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束の間の休息

「シフォンちゃん、行っちゃったね~」

「そうだな」

「もっと一緒に遊びたかったなぁ」

「次に会ったときたくさん遊べばいいだろ」

「トールは寂しくないの?」

「寂しくはあるけど、慣れてるからな」

「そうなんだ」


 シフォンが行ってしまったのが昨日の今日だから仕方ないとはいえ、女の子が家族でもない者の前でベッドの上をゴロゴロと転がるのはどうなんだろうか。

 少しだらしがなさすぎる気がする。

 今日のフィナンシェは短パンを履いているせいで短パンの裾からチラチラと下着が見えそうになっているし。なんというか、はしたない。

 もしこの場に院長がいたらフィナンシェはお叱りを受けていることだろう。


 まぁ、フィナンシェはずっと一人で活動していたらしいからな。

 孤児院育ちで毎年幾人かとの別れがあった俺とは違い、誰かと別れるということに慣れていないのかもしれない。

 俺なんかは、兄姉が孤児院を出ていくときは今生の別れを覚悟していたからか、会おうと思えばいつでも会えるシフォンとの別れはそこまで寂しいものではなかった。 


 しかし、改めて考えてみるとあれだな。

 俺はもう、生涯、孤児院のやつらに会えないのか。

 院長にも、チビたちにも、酒場のおっちゃんや道具屋のお姉さんたちとも、もう会うことはないのか。

 そう考えると悲しくなってくるな。


「なんだか俺も寂しい気持ちになってきた」


 そんなことを言いながらベッドに飛び込む。

 今日もふかふかのベッドは、俺の体重を優しく受け止めてくれる。

 これが孤児院の硬いベッドだったなら、俺は今ごろ身体を打ちつけた痛みに耐えかねてそこら中を転げまわっていたことだろう。


 そう考えると、この世界に来てからは本当に良い暮らしを送れている。

 金に困ることもなく、美味しいものを毎日食べ、温かく柔らかいベッドでぐっすり眠る。

 まさに最高の暮らしだ。

 しかし、なぜだろうか。

 今は孤児院のあの硬いベッドがなによりも恋しい。

 チビたちは元気にしているだろうか。


「今日は休みにしよっか」


 ベッドの上で仰向けになったフィナンシェがそんなことを言う。


「いいのか? スタンピードが終わってからずっと仕事をしていないぞ」


 疲労に負けて眠ったり戦場跡に落ちているカードを拾ったりシフォンの屋敷に行ったりシフォンを見送ったりと、仕事をする時間がなかっただけとも言えるが。……いや、一昨日やった戦後のカード集めはギルドからの特別依頼扱いだったか。


「むしろスタンピードが終わったからこそ、だよ。あれだけ大変なことがあったんだから少しくらい休まないと身体がもたないよ」

「まぁ、金にも困ってないしフィナンシェがそう言うのなら俺は別に構わないが」


 もともと金には困ってなかったうえに防衛線に参加した者へは街から賞与が出たからな。俺たちは特に活躍したということでかなり多く貰えたし。

 それにたぶん、今は冒険者への依頼も数が少ないだろう。

 一万もの数の魔物をもれなくカード化したおかげでリカルドの街周辺には魔物がほとんどいないし、街から避難していた人たちも少しずつ戻ってきているとはいえ街中にはまだ人も少ない。

 人も少なく、魔物もほとんどいないとなれば、必然的に冒険者ギルドに出される依頼の数も少なくなる。


 もしかしたら働き手が避難したまま戻ってこないせいで手が回らなくなった店なんかがあって、その店やなんかから急場しのぎの依頼が殺到している可能性もなくはないが、それらの依頼は他の冒険者も受けるだろうし、わざわざ俺たちが受ける必要もない。

 そういう雑用依頼は急場しのぎゆえに報酬も悪くないだろうし、依頼を受けたいと思う冒険者も多いだろう。

 討伐依頼がない今の状況では採取依頼か雑用依頼、あとはダンジョンへの遠征くらいしか仕事がないはずだしな。

 特に、このあいだの防衛戦に参加しなかった冒険者の中には日銭を稼がなくてはその日の生活にも困ってしまうという、人魔界にいた頃の俺のような生活をしている者もいるだろう。

 そういう者たちの仕事を俺たちが奪ってしまうのもあまりよくない。


 そのことをフィナンシェもわかっているのだろう。

 そうでなければ、お人好しのフィナンシェのこと、絶対に「誰か困ってる人が依頼を出しているかもしれないから冒険者ギルドに行ってくる!」というようなことを言ってきたに違いない。

 ギルドに行くそぶりも見せないのはおそらく、ギルドに行っても依頼が少ないことと、依頼があったとしてもすぐに俺たち以外の冒険者がその依頼を受けることがわかっているからだろう。

 あるいは、シフォンと離れ離れになった寂しさが後を引いていて仕事をするような気分にはなれないのかもしれないが。


《テッド、今日は仕事は休みらしいぞ。何かしたいことはあるか?》

『休みか。ならば新たなる味覚を求めに行こうではないか』

《新たなる味覚って、食べ歩きしようってことか?》

『うむ。その通りだ』


 一日中コマを回して過ごすぞ、というような回答を予想していたのだが見事に裏切られたな。

 この世界に来てからは随分とコマにご執心だったようだからコマで遊ぶとでも言うと思っていたのだが、そういえばこの世界にきてからは食への執着も強くなっていたんだったな。

 人魔界でもよく食べていたとはいえ、あの頃は金がなかったからテッドの食事はそこら辺の土や石、野草ばかりだった。

 だが、今は金に困っていないから俺もテッドも色々なものを食している。

 この世界に来たばかりの頃は何かを口にするたびに「これは俺たちにとっては有毒なのではないか」「食べてしまったが数時間後に激痛で苦しんだりしないだろうか」と怯えていたのに、今では俺も、人魔界にいた頃は食べることもできなかった豪華な食事や人魔界には存在しなかった食材や料理を口にすることが楽しみになってしまっている。

 食べる量が多いテッドは俺よりもその欲が強いのだろう。

 隣のベッドで寝転がっているフィナンシェとテッドの食いしん坊コンビはよく食べ歩いているからな。

 俺は胃袋があまり大きくないからあまり付き合えていないが、いい機会だ。

 一度この世界の料理をゆっくり食べ歩くというのもわるくない。


《そうだな。今日は食べ歩くか》

『そうこなくてはな』


 さて、俺たちの予定は決まったが、フィナンシェはこのあと何をするか考えているのだろうか。


「俺とテッドは食べ歩きに行こうと思うが、フィナンシェはどうする?」

「う~ん、私はやめとく。今日は一日、この部屋にいるよ」

「そうか、わかった」


 ……これは重傷かもしれないな。

 まさか、あのフィナンシェが食べ歩きを断るなんて。

 シフォンとの別れがそんなにショックだったか。


 本調子じゃなさそうなシフォンのことは気になるが、俺とテッドはすでに食べ歩きをする気分になってしまっている。

 今さら予定を変えることはできない。

 フィナンシェもシフォンの回復魔法によって戦いの疲れはなくなっているはずだし、何か問題があったとしても傷が痛むとか身体が痛いとか、そういった類の問題ではないはずだ。

 それほど深刻に悩んでいるようにも見えないし、やはりシフォンと別れたことで少し気が沈んでしまっているだけだろう。

 ここはそっとしておこう。


「じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃ~い」


 テッドの入ったかばんを背負った俺はベッドの上で上体を起こし手を振っているフィナンシェに見送られながら、テッドとの食べ歩きの旅に出た。

 ここ数週間は土日にも予定が入っていて忙しかったのですが、次の土日は何も予定がないので明日の帰宅後からは久しぶりにゆっくりと執筆作業に集中できそうです。

 更新が滞っていた『若返ったおっさん』の方も近日中に更新再開できると思います。

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