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親切の理由

 リカルドの街にはあっさりと入ることができた。

 背負いかばんに隠れてもらっているとはいえ、スライムのテッドを連れていることで一悶着あるのではないかとはらはらしていた俺の心配とは裏腹にかばんの中身をチェックされるようなこともなく気付いたときには街の中に入っていた。

 余所者の俺が街に入るためにはお金が必要だったが、その入街税というのもしっかり払った……フィナンシェが。


「これがリカルドの街か」


 街に入る前から見えていたが背の高い建物が多い。ここに来るまでに素通りした村の建物はほとんど一階建てだった。それに比べるとだいぶ立派に見える。材質は木や石。人魔界の建物に似ている。

 前方に目を向けると、道の両端には露天商が並び、通行人が大勢行き交っているにもかかわらずそれでもなお馬車三台がすれ違えるほど道幅が広い。


「どう? ここは旅人や商人がよくつかう入口だから道も広いしすごく賑わってるでしょ」

「外から見てたときはそれほどでもなかったのに中に入るとすごい熱気だな」

「街を囲んでる結界は防音効果もあるから中に入ると全然違うんだよね。私も初めて来た時は驚いたよ」


 ここはこの街で一番広い道らしい。

 しばらくぼーっと眺めていたらテッドから念話が送られてきた。


『腹が減ったぞ』


 背負いかばんの中でテッドがもぞもぞ動く。

 街へ向かう道中、街に近づくにつれて俺たちと同じ方向を目指す者が増えてきたためテッドには一日以上前からずっとかばんの中に隠れてもらっていた。

 食事の際、テッドは大きくカラダを揺らす癖があるのでかばんの中に生き物を入れていることがばれないように食事は控えてもらっていたのだ。揺れたかばんに目を付けられて中身を確認されたらおおごとだからな。


「フィナンシェ。テッドが腹を空かせているようだ。どこかで飯を買って宿屋に入りたい」

「うん。わかった。じゃあ、あっちだね」


 そういって指差した方へ進んでいくフィナンシェの後を追いかけながら宿屋までの道のりにあった店でこぶし大の果実と謎肉を厚く切ったものを三つずつ購入した。肉はフィナンシェの持っていた木皿に乗せてもらっている。購入に使った金はもちろん、フィナンシェの金だ。

 空腹に抗えずよだれを垂らしながら肉を乗せた木皿を持ち歩くという少しマヌケな格好で歩くこと三十秒。宿屋に到着した。






 フィナンシェの勧めてくれた宿屋は四階建ての立派な宿屋だった。


 宿屋に入ってすぐ、頭の禿げた筋肉質なおっちゃんと話し始めたフィナンシェを少し離れた位置から眺めていたら話を終えて戻ってきたフィナンシェに部屋まで案内された。

 いつの間に宿泊手続きを終えたのかときいたら「え? いましてたでしょ?」と返された。どうやら、あの筋肉質なおっちゃんは宿屋の主人だったらしい。ごつい見た目をしていたから冒険者仲間かなんかだと思っていたが違ったようだ。


 疲れ切った身体でひぃひぃ言いながらも階段を上ること一分弱、なんとか三階にある部屋まで辿り着けた。


「ふぅ。やっとしっかり休めるな。テッド、もう出てきていいぞ」

『うむ。かばんの中はひどく退屈だったぞ』

「これからはかばんの中にいてもらうことが増えるからな。しっかり慣れろよ」

『退屈しないようなにか工夫してくれ』


 床に下ろしたかばんからテッドが這い出てくるのを横目に見ながら、二つあるベッドの間に置かれている丸テーブルの上に先ほど購入してもらった緑色の果実と肉の乗った木皿を置いていく。美味そう。


『よだれが出ているぞ、みっともない』


 いかんいかん。ついよだれが出てしまった。ところで――


《これ、食べても大丈夫だと思うか?》


 この部屋はフィナンシェと相部屋なので、フィナンシェに聞かれないよう念話でテッドに話しかける。

 一応、街に来るまでの間にフィナンシェから分けてもらった食べ物は食すことができた。だが、この緑色の果実と肉はまだ食べたことがない。

 この街では一般的に食べられているものみたいだが、もともとこの世界の住人ではない俺とテッドにとってこれが毒ではないとは言い切れない。それに、人魔界では緑色の果実は毒を持っていることが多かった。


『知らん。我は腹が減った。食うぞ』

「あっ」


 思わず声が出る。

 テッドが果実を一つ丸呑みしてしまった。


「はぁー。ったく、もっと少しずつ食べろよ」


 これが俺たちにとって毒物だったとしてその効果がどれくらいで現れるかはわからないが、一気に食べることはなかったんじゃないかと思う。即効性の毒だったら一瞬で天に召されてた可能性もあるんだぞ。まぁ毒の強さによっては少量でも一瞬でお陀仏だったかもしれないが。


「あはは。そんなにお腹が空いていたんだね。大丈夫だよ、足りなかったらまた買ってきてあげるから」


 俺の腰かけているベッドとは丸テーブルを挟んで向かい側のベッドに座っているフィナンシェから笑い声がもれる。

 トラップ部屋で出会って以来、フィナンシェには世話になりっぱなしだ。街までの案内にその間の食料、街へ入る際の税金の工面、この果実や肉、宿代だって彼女の懐から出されている。


「なあ、どうしてフィナンシェはここまで親切にしてくれるんだ?」


 気になったことはきいてみるのが一番だ。


「どうしてって。ダンジョンを出る前にも言ったと思うけど、約束したからかな」


 そういえばそんな会話をした覚えがある、


「でも、約束の内容は街までの案内だ。街の入口が見えた時点で別れてもよかったはずだぞ」


 そう。約束したのは街までの案内のみ。街に着いたあとも世話する理由はなく、もっといってしまえばテッドを怖がっているはずの彼女が同じ宿の、それも同じ部屋にいるなんておかしい。


「でも、トールたちお金持ってないじゃん」

「うぐっ」

 変な声が出た。たしかに俺たちはこの世界の金を持っていない。


「それに、街まで案内した分のお礼も入街税もこの果実と肉のお金、あとは宿代も返してもらわないといけないからね。最強生物スライムであるテッドとその友達のトールが逃げるとは思ってないけど近くにいた方が返しやすいでしょ?」

「そうだとしても、同じ部屋をとった理由はなんだ? 俺たちに紹介するのはこの宿の別の部屋でもよかったはずだ。なんなら、俺たちにこの宿とは別の宿を紹介しても連絡を取ることはできたはずだ。テッドが怖くないのか?」


 お礼をしてもらうために連絡先を知りたいだけなら同じ部屋にいる必要はない。

 フィナンシェが悪い奴じゃないことはわかっているが、どうしてここまでして俺たちと一緒にいようとするのか、その理由がわからないと安心して眠れない。


「うーん、同じ部屋にした理由はそっちの方が安かったからかな。借金が増えすぎちゃうのはいやでしょ? この宿を紹介した理由は私がこの街で一番信用している宿屋で、他人におすすめするならここ以外考えられなかったから」


 フィナンシェは軽い調子でそう告げてから一拍おいて、今度は少し真剣さが増した目で俺とテッドに語りかけてくる。


「スライムは怖いし、テッドの持ってる力はまだ少し怖いけど、テッドがいたずらに暴れるようなスライムじゃないことはわかってるつもりだよ。だから同じ部屋でも大丈夫。それに、テッドがその気ならリカルドの街の結界ごと一瞬でこの街を消し飛ばせるからどの宿屋を紹介してもおんなじだしね」


 一応、納得できる理由ではある。っていうか、この世界のスライムが本気になったらあの強力な結界ごと街を一瞬で消し去れるのか。やべぇな。スライムやべぇ。

 つまり、フィナンシェはもしテッドが自分に危害を加える気ならこの街一つ分程度の距離はなれたところで関係ないと考えているのか。この三日間ずっとテッドの近くにいたから慣れてくれたっていうのもあるんだろう。いや、たった三日で慣れるもんか? と思わなくもないが。

 というよりも、今言ってくれたことは事実ではあるだろうがほとんど建前だろうな。この三日間一緒にいてよくわかったがフィナンシェは人が良い。本音は俺たちを放っておけなかったってところか。


 他人に心配してもらえるのは悪くない気分だが、こいつはちょっとお人好しが過ぎるところがあるな。


「そっか。ありがとな」

「どういたしまして」


 もう少しききたいことはあったがフィナンシェのことは十分信用できたし、そろそろ眠気がやばいことになってきたのでそこで話を切り上げた。

 その後、果実と肉を食ってからすぐに寝たが特に何ともなかった。

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