一瞬の戦い
ヒュドラとの一戦は、一瞬でケリがついた。
「浄化!!」
口に出さずとも使用できる浄化魔法を、気合を入れるため、魔法を使用したことをフィナンシェたち四人に伝えるため、あえて声に出して使用した俺に対し、猛突進してきたヒュドラ。
これ以上ヒュドラを近づかせまいと全力で魔法を使用する俺と、ヒュドラに攻撃するため全速力で駆ける四人。
迫るヒュドラと、俺たちの、必死の攻戦。
しかし、四人がヒュドラに接近しきる前に、ヒュドラは倒れた。
急に突進を止め、「GRUUU」と苦しそうに呻いたヒュドラが、ズズンッと大きな音をたてて地面に沈み込む。
それを好機と見て走る脚にさらに力を込めた四人と、全力で浄化魔法をかけ続ける俺の目の前で、ヒュドラは音もなくカード化した。
幕切れはあっけなく。
ヒュドラとの戦いは一瞬で幕を閉じることとなった。
戦闘終了から十五秒。
ヒュドラが本当に倒れたことを確認したあと、気が抜け、身体から力が抜けた。
後ろではシフォンが口元を手で隠しながら目を見開き、ヒュドラを取り囲むように近づいていた他の四人も毒気を抜かれたような顔をしている。
何が起こったのかはわからない。
わかっていることはヒュドラがカード化したことと、俺を含め、皆一様に驚いているということだけ。
おそらく、俺の浄化魔法がトドメになったのだと思う。
浄化魔法が聖属性魔法と同じ効果を果たし、ヒュドラの弱点をつくことができたのだろう。
すでに満身創痍だったヒュドラはそれに耐えきれず、カード化した。
真相はこんなところだろう。
だが、腑に落ちない点もある。
この世界に来てから俺の浄化魔法の腕が上達しているとはいっても、俺の魔法の腕はもともと大したことない。
それが少し上達したくらいでヒュドラにダメージを与えられるほどの威力に達するだろうか。
思い返せば、ヒュドラの動きはおかしかったような気もする。
浄化魔法の射程である五メートルに近づくまでは悠然と進んできたのに、そこからの急な猛突進。
あの急な突進は、まるで何かに急かされたかのようだった。
思い当たるとしたら、テッドから三メートルの距離。
テッドへの怯えが発動するこの距離は、ヒュドラにも有効だったのかもしれない。
あるいは、ドラゴン種であるヒュドラは、三メートルよりもっと離れた距離からテッドの魔力を感じとれたのかもしれない。
その距離が、五メートル。
この世界でも上位種であるドラゴン。
そのドラゴンの中でも上位に位置すると言われるヒュドラなら、三メートルよりも遠い距離からテッドの魔力およびその魔力から受ける嫌な感じとやらを感知していたとしてもおかしくない。
その結果が、猛突進。
俺たちまで五メートルの距離に近づいた時点で、ヒュドラはテッドの魔力に触れ、狂っていたのかもしれない。
そして、狂っていたからこそ、簡単に倒せた。
そう考えるとひとまずの納得はいく。
狂っていたことで魔法への抵抗力が落ちていたのかもしれないし、狂ったことで限界を迎えた可能性もある。
「さすがトール!」
「やっぱすげえな、お前!」
「まさかお一人で倒してしまわれるとは、御見逸れしました」
ヒュドラのカードを回収したフィナンシェたちが戻ってくるなり俺を褒め称えるが、その称賛を素直に受け取ることはできない。
とりあえず「トーラがヒュドラを弱らせてくれていたおかげだ。すべてトーラの手柄だ」と本心を言ってみたが、それでも「俺の魔法の腕も凄かった」と称賛されてしまい、釈然としない。
もしかしたら俺は何もしておらず、トーラが与えた傷によってヒュドラは倒れたのではないか。
たまたま限界を迎えたタイミングが俺の魔法を使用したタイミングとかぶっただけなのではないか。
そんな疑念が湧いてくる。
しかしその思考は、「スタンピードはどうなったのでしょうか」というシフォンの言葉によって中断させられた。
「そうだ。あっちはどうなった!」
日が昇るにはまだ早い時間帯。
にもかかわらず、筋肉ダルマがそう叫んだ瞬間、世界が白く染まった。
「きゃっ」
「なんだ!」
「何が起こった!?」
あまりにも強烈な光に思わず目を瞑ってしまう。
十秒ほど、目の痛みが薄れるのを待ったあと、ゆっくりと瞼を上げる。
視界が定まると、リカルドの街の方角が眩く光っていることを確認できた。
「ありゃあ魔灯の光だな」
クライヴが呟く。
そういえば、夜間の戦いでは魔灯を使用するとか言ってたっけか。
魔灯の光は強烈。ゆえにこの周囲を昼間のように明るく照らすことができる。
ただ、魔灯を用意するのには時間がかかるから戦闘開始までに用意できなかった場合は使用しないということになっていたはず。
それなのに戦闘中の者たちの動きが止まる可能性を無視してまで使用したということは、まさか!
兵士部隊も壊滅、街を守る結界ももう限界という最悪の事態を想像して顔を上げた先には、リカルドの街のすぐ近くまで接近している魔物の姿があった。