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シフォンとの別れ

 ブルークロップ王国へと続く街の出口に一番近い広場。

 幾度か訪れたことのあるこの場所だが、今日はいつもと見え方が違う。

 今日はなんだか、いつもよりも明るく華やいで見える。

 人々の声はいつもより明るく楽しそうに聞こえ、雲一つない空はいつもより光り輝いている。

 おそらく実際には、前回来たときと同じくらいの活気に、昨日一昨日とあまり変わらぬ天候。何も特別なことはない。

 それなのに広場の様子がいつもと違って見える理由は、やはりシフォンが今日この街から旅立っていくからだろう。


 本当は二日前に出立する予定だったシフォンは出立の予定を二日延ばした。

 一昨日のスタンピード終結後、シフォンが気絶したためだ。戦いが終わり気を張る必要のなくなったシフォンは糸が切れたように意識を失い、そのままテトラに運ばれて屋敷へと戻っていった。

 シフォンの回復とカード化してしまった護衛騎士たちの回復を待った結果、ブルークロップ王国への帰還が今日となったわけだが、今日の街の雰囲気や空の様子はかなりいい感じだ。

 まるで、空も、街も、すべてがシフォンの出立を祝福しているかのように色づいている。

 まさに絶好の旅立ち日和。

 この明るい空気の中なら俺やフィナンシェもしんみりすることなくきちんと笑ってシフォンを送り出せそうだ。


「トール様、フィナンシェ様、テッド様、おはようございます。本日はお見送りに来ていただき感謝いたします」


 広場に停車している十台ほどの馬車の中に見るからに他の馬車とは造りの違う立派な馬車が三台あったので近づいてみたら、その中でも特に立派な一台の中から出てきたシフォンに楚々とした態度でそう述べられた。

 家来たちの前だからか俺やフィナンシェと一緒にいたときのシフォンより堂々としていて大人びて見える。フィナンシェのことも「様」呼びになっているし、これが王族としてのシフォンの姿ということなのだろうか。

 生まれて初めて目にした王族がシフォンだから、今のシフォンが王族として相応しい振る舞いをしているのかどうかはわからない。しかし、こうして見ていると王族の風格というものが備わっているようにも感じられる。


「おはよう、シフォン。昨日はよく眠れたか?」

「シフォンちゃん、おはよう!」


 まぁ、どんな態度だろうがシフォンはシフォンだ。

 昨日、戦場跡のカードを回収した後に少しシフォンの滞在している屋敷に立ち寄った際にかしこまる必要はないと言われているし、シフォンに対して無理に敬語をつかうような真似はしない。

 護衛騎士や女中など家来の中には俺たちのこの態度を快く思っていない者もいるかもしれないが、さすが王族に仕えているだけあってそんなことはおくびにも出さない。

 シフォンが良いと言っていることに苦言を呈するような者もいない。

 よく教育されている証だ。孤児院のチビたちじゃこうはいかないだろうな。

 とは言っても、言葉遣いを気にするようなやつは孤児院には元々いないが。


「それにしても立派な馬車だね」

「シフォン様が乗る馬車だからな。そこらの(やす)馬車というわけにはいかん。これでも控えめなものを選んできたつもりだったのだが、何かおかしかっただろうか?」


 シフォンが静かに微笑んで元気であることを伝えてきたのを見て、フィナンシェが俺も気になっていたことを口にしてくれた。

 フィナンシェのその言葉にはシフォンの後ろに控えていたテトラが答えてくれたのだが、テトラはフィナンシェの言葉に気を良くしながらも俺の顔を見て「どうしてそのような顔をしているのか」と本当に不思議そうに首を傾げている。

 もしかしてこの人、頭の方はそこまでよろしくないのだろうか。

 スタンピードではかなり頼りになったし、できる女という感じがしていたから何でもそつなくこなす人なのかと思っていたが、オツムの方は残念な出来なのかもしれない。

 それとも、幼い頃から王族と一緒にいると価値観が偏ってしまうのだろうか。

 なんにせよ、この様子だと、もっと地味な見た目の馬車にしようと言ってくれるような人はブルークロップ王家に仕える者の中にはいないみたいだな。

 昨日「明日もこの屋敷に見送りに来る」と伝えたときは「いや、この屋敷は防犯上の都合でワープゲートも近くにない。ここまで来るのは大変だろう。そうだな、明日はナッツ広場に集まることにしよう」とテトラに言われ、このナッツ広場まで来たのだが、まさか、お忍びで来ていると言っていたのにこんなに目立つ馬車に乗ってくるとは思いもしなかった。

 そこそこの注目を集めてしまっているが、カードコレクターに狙われたりとかという心配は大丈夫なのだろうか。王族や金持ちは狙われやすいという話だったと思うのだが。

 せっかくの別れだが、あまり長居はさせない方がよさそうだな。

 悪目立ちして無駄に危険を増やすことになるかもしれないし。






 ――一時間後。


 長居はさせない方がいいと思いつつも、別れるのが寂しくてついつい長話をしてしまった。

 俺たちがブルークロップ王国の王都に行く機会があれば王城に招いてくれるという約束もしたので、シフォンに会いたくなったらブルークロップ王国まで行けばいい。

 口約束ではあるが、王族であるシフォンの発言でもあるし、それなりの効力はあるだろう。


「さて、そろそろ時間だな」


 もうそろそろ出立しないと、日が暮れるまでに宿泊予定の町まで着けないらしい。

 テトラの言葉にシフォンが少し下を向く。

 その表情には一瞬だけ陰りが差したようにも見えたが、すぐに霧散した。


「トール様、フィナンシェ様。お二方とテッド様には大変お世話になりました。本当になんとお礼を言ったらよいか」

「お礼なんていいよ。私は自分のしたいことをしただけだけだから。それに、シフォンちゃんと一緒にいてすっごく楽しかったよ!」

「俺も楽しかった。テッドからは『次会うときまでにコマ回しの腕を磨いておけ。達者でな』だとさ。テッドもシフォンと一緒にいるのが相当楽しかったみたいだな」

「はいっ。私も、この数日間は本当に自由で、新鮮で、楽しかったです! いつかまた絶対にお会いしましょう!」

「うん!」

「ああ」


 なんて感じで次また必ず会うと約束をしたあと、シフォンはテトラにエスコートされて馬車に入っていった。

 シフォンが馬車に向かう中、シフォンと俺たちの別れが済むのを待っていたかのように入れ替わりでやって来たのはトーラだった。


「トール殿、フィナンシェ殿。我々のせいで貴殿らに迷惑をかけてしまった。本当にすまなかった」

「謝罪は昨日受け取りましたから、頭を上げてください」


 こちらに歩み寄るなり、いきなり頭を下げるトーラ。

 彼が言っているのは、彼と彼の弟子たちが科学魔法屋でシフォンに迫ったせいで俺たちがシフォンをかくまうことになったことへの謝罪だ。

 シフォンが襲われた一件、シフォンを襲ったやつらの犯人はトーラたちだった。

 正確には襲ったのではなく近づいただけ。

 事の真相は、ロール王女に似た人物を見かけたトーラが気持ちを抑えきれず、もしかしたら王女も自分と同じく数百年の時をカードとなって過ごしていたのではないかという限りなく可能性の低い考えに突き動かされてシフォンに話しかけようとしただけだった。

 ただ、トーラとその弟子はかなり強かったため、その物腰から只者ではないことを悟ったシフォンが自分を狙った刺客だと思い込み、逃げてしまったようだ。

 護衛騎士たちがいなくなった理由はシフォンに近づこうとするトーラを止めようとしたところ、返り討ちにあったというだけのこと。

 トーラもテトラたちを返り討ちにするつもりはなく、話を聞いてもらうために少し動きを封じようとしただけだったらしいのだが、ブルークロップ王国の騎士の実力がトーラの生きていた時代よりもかなり落ちてしまっていたためにトーラのちょっとした攻撃でテトラたちが倒れてしまったんだとかなんとか。

 しかし、その誤解ももう解けた。

 トーラはシフォンがロール王女でないことを知り深く落ち込んだらしいがもう吹っ切れたらしい。

 これからは国のために尽くすつもりだと言っていた。


 この後、トーラとトーラの弟子三人はシフォンたちとともにブルークロップ王国へ行くことになっている。

 ブルークロップ王国にてブルークロップ王の許しを得れば、トーラは晴れてブルークロップ王国の騎士に返り咲き、弟子三人も王国に仕えることとなるそうだ。

 トーラたちはカードから戻された際にシフォンへの服従を誓ったらしく、やましいことがないか、本当に伝説のトーラなのかを根掘り葉掘り調べられたのち、潔白であることが証明されているため、案外すんなりと王の許しを得られるだろうとのことだ。

 感謝する、それでは、と言って去っていくトーラを見送った後、今度こそ本当にシフォンとの別れの時がやって来た。


「トール様、フィナンシェ様、テッド様。それでは、ごきげんよう」

「シフォンも元気でな」

「また遊ぼうね!」


 馬車の窓から笑顔をのぞかせ、こちらに手を振るシフォンにこちらも笑顔で手を振り返す。

 シフォンの首元と、フィナンシェの手首、そして、俺の背負っているかばんでは三人お揃いの指輪がキラリと輝いていた。

 これにて、シフォン篇(仮題)は終了となります。

 シフォンの再登場はしばらく先の予定です。

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