弱点は浄化魔法、かもしれない
英雄とまみえた興奮を何時間でも語りそうに見えたテトラだったが、さすがにそんなことはしなかった。
テトラの語りは次第に、トーラの活躍から、トーラがどのようにしてヒュドラにダメージを与えていたかという話題に変わっていった。
話を聞く限りではそのトーラという人物は相当強い。
そして、シフォンが回収していたトーラなる人物のカードには確かに「トーラ」という名前が刻まれていた。
カード化の法則は神の奇跡。
カードに記載される名を偽ることはできない。
つまり、シフォンたちの前に現れヒュドラと戦ったというこの人物の名前はトーラで間違いない。
カードに描かれた姿絵の方はシアターで観た外見とは似ていないが、武骨というイメージからは外れていない。
同名の別人である可能性はあるが、その類稀なる強さを考えれば、伝説のトーラと同一人物である可能性は非常に高い。
数百年ものあいだカードの中にいて精神に異常をきたさなかったのかという疑問はあるが、もしもトーラが過去の人物であるのだとしたら、現在に伝わっていないヒュドラの倒し方を知っていたとしてもおかしくはないし、その強さにも説明がつく。
なにしろ、伝説ではトーラは内界に魔物が溢れている時代を生きていた人間なのだ。
テトラのミスのせいでカード化してしまったらしいが、それさえなければ今頃はヒュドラを倒せていたかもしれないほどの手練れ。
そんなトーラから、戦闘の最中テトラたちが教わったヒュドラとの戦い方は六つ。
その中で今すぐ実践できるものは二つ。
さらにその二つの内、ヒュドラを倒せる可能性が高い戦い方というのをこれから試してみるらしい。
試すと言っても、失敗したら命の保障はない。
正真正銘、命懸けの作戦だ。
「……ということだ。トール殿には聖属性魔法の行使をお願いしたい」
「わかった」
「よし。では、他の者はトール殿が魔法を使用し次第、総攻撃だ」
テトラの言葉に全員が頷く。
「それでは、作戦開始だ!」
その号令のもと、俺たちは一斉に動き出した。
ヒュドラの弱点は聖属性魔法。
その聖属性魔法とやらは俺が使用している浄化魔法によく似ていて、邪気を払ったり解毒したりということが得意な魔法らしい。
邪悪の化身とされるヒュドラにはとても有効な攻撃手段なんだそうだ。
聖属性魔法の使い手がいるかどうかでヒュドラ戦の難易度は大きく変わる。
そして、筋肉ダルマは俺がたまに使用している魔法は聖属性魔法だというとんでもない勘違いをしていた。
気付いたときには俺は作戦の要とされてしまっていた。
何がなんだかわからないなか辛うじて言えたのは「俺は魔法が得意ではない、魔力量にも自信がない」という二言だけ。
結局、俺の発言内容も考慮した上で、俺の浄化魔法を中心とした作戦が立てられることとなった。
自信がないとは言ったが、実際のところ、いける気はする。
おそらく、聖属性魔法と浄化魔法はほとんど同じ魔法だ。
魔法を使用した際の効果は似ているし、それにもし、ヒュドラに有効でなかったとしても全力で魔力を込めればヒュドラを覆っているという毒の膜に小さな穴を開けるくらい俺の浄化魔法でもできるような気がする。
浄化魔法をかける場合、魔法をかけたい対象に直接触れる必要はない。
相手と離れていたとしてもその距離が五メートルくらいまでなら問題なく魔法をかけることができる。
逆に言うと、五メートル以上離れていると対象に魔法を行使できないということだが、シフォンを守ると決めたからには妥協はなしだ。
たとえ「手を伸ばせば届くような距離までヒュドラに近づけ」と言われたとしても、それを実行してやる。
覚悟を決めるというのはそういうことだ。
それに、俺のすぐ後ろにはシフォンがいる。
テトラたちは全力でヒュドラに攻撃を行う予定だが、フィナンシェをはじめとして、あの四人は接近戦タイプだ。四人がヒュドラに攻撃を行うためにはヒュドラに近づく必要があり、動けないシフォンは足手まといとなってしまう。
作戦中、シフォンには離れたところにいてもらうという考えもあったが、ヒュドラ以外の魔物がこの近辺にいないとも限らない。
シフォンを完全に無防備にするのはまずい。
そんな理由から一番激しく動く可能性の低い俺のそばにシフォンが配置されることとなったのだから、俺の魔法の腕が未熟だったせいでシフォンを守ることができませんでした、なんて結果にはしたくない。
すでにロクに動ける状態にないシフォンを抱えて逃げのびるなんてことは俺にはできないし、それならば浄化魔法をビシッと決めるほかにシフォンを守る方法はない。
「辛くなったらすぐに声をかけてください。回復魔法を使用しますので」
「ああ。頼りにしている」
辛そうにそう言ってくれるシフォンに返事をする。
シフォンに無理をさせることになってしまうが、いざというときには回復魔法を使用してもらえることにもなっているから遠慮なく魔力をつかうことができる。
ヒュドラはシフォンに向かってきているという話だし、俺が浄化魔法をつかい始めてからは一瞬の勝負になるだろう。
俺の浄化魔法が上か、ヒュドラの毒が上か。
俺は、浄化魔法の効果を高めることだけを考えていればいい。
筋肉ダルマと出会ってズボンを濡らしてしまった日以来、浄化魔法の練習には力を入れてきた。
大丈夫。できる。
俺ならできる。
『来たぞ。敵が効果範囲内に入った』
ヒュドラとの距離が五メートルになったというテッドからの念話を合図に、すべてが決まる一瞬が始まった。