スタンピードの目的?
シフォンがいるはずだった後方支援部隊の陣地。
そこには、何かがあったことを物語る凄惨な戦いの痕が広がっていた。
「なんだ……一体なにがあったんだ」
呆然とする俺の耳に、俺の心情を如実に表現したかのような、そんな小さな呟きが聞こえてきた。
俺とフィナンシェ以外にもここまで辿り着けた者がいるのか。
そう思い、声のした方を向いた俺が見たのは、膝から崩れ落ちる一人の男の姿だった。
「あの人は、たしか……」
「ああ、俺たちの近くで戦っていた五人組パーティのひとりだ」
フィナンシェの声に反応しながら男の姿を観察する。
男は左手首から先を失い、鎧もボロボロ、右手に握っている槍も穂先がなくなっている。
仲間の姿はない。
おそらく四人ともやられてしまったのだろう。
男は膝を折ったあとそのまま倒れ、動かなくなってしまった。
ここに来ればなんとかなる。
回復さえしてもらえばまだ動ける。
そう思い、最後の力を振り絞ってここまで来た冒険者だったのかもしれない。
気力が尽き、倒れた男の背中にワーウルフの爪が突き立った。
その攻撃によってカード化する男。
俺はただその光景を眺め、顔を歪ませることしかできなかった。
男がカード化するのを見届けたあと、たったいま走ってきた方向を振り返る。
何匹もの魔物が俺たちを追いかけ、この陣地に接近してきている姿が確認できた。
「ここもすぐ魔物で溢れる。街まで行こう」
俺ができたのはフィナンシェにそう告げることくらいだった。
「うん、そうだね。でもちょっと待ってて。私、何があったのか聞いてくる!」
「あ、おいっ……」
俺に返答した後、俺の返事を聞くことなく走っていくフィナンシェ。
その向かう先には倒れた兵士たちの姿があった。
たしかに、俺もここで何があったのかは気になっている。
シフォンは無事なのか、無事ならどこへ行ったのか、そんな疑問がずっと頭の中を巡っている。
だが、ここにもすぐに敵が押し寄せてくる。
そうなる前に逃げるべきではないか。
俺はそう思ったのだが、フィナンシェはそう思わなかったらしい。
倒れている兵士から何があったのかを聞こうとしている。
「仕方ないか」
行ってしまったフィナンシェを見てそんな言葉が出た。
俺も、逃げたい気持ち、焦る気持ちを胸の奥に押し込め、フィナンシェを追いかける。
《フィナンシェに近づきそうな敵がいたら教えてくれ》
フィナンシェを追いかけながら、テッドに念話を送る。
ついでに、五つの魔光石すべてをポケットから取り出す。
魔物だって生き物。
暗闇の中に光があれば、その光に寄って来る。
いざとなったらこの魔光石すべてに魔力を注ぎ込み、俺が囮になる。
そう決意し、フィナンシェの三メートル後方をついていく。
カード化せずに倒れている兵士は七人。
フィナンシェはその一人一人に声をかけていく。
しかし、ほとんどの兵士は気絶しているか、うめき声を上げるだけ。
ちゃんとした反応が返ってきたのは六人目の兵士に声をかけたときだった。
「うぅ、……。魔物の、群れが、横から襲って……スタン、ピードには、別動隊が。……ヒュドラを含む、百体、以上だ。この、情報を、防衛本部ま、で、頼む」
俺たちが聞けたのはそこまで。
スタンピードの群れが分裂し、その一部がこの陣を襲ったことを聞いたところで兵士はカード化してしまった。
七人目の兵士も意識を失っており、これ以上の情報は手に入らなかった。
もう見える範囲にカード化していない兵士はいない。
フィナンシェが兵士たちから三メートル以上離れ、俺とテッドもフィナンシェのそばに寄る。
「トール、テッド。まずいかも」
フィナンシェの口から出たのはそんな言葉。
普段のフィナンシェからは想像もできないほど真剣で、暗い表情をしている。
さすがに、フィナンシェが何を危惧しているのかくらいは俺にもわかった。
「ヒュドラって強い魔物だよな? そんな魔物のいる百体以上の群れ。それに別動隊が一隊だけとは限らない。たしかに危険だ」
「うん。それに、魔物たちはこの陣地を襲った。今までは魔物たちの進路上にたまたまリカルドの街があるだけかと思ってたけど、それならわざわざ別動隊を編成する必要なんてないよね?」
言われてみればそうだな。
「つまり、この群れを統率してる魔物は何か理由があってこの街に向かってきているってことか?」
「それはまだわかんないけど。魔物たちの群れが何か目的があってここに向かってきていたのだとしたら、シフォンちゃんが危ないかもしれない」
……?
フィナンシェが何を言っているのかわからない。
今の話のどこにシフォンが危険だと考えられるような要素があったのだろうか。
「もう少し詳しく説明してくれ」
考えてもわかりそうになかったため素直に訊くことにした。
「だって、魔物たちは何か目的があってこっちに向かってきた。なのに、別動隊はリカルドの街やその先にあるどこかじゃなく、この陣地に来たんだよ」
「なるほど。たしかにおかしいかもしれない」
「でしょ? ヒュドラみたいな強い魔物をわざわざ群れから切り離してまでつくった別動隊。それなら、別動隊の向かう先はこのスタンピードの目的地のはず」
「それがここに来た。もしかしたらシフォンが目的なのかもしれないということか」
「うん」
なんだか理論が飛躍しすぎているような気がするが、ありえない話じゃない。
なにしろ、別動隊は堀を大きく迂回してここに来たはずなのだ。
この陣地までの間にある堀は二ヶ所。
俺たち冒険者が戦っていた場所と、兵士たちの戦っている場所。
この二か所の堀は街に対して横に長く掘られている。
そして、堀の端から街までの直線上にこの陣地は存在しない。
もし別動隊が堀を迂回したあと街に向かって真っすぐ進んだのなら、別動隊がこの陣地に近づくことすらなかったはず。
つまり、別動隊はこの陣地を目指して進んできた可能性が高い。
それを踏まえた上で、ヒュドラやそのヒュドラと一緒にいた百を超える数の魔物が今ここにいないことを考えると、目的のモノがこの場を離れたから別動隊の魔物たちもそれを追いかけていったと考えられないこともない。
過去に一度起こった一万の魔物によるスタンピード。
それもブルークロップ王国を狙ったものだった。
以前、回復魔法は神との盟約によって授かったとか聞いたような気もする。
もしかしたらそのことが原因でブルークロップ王家は魔物に狙われやすいとか、そういう事情があったとしてもおかしくはない。
要するに、魔物たちの目的がシフォンの持つ何か、あるいは、シフォン自身であるという可能性もある。
さっきの兵士の口ぶりからしてヒュドラを含む別動隊はまだ倒しきれていない。
そして、その別動隊はここにはいない。
ということは、別動隊は逃げたシフォンを追っていった可能性が高い。
シフォンの護衛騎士たちは内界内でも上から数えた方が早い強さを持つという話だった。
その護衛騎士の強さにシフォンの回復魔法の力が合わさればそう簡単にはやられないだろう。
シフォンはまだ無事なはずだ。
「今すぐシフォンのもとへ向かおう」
「うん。防衛本部への伝言も頼んだし、早くシフォンちゃんを助けに行かなくちゃ」
伝言、という語にひっかかりを覚えフィナンシェの方を見ると、フィナンシェの横に紙を持ったロボットがいた。
あれは、怪我を負った兵士や冒険者をこの陣地まで運ぶ役割を担っていたロボットの一機か。
フィナンシェはそのロボットに状況を書き記した紙を持たせ、街までの伝言をさせようとしているらしい。
一機だけで大丈夫かという不安はあるが、とにかく、伝言も大丈夫だというならもう憂いはない。
こうして、俺たちはどこへ行ったかもわからぬシフォンを助けるため、暗い夜の中を走り出した。