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散りゆく者たち

「……それでは、各自散開せよ!」


 テトラから作戦の概要が説明された後、テトラの号令を合図に九人は各々行動を開始した。


 三つの松明の火が、ヒュドラの正面、ヒュドラの左右側面にそれぞれ散っていく。


 正面の火はテトラが持つ松明の火。

 ヒュドラの正面に残ったシフォン、テトラ、リオンの三人は、シフォンを追ってくるであろうヒュドラを引きつける役目を担う。

 ヒュドラの左右に移動した火は護衛騎士四人組とトンファ・クライヴ組の二組の持つ松明の火。

 この二組はヒュドラの側面、あるいは背中側からヒュドラに攻撃する役目を担っている。


 実行された作戦は逆囮作戦。

 シフォンを逃がすための作戦ではなく、ヒュドラを倒すための作戦。


 無論、ヒュドラの狙いがシフォンであるというテトラの考えが間違いだった場合は、ヒュドラを攻撃した者にヒュドラの意識が向くこととなる。

 そして、シフォンを逃がすことを絶対的な第一目的としているテトラたち護衛騎士からすれば、それはそれでよかった。

 もしヒュドラの意識を引きつけることができた者がいた場合、その者が囮となってヒュドラをシフォンから引き離す。

 その間にヒュドラの脅威が及ばない場所までシフォンを逃がすことができればそれが一番良い。

 ヒュドラなどという倒せるかどうかわからない相手と馬鹿正直に戦うよりはそちらの方が望ましかった。


 このとき残っていた別動隊の魔物はヒュドラの他に六体。

 その六体はシフォンを取り巻いていた人間の数が減ったことを契機に一斉に動き始めた。

 物凄い勢いでシフォンに接近してくる六体の魔物。


 やはり、魔物たちの狙いはシフォン様。


 シフォンを目指し集中してくる魔物たちに対処しながら、自身の思考が正しいことを確信するテトラ。

 しかしそれは、この状況からシフォンを助けるためにはヒュドラを倒さなければいけないことを示唆していた。


「隊長っ!」

「ああ、わかっている!」


 テトラの横で二体の魔物を相手しているリオンが叫ぶ。

 その一言でリオンの言いたいことを察したテトラは毅然とした態度を示しながら内心で歯噛みした。


 予想通り、魔物たちは散り散りになった者たちには目もくれず一直線にシフォン様に殺到した。

 つまり、まず間違いなく魔物たちの狙いはシフォン様だ。

 ヒュドラの狙いもシフォン様のはず。

 それならばヒュドラの意識がシフォン様以外に向くことはあまり期待できない。

 よって、ヒュドラから逃げ切ることは難しい。

 シフォン様を守るためには、ヒュドラを倒すか、せめてヒュドラの動きが鈍るくらいの傷を与えなければならない。


 短いやり取りによってその認識を一瞬で共有したテトラとリオンは、ヒュドラとの距離に注意しながらも、急接近してきた魔物たちを一歩もシフォンに近寄らせない。

 シフォンとの間に立ちはだかったテトラとリオンによって完全に抑えられている魔物たちは、それでもなおシフォンに近づこうと暴れまわった。






 護衛騎士の存在意義はすべてシフォンを守ることにある。


 主を守るためならば自らの命すら惜しくない。

 護衛騎士たちはそのように教育されている。


 ヒュドラの左側に陣取った護衛騎士四人も、シフォンのため、全力でヒュドラに攻撃を行った。

 結果、前情報に嘘偽りなく、試しに投擲した短剣はヒュドラのカラダを覆っている毒によって溶けて消えた。

 その後に撃ち出した水魔法の水弾はヒュドラの毒を貫通することはできたが、その先にあった硬い鱗には傷一つつけることができなかった。

 水魔法によって毒を払いのけ、剥き出しになった鱗に剣を叩き込むことでようやく小さな傷をつけられたが、それも鱗に少し切り傷を刻んだ程度。

 さらに、水魔法で毒を払いのけたとしても、その箇所はすぐに新たな毒によって覆われてしまう。


 二人が水魔法をつかい、残りの二人が剣を叩き込み続ける。

 与えられるダメージは微々たるもの。


 これを続けてもヒュドラに大ダメージを与えられるかは不明。

 それでも、四人はシフォンのため、地道に攻撃を積み重ね続けた。






 護衛騎士と違い、トンファとクライヴには命を懸けてまでヒュドラと戦う理由がない。

 シフォンを守らなければいけない正当な理由はなく、逃げたとしても誰にも文句は言われない。

 けれど、二人は逃げない。


 二人が戦う理由は、義理と信念。

 トールたちへの義理と、己の信条を守るため。


 ヒュドラの右側面に張りついた二人は、クライヴが手ごろな石を探し集め、集められた石をトンファがヒュドラ目掛けて投げつけるというとても原始的な攻撃手段をとっていた。


 己の力が足りないことを自覚しサポートに回るクライヴと、ヒュドラの毒を警戒し遠距離から攻撃するトンファ。

 二人はただひたすらに石を集め、投げ続ける。


 一見すると、トンファが膂力任せに石を投げるだけのシンプルな攻撃。

 しかし、トンファの膂力は護衛騎士一人一人の膂力を上回る。

 内界内で上位二桁の実力に届こうとしている護衛騎士隊隊長テトラにして、ようやくトンファと互角くらいの膂力。

 そんな、パワーだけなら怪物級のトンファが投げる石は、容易にヒュドラの毒を貫通した。


 溶けきる前に毒の膜を通り抜け、鱗へと到達する石。

 その石はヒュドラの硬い鱗にへこみを残す。


 石を投擲するだけというシンプルな攻撃。

 その攻撃も、人並み外れた膂力というシンプルな強さを持つトンファが行うと、馬鹿げた威力を発揮する。


 シンプルゆえに強い。

 それがトンファの強みだった。






 作戦開始後、九人全員が、自分の役目を果たそうと必死に行動した。

 テトラとリオンは六体の魔物をカード化させ、護衛騎士四人組とトンファ・クライヴ組の二組は着実にヒュドラにダメージを与えた。


 それぞれがぞれぞれにできることを全力で行った。


 しかし、散開からわずか二分二十秒後。

 ヒュドラのそばには九人分のカードが散乱していた。

 長かった防衛線もやっと終わりが見えてきました。

 次回、トール視点(予定)です。

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