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ヒュドラ来襲

 冒険者部隊が壊滅する三十分前。

 後方支援部隊には手が回らないほどの怪我人が運び込まれていた。


 怪我人を運んでくるのは八輪駆動の自走式ロボット。

 鎧を纏った兵士およそ八人を一度に運ぶことができるほど広く、馬力のある車型ロボットが後方支援部隊と戦場を何度も行き来していた。

 ロボットは、車体脇に取り付けられた八本のアームを利用し、クッション代わりの布が敷き詰められた長方形の荷台のような車体に怪我人を収容、搬送する。


 稼働しているロボットの数は四十機。

 戦闘開始前に兵士部隊と冒険者部隊双方に二十機ずつ割り振られたロボットたちは戦場で怪我人が出る度にその怪我人を収容し、後方支援部隊まで運び込んでいた。






 後方支援部隊に設置されたテントの中でも一際造りの良いテント。

 そのテントの中でシフォンも怪我人の治療に努めていた。


「シフォン様。そろそろご休憩にいたしましょう」

「いえ。兵士の方々や冒険者の方々が頑張っているのです。私だけ休むわけにはいきません」

「ですが、もうすでに三十人以上も……」

「私はまだ動けます。それとも、私の言葉が信用できませんか?」

「……失礼いたしました」


 額に大粒の汗を浮かべ、肩で息をしているシフォン。

 見るからに無理をしているシフォンの身を案じ、休憩を取らせようとした護衛騎士隊隊長テトラだったが、その目論見は失敗に終わった。


 シフォンのもとへと運ばれてくるのは重傷の者ばかり。

 それをすでに三十六人も治療しているシフォンはかなり消耗していた。


 とはいえ、実際のところ、シフォンの魔力は全快時の半分も失われていない。

 残存魔力量的には治療を続けることに何の問題もない。

 しかし、短時間に大量の魔力を消費すると疲労感がどっと押し寄せる。

 そのため、シフォンの身体は悲鳴を上げ続けていた。


 だが、シフォンは身体の訴えを無視して治療を続ける。

 その理由は、トールやフィナンシェが戦っているから。


 トールとフィナンシェの無事を祈るシフォンは、トールとフィナンシェのために、リカルドの街や、リカルドの街を守ろうとしている者たちのために、自分にできることを全力で行おうとしていた。


 シフォンのもとに送られてくる者はただ重傷なだけの者ではない。

 重傷を負った上に実力の高い者がシフォンのテントに運ばれてきている。


 いずれも猛者ばかり。

 その者が戦場にいるか否かで部隊全体の士気に関わる者ばかりのため、シフォンがその者たちを治療していなければ、とっくに戦線は崩壊していた。

 たかが三十六人、されど三十六人。

 そんな言葉では言い表せないほどの戦果をシフォンの頑張りが支えていた。


 そのことをわかっているがゆえにシフォンを心配し、しかしシフォンを止めることができないでいるテトラ。

 テトラが気に病む中、シフォンとテトラのいるテントに新たな負傷兵が運ばれてきた。






 魔物の攻撃を避けながら、魔物が追い付けない速度で走るロボット。


 後方支援部隊の陣地についたロボットはそこで一度、怪我人を陣地内の定められた場所に降ろす。

 降ろされた怪我人はすぐに治療が行われ、治療が完了次第、戦場へと戻るロボットに乗せられ戦線に復帰することとなる。

 その際、運び込まれた怪我人は治癒魔法使いたちに治せる程度の怪我なら治癒魔法で、そうでない場合はシフォンの回復魔法によって治され、戦場へと戻っていく。


 しかし、魔法での治療も一瞬で終わるわけではない。

 一人を治療するのに早くても二分、遅いと十分以上かかる。

 その間に次々と運び込まれてくる怪我人たち。

 シフォンも治癒魔法使いたちも最大限の努力はしているが怪我人の治療は間に合っていない状態だった。


 さらに、頭上から襲い来る魔物たち。

 飛行することによって兵士部隊や冒険者部隊の攻撃を掻い潜ってきた魔物たちが、後方支援部隊の陣地を執拗に攻撃し続ける。

 そのことが数人の治癒魔法使いの精神を乱し、治療を遅らせる原因となっていた。


 襲い来る魔物を撃退していく護衛騎士や兵士たち。

 護衛騎士や兵士に守られながら全力で事に当たり続けるシフォンや治癒魔法使いたち。


 全員が最善を尽くしている状況。

 誰も、周囲を視る余裕なんて持っていなかった。


 その結果、スタンピード本隊がある正面とは別方向、陣地の側面から接近してきている百を超える魔物の群れに、ヒュドラを含む別動隊の存在に、誰も気づくことができなかった。


 もしも余裕があったのならば、護衛騎士のうち誰か一人は側面から接近してきている別動隊の存在に気づけただろう。

 だが、そんな余裕はなかった。

 後方支援部隊の者たちが別動隊の存在に気がついた時にはすべてが遅かった。


「GRYUUUUUU!!」


 威嚇の咆哮を上げ、ブレス攻撃の構えをとるヒュドラ。

 後方支援部隊の者たちは身の毛がよだつようなその咆哮に身体の自由を奪われ、なんとか身体を動かすことができた者たちでさえ、陣地からたった二百メートルほどの位置にいるヒュドラの姿を見て動きを止めた。


 夜の帳の中でもはっきりと確認できるほどの威圧感、存在感。

 その姿を目視できなかった者、そこにいるのがヒュドラだと確認できなかった者でさえ、その身を震わせ、全身から汗を噴き出させた。


 咆哮から十五秒後。

 ヒュドラのブレスが後方支援部隊の陣地を蹂躙した。






 ブレスが後方支援部隊を蹂躙した時、冒険者部隊は篝火の火が消えたことに混乱し、悲鳴を上げていた。


 ヒュドラの咆哮と時を同じくして闇に包まれた冒険者部隊。

 その咆哮は冒険者たちの悲鳴や動揺の叫び、戦闘音によって掻き消され、彼等の耳に届くことはなかった。


 ゆえに、篝火を復活させ、状況を確認した冒険者たちは後方支援部隊までの撤退を決断。

 撤退した先で後方支援部隊の惨状を初めて目の当たりにした冒険者たちは、困惑と絶望に包まれることとなった。

 また、魔法による治療を頼りに撤退してきた者のうち数名は、そこでカード化することとなった。


 トールたちが見たのは、ヒュドラのブレス後、百を超える魔物の群れがなだれ込んだ後の後方支援部隊の陣地の姿。

 そして、護衛騎士たちがシフォンを連れて逃げた後の陣地の姿。


 トールとフィナンシェがシフォンを探し始めた時。

 シフォンと護衛騎士六人は別動隊の魔物たちと死闘を繰り広げていた。

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