並んでる間に
んー。テッドと俺だけで行動すると気が楽でいいな。
フィナンシェとはもう何十日も一緒にいるし、俺、テッド、フィナンシェの二人と一匹で行動することにも大分慣れたが、やっぱりテッドと一対一で行動する方が気が楽だ。
こんな気持ちになるのは、俺たちが異世界から来たことや本当の実力を隠しているせいだろうな。
フィナンシェの前では素のままの自分を出せているという自覚はあるが、それでも、隠し事をしているということが障壁となって心の内でどこか距離を置いてしまっているのがわかる。
この壁を取っ払うことができればフィナンシェの前でももっと楽な気持ちでいられるのだろうな、きっと。
正直な話、かなり前からフィナンシェになら俺たちのことを話してもいいと思っている。
この世界で異世界人がどのような扱いを受けるのかは知らないが、フィナンシェなら俺たちの正体を知ったとしてもそのことで態度を変えるようなことはないだろうし、俺たちの正体を秘密にしてくれるという確信もある。
ただ、この世界にはカード化の法則がある。
いくらフィナンシェが俺たちのことを秘密にしようとしてくれたとしても、フィナンシェがカード化され、戻されたときにカードから戻してくれた者に俺たちのことを訊かれたら答えざるをえない。
さらにこの世界には、カードを蒐集することを目的としているカードコレクターなんてやつらもいる。
迷惑なことに珍しいカードを集めたいという欲求を持つこいつらにとって、この世界では最強の生物とされているスライムのテッドとそんなテッドを連れている俺のような人間は間違いなく蒐集対象になってしまうそうだ。
この世界に来てからそれほど経たないうちにすでに一度カードコレクターに狙われ命を落としかけたし、いつまた襲われないとも限らない。
もし、俺たちを襲いに来たカードコレクターにフィナンシェが捕まってしまったとして、カード化され、戻されてしまったのなら、間違いなく俺たちの情報は敵に筒抜けになってしまう。
特にそのカードコレクターが【カディル】とかいう組織に所属している者であったなら最悪だ。
俺の情報は瞬く間に【カディル】の構成員全体に知れ渡り、数多のカードコレクターが昼夜を問わず俺のことを襲いに来るだろう。
カードコレクターと呼ばれるやつらの狙いは『珍しいカードの蒐集』なのだから、もしも俺たちが実は最弱生物のスライムとそのスライムを連れた何の変哲もない普通の人間であることがわかったとしても、今度は「異世界から来た者たち」という珍しさに惹かれて俺たちを襲いに来ることは想像に難くない。
そして、やつらに知れ渡った情報通り、本当に大した実力も持っていない俺たちなんてあっという間に捕まってしまう。
やつらに攻撃されたとして、俺たちがカード化するのか、それともカード化せずに死んでしまうのかはわからないが、どちらにせよ捕まったらロクなことにならないのはわかりきっている。
それさえなければフィナンシェにすべてを包み隠さず伝えてもいいのだが、カードコレクターの存在がそれを邪魔する。
フィナンシェも弱くはない。どちらかというとかなり強い部類には入るし、襲われたとしてもそう簡単にやられるようなことはないと思う。
しかし、万が一ということもある。
寝ているとき、食べているとき等、油断しているときを狙われればフィナンシェでも対応しきれずやられてしまうかもしれない。
そうでなくても、トーラレベルの敵が来たらいくらフィナンシェでも相手にならず、簡単にやられてしまう。
人間に連れられているスライムの存在を知れば、やつらは絶対に血眼になって俺たちを探し、そしてもし見つけたのなら全力でカード化しようとしてくる。
この世界にいる限りはそのことから逃れることはできないし、認めたくはないが「次」は絶対に来る。
それがいつになるかはわからないが、おそらくそう遠くないうちに俺はまたカードコレクターに襲われる。
前回はなんとかなったが、あれは運が良かっただけだ。
次もまた生き延びることができるかどうかはわからない。
せめて俺に誰が相手でも返り討ちにできるくらいの強さがあればフィナンシェにも簡単に打ち明けることができたんだが、残念ながら俺にそんな力はない。
俺の才能がどの程度なのかは知らないが、仮に俺がそれほどの強さを手に入れるまでに成長したとして、そのときは十年先か二十年先か。
とにかく今すぐ急激に強くなるということは絶対にない。
もしかしたら俺の実力はもうすでに成長限界に達しかけているという非常に残念な可能性もある。
だからというわけではないが、今すぐフィナンシェに打ち明けてよいのか、打ち明けるべきではないのか、これは切実な問題だ。
フィナンシェはカードコレクターに襲われるかもしれないということを承知の上で俺たちとともにいてくれている。
俺たちとしてもフィナンシェのような実力者が近くにいてくれると心強い。
だから、滅多なことがない限りはフィナンシェに危険が及ぶかもしれないという理由で俺たちがフィナンシェのそばからいなくなることはない。
だが、もしかしたら隠し事をしているという事実に耐えかねてフィナンシェのもとを去ってしまうという可能性は十分に考えられる。
そのときはもういっそすべて話してしまえばいいとは思うが、実際に俺がどう思うかはそのときになってみないとわからない。
フィナンシェと一緒にいるのは楽しい。
だから、離れたくない。
俺たちのことを話すべきか、話さないべきか。
こうして悩んでいるということは話さない方がいいという気持ちがわずかにでも勝ってしまっているのだろう。
あるいは、なにか話してもいいと思えるようなきっかけを探しているのかもしれない。
けれど、そのきっかけは今すぐに見つかるようなものではなさそうだ。
この問題はまた先延ばしだな。
話してもいい、話しても大丈夫と思えるようになるまではこの問題は先送りしておこう。
『動いたぞ』
「ん? やっとか」
思考も一段落したところだし、ちょうどいいな。
たしか、ここは食堂でも酒場でもなくレストランとか言うんだったか。
いつも列ができてるから気になって並んでみたが、まさかこの列がこんなにも動かないものだったとは。
テッドは屋台で購入した肉や謎の料理を食事中で話し相手になってくれそうになかったし、退屈しのぎにと思ってテッドと俺だけでいる方が気楽な理由を考え始めてはみたが、考え事をしていたあいだに、この列に並んでから結構な時間が経過しているような気がする。
しかし、後ろを振り返ってみると列に並ぶ人の数は減っていない。
その光景に腹が鳴る。
随分待たされても列が解消されず、これだけ繁盛しているとなると、店内で出される料理への期待がいやが上にも高まってしまう。
《楽しみだな》
『ああ、楽しみだ』
まだ見ぬ料理に俺とテッドは揃ってよだれを垂らした。
……まぁ、スライムによだれなんてものは存在しないのだが。
おかしいな。トールとテッドの仲の良さをアピールする話にする予定だったのに……という、いつものアレです。
一日一話執筆しているのでたまに(かなりの頻度で)その日の気分で筆が進んでしまい、予定とは別方向に話が進んでしまうことが稀によくあります。こういうのを乗りに乗っていると言うんでしょうか。