いざ、冒険者ギルドへ!
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翌朝、ベッドの上で目が覚めた。
「こんなに気持ちよく眠れたのは初めてかもしれないな」
身体を伸ばしながらベッドの感触を確認すると心地よい反発具合に頬が緩む。
孤児院のベッドはこんなに上等じゃなかったし一つのベッドを複数人で共有していたため狭かった。十三歳になって孤児院を出てからも、たまに孤児院にお邪魔した日以外は野宿や安宿、馬小屋なんかで生活していたからこんなにしっかりした部屋、こんなにしっかりしたベッドの上で寝たのは初めてだ。
昨日は疲れていて周りを見る余裕なんてなかったが、ぐっすり眠ったいま改めて部屋を見回してみると俺が今までに泊まってきた宿とは何もかも違うことがわかる。
まず、壁や天井に穴が開いていない。どこを見ても綺麗だしテーブルまである。俺が泊ったことのある宿はどこも粗末な布のかかったいまにも壊れそうなベッドが置いてあるだけの狭い部屋や床の上に直接寝るような部屋ばかりだったが、この部屋は全然違う。
壁はしっかりしているし床も軋まずベッドも丈夫で気持ちいい。テーブルの置いてある部屋なんて初めて泊まったし、なにより軽い運動ならできそうなくらいに広い。
もしかしてこの部屋、高いんじゃないだろうか。
その考えが浮かんだ瞬間、顔から血の気が引いた。
やばい。やばいぞ。少し働いたくらいじゃ返せない額なんじゃないか。
確認のためもう一度見回すもやはり良い部屋だ。宿泊費もそれなりの値段だろう。
いや待て、ここは人魔界じゃない。この世界ではこれが普通なんだろう。フィナンシェみたいな見るからに新人冒険者でも泊まれる宿なんだから高くはないはずだ。きっとそうだ、そうにちがいない。
そんな楽観的な考えも浮かぶがそうでなかったとき俺は借金を返せるだろうか。
フィナンシェはテッドを最強生物スライムだと思っている。この世界でも魔物を倒したり倒した魔物から入手できる素材を売ったりといったことを生業としている人間は相当数いると聞いた。フィナンシェ自身もそういう生活に身を置いている。きっと、テッドなら魔物討伐か何かですぐに金を稼げると思っているはずだ。だがテッドは本当は弱い。俺も強くない。俺たちはこの世界で金を稼ぐことができるのかどうかまだわからない状態だ。
「どうする?」
自然とそんな声が漏れた。もちろん小声だ。
隣のベッドを見るとフィナンシェはまだ眠っている。
いまのうちに逃げるか。そんな考えも浮かんでくる。
俺たちが逃げたところでフィナンシェは追ってこないだろう。彼女はテッドを最強の生物だと勘違いしているしテッドの力を恐れている。それにお人好しの彼女のことだ。逃げられたなら逃げられたで諦めてくれるはず。
そうだ。逃げるなら今だぞ。フィナンシェが起きる前にテッドをかばんに入れてこっそり抜け出してしまえば……って駄目だ駄目だ。昨日あれだけ俺たちのことを信じてくれていたフィナンシェのことを裏切るなんてできないっ。ああでも金はどうしようっ。
結局、悩んでいるうちにフィナンシェの目が覚めてしまったのでこの問題は先送りすることにした。
ここで逃げないという選択ができれば男らしいのだが逃げ腰が基本の俺にはその選択を取る勇気が足りなかった。
稼ぐ手段が見当たらなかったらまたそのとき、フィナンシェに縋るかそれとも逃げるかを決めよう。うん、そうしよう。
朝食時にテッドに相談してみたら『恩義に報いぬはスライムの名折れ』とか言いやがった。最弱のスライムに折れるような名もプライドもあるわけないだろう。
そう考えてしまったことに自己嫌悪した。
今のは、俺ができなかった逃げないという選択を一瞬でしたテッドへのやっかみだ。テッド以外のスライムのことは知らないが少なくともテッドはスライムであることを誇りに思っているし誇りを持てるようなスライムであろうと努力している。そんなテッドにプライドがないなんてことは絶対にない。
戒めのために右拳で自分の頬を殴る。
「痛い」
右の頬がひりひりする。自責の念にかられて思わずやってしまったがめちゃくちゃ痛い。口内が切れたようで血の味がする。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
声のした方を向くとフィナンシェが身体を強張らせた様子でこちらを見ていた。
見られていたか。驚かせてしまったようだな。革鎧を装備することに集中していたようだったから気付かないと思っていたのだが。
「ああ、大丈夫だ。たまにやるんだ」
「たまにやるの!?」
「そうだな。たまにやる」
もちろんやらない。自分のことを殴ったのなんて生まれて初めてだ。
「や、やめたほうがいいと思うよ。痛いだけだと思うし」
「次からは気を付けるよ」
「次って……」
なんだか変な目で見られたがそれはまあ今更か。
スライムと友達だと説明した時もこの世界のことについて色々きいたときも似たような目をされた。あれはフィナンシェが変人を見るときの目だ。
「フィナンシェも準備ができたみたいだし、行くとするか」
「うん! 案内は任せて!」
今日はこれから冒険者ギルドに向かう。ギルド内にいる冒険者に舐められないようにしっかり防具も装備した。
冒険者ギルドに向かうのは、俺が金を稼ぐには冒険者になるのが一番手っ取り早いらしいからだ。
冒険者というのは冒険者ギルドに所属する者の総称であり職業の一つだ。
フィナンシェが言うには、冒険者ギルドで必要な手続きを行えば今日からでも冒険者になれるらしい。冒険者ギルドは冒険者――主に魔物を倒したりダンジョンに潜ったりする者たちが所属している組織およびその組織が所有する建物のことだ。
冒険者と呼ばれる者たちの仕事は多岐にわたる。
魔物の討伐から危険地帯での素材採取、ダンジョンから生まれる魔物の間引きが主な仕事だが、この他にも人類未踏の地へ行きそこの情報を持ち帰ったり未開地の開拓の手伝いをしたりもするらしい。
もともとは次男三男など、家を継げない者や職にあぶれた者に職を斡旋するためにつくられた組織らしく、様々な仕事を請け負っているうちにいつしか冒険者と呼ばれるようになったそうだ。そのため、街中での雑用なんて仕事もあるらしい。
「さっきも言ったけど、冒険者は荒くれ者も多いから気をつけてね」
「わかっている」
冒険者は誰でもなれる。そのため粗暴な者も多いらしい。
ちなみにフィナンシェが気をつけてねと言ったのは絡まれないように気を付けてねという意味ではない。絡まれたとしても絡んできた冒険者を殺さないでね。ひいては街を滅ぼさないでね。という意味だ。
当然、そんな力は俺たちにはない。テッドを最強だと勘違いしているフィナンシェの杞憂だ。本当の俺たちの実力では、もし絡まれたとしても大人しくしていることくらいしかできない。
「テッドも街中ではかばんから出てこないように気をつけろよ」
周囲に人の目がある場所でテッドが外に出るわけにはいかない。基本的に、街中ではテッドはいないものとして扱う。
『わかっている。無用な混乱を起こすつもりはない』
「すでに一度起こしてるけどな」
三日程前に、立ち寄ろうとした村の入口でその村の村人を怖がらせてしまっている。
『あの村でのことはこの世界に不慣れだったから起こったことだ。二度目はない』
「それもそうだな」
テッドの言う通り、村人を恐慌状態に陥れてしまったときの俺たちとはもう違う。この世界で暮らすうえで必要な知識はフィナンシェからかなり教えてもらった。街中でテッドがどのようにしているべきかもフィナンシェに意見をききながらしっかりと話し合った。話し合った結果、かばんに隠れている以外の案が思い浮かばなかったのは少々情けないが。
「よし!」
外に出る前に気合を入れる。
これからがこの世界での本当の生活のはじまりだ。
テッドの入ったかばんは背負ったしフィナンシェも俺も準備は万端。部屋から出るために勢いよく扉を開け放つ。
はたして俺とテッドは冒険者としてしっかり稼ぐことができるだろうか。
「さあ、新生活のはじまりだ!」
胸に湧き上がるわくわくに押されるようにして、弾む声でそう叫んだ。
『ご愛読ありがとうございました。甘辛たると先生の次回作にご期待ください』みたいな感じになってますがまだまだ続きます。