むごたらしい最期
気づいたときにはもう遅い。
急には止まれず、前進し続ける俺の身体。
眼前に迫るオークキングの拳。
シフォンや筋肉ダルマたちが「トール様!」「トール!」と俺の名を呼ぶ声がやけにはっきりと聞こえる。
恐怖はない。
死ぬことへの悲しみも、悔しさも、諦めすら存在しない。
あるのは「死ぬのか……」という想いのみ。
ただ漠然と「死」という結果を受け入れた。
そして――
「トールッ!!」
――フィナンシェの一際大きな声が耳に届いたとき、オークキングが一体、吹っ飛んだ。
拳圧というやつだろうか。
俺に届いたのは拳ではなく、拳によって発生させられた強風。
殴られた感触はない。
「へ?」
状況が呑み込めず、マヌケな声が出る。
オークキングと戦っていた者たちやフィナンシェたちからも「え?」「あれ?」「は?」という声が上がっているから、俺の目がおかしくなったわけではないだろう。
どうしてかはわからないが、俺に迫っていた拳が急に軌道を逸れ、隣にいたオークキングに当たった。
死ぬと思ったのに、生きている。
それどころか、殴ったオークキングは殴られたオークキングに近づき、さらに追撃を与えている。
「なんだ!? オークキングが降ってきたぞ!?」
「あっちからだ! あっちから飛んできた!」
「仲間割れか!?」
「護衛騎士様が何かしたんじゃねえか?」
「いや、最近【金眼】とよく一緒にいる奴がやられそうになったと思ったらオークキングが急に暴れだして」
「【金眼】と一緒にいる奴。それってたしか……」
「あいつか」
「アイツだな」
「あいつがまた何かしたのか」
「おそらく、オークキングがあいつにびびったんだろう。ほら、あいつの実力って……アレだから」
「「「「「ああ、なるほど」」」」」
「んなこと言ってる場合かっ。早く離れろ! 巻き込まれるぞ!!」
周囲が騒がしい。
意外なことに、悠長な話し声も聞こえる。
冒険者か兵士かはわからないが、余裕のあるやつも結構いるようだ。
騒めく声に、オークキングの叫び声、オークキングがオークキングを殴る音。
なぜか標的を変えたオークキングは、俺の代わりに新しく標的としたオークキングをまだ殴り続けている。
拳が当たると思ったあの瞬間、死んだと思ったのになぜか突然、拳が大きく方向を変えた。
はたしてこれは、現実なのだろうか?
自分の頬を引っ張る。
痛い。
どうやら、幻覚でも、幻聴でも、ましてや死ぬことを恐れて作り出した都合の良い夢というわけでもなさそうだ。
《何があったかわかるか?》
『三メートルだ。三メートルまで近づいて、急に軌道を変えた。たしかオークキングと言ったか。あのデカブツはいま、狂乱している』
《やっぱりそうか》
テッドの魔力に、また助けられたらしい。
三メートルあれば拳の行先を軌道修正することも、ギリギリ間に合う。
テッドの魔力に触れ、怯えたオークキングが急いで軌道を変えた。
だから助かったのだろう。
冒険者や兵士たちは、ガーガー、ブヒブヒ、とうるさく騒ぐオークキングたちから離れ、その様子を見守っている。
俺やフィナンシェ、シフォンたちも同じように離れた場所に避難する。
オークにも仲間意識があるのか、三体目のオークキングもいつのまにか殴り合いに参加している。
狂乱したオークキングと、そのオークキングに殴り倒されているオークキング、狂乱しているオークキングを倒れているオークキングから引きはがそうとしているオークキング。
三体のオークキングが耳障りな叫声を上げながら醜く殴り合っている。
あのとき、狂乱した結果、周囲に当たり散らす可能性もあった。
それを考えるとオークキング同士で暴れ合ってくれるのは最高の結果だといえるかもしれない。
しかし、これは……。
「えげつねぇな」
「ああ、えげつないな」
「そうか? 俺は見ててスカッとするけど」
「いや、えげつねぇよ」
どこかから聞こえてきた声に深く賛同してしまう。
えげつない。というより、エグい。
同じ見た目をしたオークキングたちが殴り合い、叫び合い、腕が折れても殴り続け、骨が見えても殴り続け。
倒れているオークキングに至っては、両脚が折れ、左腕からは骨が突き出ている。さらに、つい先ほどまでは抵抗するように勢いよく叫んでいた声が今はかなり控えめな声になっていて、悲痛な嘆きにしか聞こえない。
一体いつまで続くのか。
そう思いながら、離れた場所からその殴り合いを見続ける。
迂闊に手を出して標的が街や人間に移っては困るため、オークキングに対し俺たちにできることは何もない。
ただひたすらに醜く悲惨な殴り合いを見続ける。
やがて、初めに殴り飛ばされ倒れたままだったオークキングがカード化した。
続いて、狂乱していない方のオークキングがカード化。
最後に残った狂乱しているオークキングは、すでにそこら中の骨が折れ、肉が抉れ、動ける状態ではなかった。
それでもなお「GUAAA! GUAAAA!」と叫び続けていたが、その声も次第に小さくなっていき、最期は誰に攻撃されるでもなく、傷と出血が原因でカード化した。
そして――――長かったスタンピードが終結した。