかったように再び足を動かし始めたが、やはり視線もついてくる。
これはどうにもならなそうだな。
視線は気になるが、気にしすぎてもしょうがない。
ギルドを出るまでの少しの辛抱だし、できるだけ気にしないようにしよう。
とりあえず、受付で何か変わったことはないか訊いてから掲示板に張り出されている依頼書でも見てみるか。