十数秒の暗闇
『急変』という言葉が示す通り、それは突然起こった。
《テッド、何があった》
『わからん。だが、今すぐ我を外に出せ!』
戦闘中、突然黒く染まった視界。
真っ暗なため、三メートル以内に冒険者がいるかどうかは確認できない。
だが、近くに他人がいるかどうかを気にしていられる場合ではない。
逼迫したテッドの指示に従い、急いでテッドをかばんから出す。
そして、状況を確認するため耳を研ぎ澄ませる。
「おい、なんだこれ!?」
「見えなブッ」
「熱っ」
「ぎゃッ!」
暗闇の中、あちこちから聞こえてくるのは肉が裂ける音や骨が砕ける音。
それと、人間と魔物、両者の悲鳴、咆哮。
さらに、テッドの魔力に触れた魔物たちが狂乱し、同士討ちを始めたような音が耳に届いている。
音を聞く限りでは、視界が悪くなったのは俺だけではなさそうだ。
おそらく、闇魔法をつかわれたか、篝火が消されたのだろう。
人魔界にいたミノタウロスとワーウルフは遠距離攻撃の手段を持っていなかった。
そして、これまでの戦いを思い返せば、この世界のミノタウロスたちも遠距離攻撃の手段を持っていないことは明白だ。
ゴーレムのように魔法をつかってくることもなかった。
加えて、ミノタウロスやワーウルフはテッドの三メートル以内に近づけない。
ゆえに、テッドを肩に乗せていれば危険はほとんどない。
だからこそ、いま俺は音を聞くことだけに集中できている。
それにしても、ひどい状況だ。
常に何人もの悲鳴や断末魔が聞こえ続けている。
音もなくやられている者もいるとすると、この数秒で百人以上がカード化させられているかもしれない。
今までの乱戦のなか敵の攻撃をかわし続けることができたのは、俺の目とテッドの感知が合わさっていたからだ。
俺が前方、テッドが後方と、俺とテッドが協力して状況判断を行っていたためになんとかぎりぎり避けられていた。
いくらテッドの感知能力と指示があるとはいえ、俺の目がつかえなくなった状態で先ほどのように避け続けられるかどうかはわからない。
高確率で攻撃を食らってしまうようにも思える。
俺も、テッドをかばんから出していなければ今頃はやられてしまっていたかもしれない。
周囲の惨状を想像し、自分が死んでいたかもしれないという考えに呼吸が浅くなる。
浅くなった呼吸を整えようと深呼吸すること数秒。
ついに周囲の状況を確認することができるようになった。
誰かが篝火に火を灯してくれたらしく、視界が戻ったときには、冒険者の姿はほとんどなくなっていた。
かわりに見えたのは、暴れまわっているたくさんの魔物と堀のある方向から次々と現れる魔物の姿。
「急げ! 撤退だ!」
誰かの叫び声が戦場に響き渡ると同時に、俺は街に向かって走り出した。
途中、怪我をしているものの、まだカード化していない冒険者も目に入った。
だが、助ける余裕はなかった。
深い傷を負っていながらもまだカード化していない魔物の横も通り過ぎた。
だが、とどめを刺す余裕はなかった。
とにかく全力で走った。
周囲を大量の魔物に囲まれてしまえばテッドの存在なんて関係なく殺される。
三メートルの距離なんてどうとでもなってしまう。
そう考え、ひたすら走った。
少し走ったところでフィナンシェと合流し、シフォンの無事を願いながら辿り着いた後方支援部隊の陣地。
そこで目にしたのは、荒らされたバリケードとテント。
そして、シフォンを護衛していたはずの兵士たちが倒れている姿だった。
――トールたち冒険者とスタンピード第二陣の接触から七時間と少し。
数名の冒険者がヒュッという微かな風切り音を耳にした直後、すべての篝火が、一瞬にして消えた。
突然暗くなった視界に動揺する冒険者たち。
そのほとんどは戦闘継続が不可能な状態となった。
一方、暗くなった途端に敵味方関係ない無差別攻撃を繰り出し始めたミノタウロスに、優れた聴覚と嗅覚によって正確に人間を攻撃するワーウルフ。
篝に再び火が灯された時。
冒険者の数は火が消える前の半数以下、百六十七人にまで減っていた。
火が消えていたのはほんの十数秒。
しかし、その十数秒が大きかった。
火が消える前、なんとか五分の形勢でいられた冒険者たちはその人数を半分以下に減らされ、劣勢を強いられることとなった。
当然、一人当たりの負担も増加。
生き残った冒険者も徐々にカード化していく。
魔物を止めきることもできなくなり、後方支援部隊まで到達する魔物も出始めた。
やがて、倒される魔物の数よりも橋を渡ってくる魔物の数の方が上回り、火が消えてからおよそ三十五分後。
五百人いた冒険者部隊は壊滅に陥った。
わずかな生き残りたちはその時点で撤退を決断。
撤退というよりは壊走といった様相で魔物たちから逃げきり、後方支援部隊まで辿り着くことができたのはわずか二十六名。
だが、二十六名の撤退先。
後方支援部隊の陣地も、すでに壊滅状態だった。
後半、暗くなった後の詳細説明をと思って執筆したのですが、ただ単にトール視点で書いた前半に客観的な視点を少し加えただけみたいになってしまった。