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ピンチに現れた者たち

「フッ!」


 短い呼吸とともに繰り出された一撃が大蛇の首を斬り落とす。


「お怪我はありませんか、シフォン様」


 大蛇を一刀のもとに斬り捨てたばかりのテトラがシフォンの身を案じて声をかける。

 その顔にはシフォンへの心配しかない。

 汗一つなく、自然体。

 テトラにとって大蛇は取るに足らない存在だった。


 対してシフォンはテトラに頷きを返すのが精一杯だった。

 辛そうな顔を浮かべ、必死に走りながら肯定の意味を込めて頷く。


 テトラはシフォンの頷きを見て、再び周囲の警戒に戻る。


 現在、シフォンと行動を共にしているのは護衛騎士六人のみ。

 リカルドの街から護衛としてつけられた兵士たちはすでに全員やられた。


 ヒュドラのブレス攻撃から十分。

 シフォンたちは平野の上を逃走しながらスタンピードの別動隊と戦っていた。


 護衛騎士のうち二人が手に持った松明の火がシフォンたちの命綱。

 無論、護衛騎士たちは暗闇の中でもシフォンを守護できるよう訓練されている。

 そこらの有象無象なら松明がなくとも容易に倒すことができる。

 だが、ヒュドラという大物を相手にするには明かりの存在が必須条件だった。

 シフォンたち七人の不安と焦りを表現するかのように、松明の明かりは頼りなく揺らめいていた。


「テトラ隊長。このままではシフォン様が……」

「わかっている。しかし、この状況だ。足を止めるわけにもいかないだろう」


 護衛騎士の一人、リオンが小声でテトラに話しかける。

 その内容はシフォンのこと。


 後方支援部隊が壊滅に陥ったのを見て、一刻も早くこの場から立ち去ろうと判断したテトラに従い、逃走を始めたシフォンたち。

 回復魔法の連続使用によって肉体的にも精神的にも疲弊していたシフォンは、休む間もなくヒュドラたち別動隊から逃げることとなった。


 回復魔法の使用によって生じた疲労は回復魔法では治せない。

 神との盟約によって定められているその制約が、シフォンを苦しめることとなっていた。


 シフォンは走りながら自身に回復魔法を使用している。

 しかし、それで回復するのは走ったことで消費した体力のみ。

 ヒュドラからの逃走を始める前、すでに限界一歩手前だった状態に戻るだけ。

 それでさえ、回復魔法を使用しすぎるとさらに疲労が襲ってくるということで、あまり回復することができずにいた。


 シフォンは肉体的に厳しい状態で走り続け、それにより精神も少しずつ消耗していっている。

 そのことがわかっている護衛騎士たちだが、ヒュドラが追ってきているために足を止めることができずにいた。


 ヒュドラは『ドラゴン』の一種である。


 この世界でのドラゴンの位置づけはスライムの一つ下。

 すなわち、ほぼ最強。


 ただ、一口にドラゴンといってもドラゴンにもいくつかの種類があり、温厚なドラゴンもいれば凶暴なドラゴンもいる。

 そして、この世界ではヒュドラは凶暴なドラゴンとして認知されていた。


 さらに厄介なことに、ヒュドラはドラゴン種の中でも上位の強さを持っていた。

 俗に最下級と言われるドラゴンでさえ、町の一つや二つを簡単に滅ぼせるような力を持つ。

 そんなドラゴン種の中でも上位に位置するヒュドラの脅威はまさに死と直面したかのごとく。


 爪や牙、その巨体から繰り出されるあらゆる打撃、斬撃、そしてブレス攻撃。

 それらも十分に脅威なのだが、ヒュドラが恐れられる一番の理由は、ヒュドラの持つ毒であった。


『ヒュドラの毒は鉄をも溶かす』


 ヒュドラの脅威を言い表した言葉は数あれど、一番有名なものといったらやはりこの言葉だろう。


 剣を溶かし、鎧を溶かし、すべての攻撃も、防御すらも無効化してしまうヒュドラの毒。

 その毒に触れればすべての生物は死に絶える。

 例外がいるとすれば、スライムのみ。


 かつてこの世のすべての知識を修めたとされる賢者にしてそう言わしめるほどの毒。


 その毒を食らってしまえばひとたまりもない。


 幸いなのは、ヒュドラがまだ幼体であること。

 ヒュドラは成長していく過程で首の数が増える。

 首が多いほど長く生きており、賢く、強い。

 過去には十六本の首を持ったヒュドラもいたという伝説も残されている。


 そして、シフォンたちを追っているヒュドラの首の本数は二本。

 まだまだ子供であることを示していた。

 それでも体長は五メートルを超えているが、テトラの記憶の中にあるヒュドラの情報よりは遥かに小さい。


 ただし、幼体といっても相手は上位のドラゴン。

 護衛騎士六人で太刀打ちできる相手ではない。


 平然としているように見えるテトラだが、それは、いついかなる時も主に頼られる存在であるようにと教えられてきたがゆえのやせ我慢であった。

 表情や動きこそ自然体であるが、内心ではテトラも大きく動揺し、不安を覚えていた。


 ヒュドラという脅威が迫る中、逃走を続けるテトラの頭の中ではどうやってヒュドラから逃げ切るかという思考が絶えず行われている。


 何か囮にできるようなものはないか、護衛騎士隊で足止めを試みるとして何分持つか。

 そもそも、どうしてヒュドラに追いかけられているのか。


 そんな考えが浮かんでは消えていく。


 特に、どうしてヒュドラに追われているのか。

 その考えが度々頭の中をちらついていた。


 ヒュドラのブレスによって後方支援部隊が壊滅した直後、シフォンの安全を第一に考え、撤退を即断した。

 その時は、この場さえ離れることができればヒュドラから逃げ切ることも容易いと思った。

 しかし、ヒュドラはなぜか我々を追いかけてきた。

 思い当たることといえばただ一つ。

 それは、ブルークロップ王国に古くから伝わる逸話。


『かつてブルークロップ王国を襲った一万の魔物の群れは、ロール・ブルークロップ王女を狙ったものであった』


 そんな嘘か真かもわからないような逸話が、やけに大きく頭の中で主張している。


 もしも、この逸話が本当であったなら。


 もしも、ロール王女と同様の理由でシフォン様がこの一万の魔物を引き寄せているのだとしたら。


 そのような考えがテトラの頭を埋め尽くす。


 もちろん、テトラが思考している間にも、魔物たちは少しずつテトラたちに追いついてきている。

 嫌らしいのは、魔物たちは本当に数匹ずつしか襲ってこないこと。

 シフォンたちに簡単に追いつくことができるほどの最高速を持つ魔物でさえ、シフォンたちを襲うことはせず、ヒュドラの周りで待機している。


 テトラたちが走行ペースを上げられない理由はシフォンに合わせているため。

 護衛騎士が全力を出せば、もっと早く走ることが可能だ。

 魔物たちからの攻撃が途切れたらその隙にシフォンを抱き上げ、そのまま一気に逃げ去ろうと考えているテトラの思考を読んでいるかのように、魔物たちは少しずつ、護衛騎士たちへの攻撃を途切れさせないようにしか襲ってこない。

 はたから見ると、シフォンたちとヒュドラたちは数珠つなぎになっている。


 走りながら魔物を倒すことは護衛騎士たちにとって難しいことではない。

 数匹ずつではあるが確実に群れを削れていることは喜んでもよいことだ。


 しかし、護衛騎士たちにとってはシフォンが無事であることだけが重要。

 逃走中という状況において、シフォンの無事以外を考えることはない。


 ヒュドラから逃げきれればなんとかなる。

 なんとかしてヒュドラから離れることさえできれば。


 そう考える護衛騎士たちであったが、魔物たちのせいでペースを上げることができず。

 ヒュドラとの距離は少しずつ縮まってきている。

 このままだと七分後にはヒュドラに追いつかれる。

 だが、状況を打開する方法は思いつかない。


 ジリ貧状態に陥っているシフォンたち。


 そんなシフォンたちの前で、一体の魔物があらぬ方向から飛んできた火魔法によって焼け落ちる。

 続いて、飛び込んでくる二人分の影。


 その影によって、シフォンたちに接近してきていた二体の魔物が倒される。


 ヒュドラから離れる手段も思い浮かばず、このままでは『死』以外の未来がなかったシフォンたちの前に現れた二人。

 そう、それは――


「がーはははははは。おめぇ、トールたちと一緒にいたやつだろ!」

「リーダー、あれはブルークロップ王国の護衛騎士だ。ってぇことはあの嬢ちゃんは王族。そんな口の利き方しちゃまずいって」


 ――シフォンのピンチに現れたのは、トンファとクライヴだった。

 なんでここでこの二人が、って感じですがもう一~二話はシフォンsideの話になると思います。

 (たぶん)トール視点に戻るのはそれ以降になるかと……。

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