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振り下ろされた爪と英雄の名

 俺たちが追いついたとき、別働隊はヒュドラ一体を残すのみとなっていた。

 そして、シフォンは絶体絶命の状況だった。


 見えたのは地面に落ちた松明のものと思われる火とその火のそばに座り込んでいるシフォン。

 そして、シフォンに爪を振り下ろそうとしているヒュドラの姿。


「シフォン!」


 ヒュドラの意識をシフォンから俺たちに逸らせないかと思い張り上げた声は、ヒュドラの行動を止めることもできず、むなしく響いただけだった。

 振り下ろされたヒュドラの爪が、シフォンのいた場所に突き立つ。


 それを見て、自分でも驚くほどの大声が出た。


「シフォンっ!!」

「シフォンちゃん!」


 フィナンシェもたまらずといった様子で声を上げる。


 しかし、シフォンからの返事は、返ってこなかった。






 ジョルドたちと別れてからそんなに長い時間は経っていないと思う。


 俺たちは走り始めてすぐに、シフォンや護衛騎士の残した痕跡を見つけることができた。

 地面に落ちている百を超える数の魔物のカード。

 点々としているそのカードを辿った先に、シフォンはいた。

 だが、俺はシフォンを守ることができなかった。


 振り下ろされたヒュドラの爪と、その爪の先にいたシフォン。

 悲鳴を上げる間もなく、シフォンはカード化してしまった。


 俺たちの目の前で……。

 くそっ。せっかくシフォンを見つけたのに、あと少しだったのに、肝心なときに、俺たちは間に合わなかった……。


 シフォンを助けたい一心で動いていた足が止まりかけ、忘れていた疲労も、どっと押し寄せてくる。


 視界には、俺の叫びに今ごろ反応したのか、振り向いたヒュドラが近づいてくる姿が映っている。

 逃げなくては、そう思うも、身体が上手く動かせない。


『敵が近づいてくるぞ。どうした? 動けないのか?』


 テッドもヒュドラの反応を捕捉したらしい。

 ということはヒュドラとの距離はもう十五メートルも離れていない。


 フィナンシェはちゃんと逃げているだろうか。

 まさか今も俺のそばにいるなんてことはないよな。


 そうだ。テッドに謝らないと。


 悪い、テッド。

 動けそうにない。


 念話を送ったつもりだったが、テッドからの返事はない。

 もしかして、頭の中でそう思っただけで、念話にはなっていなかったのだろうか。


 テッドが右肩に乗っているのかどうか、それすらもわからない。

 ついにピークを迎えた疲労によって瞼がおり、身体が崩れ落ちる……なんてことにはならなかった。


「トール様!」


 急に軽くなった身体とはっきり聞こえた、よく通る澄んだ声。

 覚えのある感覚と聞き覚えのあるその清らかな声にカッと見開いた目には、護衛騎士隊隊長と名乗っていた女性に抱えられたシフォンの姿があった。


「無事だったのか!」

「はい。テトラに助けられました」


 自分のことを抱えている女性に目をやりながら答えるシフォン。

 調子が悪そうではあるが、どこかを怪我したような様子はない。


 そうか。

 このテトラという女性がシフォンを助けたのか。


「そんなことよりも早くこの場を離れた方がいい」


 発言したのは名前が判明したばかりの女性。

 テトラのその言葉で、今の状況を思い出す。


 シフォンが無事だったことにほっとしてしまい一瞬頭から抜け落ちてしまったが、ヒュドラがすぐ目の前まで迫っている。

 すでにこの場から逃げ始めているテトラの後を追って俺とテッド、それと俺やテッドのことを心配してそばにいてくれたのであろうフィナンシェも、ヒュドラから距離をとる。

 ヒュドラという魔物は動きが遅く、簡単に離れることができた。


 俺たちが退避した先にはトンファとクライヴの二人がいた。






「状況はどうなっていますか」


 数時間ぶりに見る外面フィナンシェが状況を尋ねる。

 それに答えたのはテトラ。


「動けるのはここにいる六人だ。他に九人いたが、皆カード化してしまった」


 そう言ってシフォン、俺、フィナンシェ、トンファ、クライヴの五人を見回すテトラ。

 護衛騎士はかなり強いと聞いていたが、他の五人は既にやられてしまったらしい。

 ヒュドラという魔物はそれほどの相手ということか。


「英雄殿の協力もあり、我々はヒュドラの尻尾と二本あった首のうち一本を斬り落とすことに成功している。ヒュドラのカラダにも大きな傷をいくつか残せた。しかし、ヒュドラは回復力にも優れていると聞く。あれだけの傷ならそう簡単に回復はしないと思うが、そう思って逃げてるうちに追いつかれるという事態は避けたい。できれば今のうちに倒しておきたいのだが、協力してくれるか?」

「わかりました。力を貸します」


 フィナンシェは即答。

 俺も、シフォンを助けるためにここに来たのだから協力することに文句はない。

 ヒュドラ相手に何かできるとは思えないが、力くらいいくらでも貸す心づもりだ。


 だがその前に、一つ気になることがある。


「英雄殿、というのは?」


 英雄なんて呼ばれるようなやつが今回の作戦に参加しているなんて話は聞いていない。こんなことを訊いている場合ではないかもしれないが、気になってしょうがない。


 そう思って訊いたのだが、突然そんなことを言い出した俺に対し、テトラは怒るでも呆れるでもなく、むしろ「よくぞ訊いてくれた」とでも言うような顔で目をキラキラと輝かせながら英雄殿が誰なのかを教えてくれた。


「英雄殿とは、我らがブルークロップ王国の英雄トーラ殿のことだ。我々の前に颯爽と現れ、ヒュドラに果敢に立ち向かったあの姿。その雄姿。まさに伝説の通りのお方だった。ヒュドラの尻尾や首を落としたのも、そのカラダにいくつもの傷を残したのもすべてトーラ殿とその弟子三人の功績。悔しいことに、我々ではヒュドラのカラダに傷一つつけることができなかった――」


 恍惚と語り続けるテトラ。

 そして、その口から出たトーラという名。


 たしか、ロール・ブルークロップ王女のお話に登場した騎士の名もトーラだった。

 いや、この語り口からして間違いなく同一人物だろう。


 ――どうやら、数百年前の英雄が現世に蘇ったらしい。

 もっとかっこよく登場させる予定だったんですが、トーラの扱いが雑になってしまった……。

 すまない、トーラ。

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