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予想外の事態

 魔物たちが来ると伝えに来た男は、そのまま俺たちの横を通過していった。

 シフォンがいる後方支援部隊やさらにその後ろの防衛本部にも魔物の接近を伝えに行くのだろう。


 馬に乗った男が走り去ってから程なくして、大きな震動と地鳴りが伝わってきた。


「なんだ!?」

「どうなってるの!?」


 周囲の冒険者たちが叫ぶ。

 俺も、何が起きているのわからずに動揺してしまった。

 辺りをきょろきょろ見回すも、何が起こっているのかわからない。


 早まる鼓動に高まる不安。

 その不安はこの場にいる冒険者全体に広がっていく――ことはなかった。

 不安が伝播し始めてすぐに、ミノタウロスの咆哮と聞き間違えてしまうかのような大きな雄叫びが聞こえてきたからだ。


「落ち着けッ!!!!!!」


 その一声。

 たった一声で、俺たちの不安や動揺は掻き消された。


 およそ人間とは思えないほどの大声を上げたのは一人の冒険者。

 声の発生源は俺やフィナンシェのいる位置からはかなり離れている。

 そのため、声を出した者の姿は見えない。

 だが、なんとなく聞き覚えのある声だった。


「魔物たちの行進で地面が揺れているだけだ! 喚くんじゃねえッ! それでもお前等冒険者か!!」


 静まり始めた場にもう一度響く、牙を剥き出しにした魔物のように獰猛な声。

 その知性のこもった野蛮そうな声によって、場が完全に静まった。


「今の声、トンファか?」

「たぶんそうだろ。あんな馬鹿でかい声出せるやつ他にいねえだろうし」

「静かになってくれてよかったあ。もう少し続いてたら騒いでる奴に魔法を撃ちこんじゃうところだったよ」


 静まってから少しして、余裕のあるやつらが声を上げ始めた。

 他のやつもそう思ったということは、やはり大声を出したのは筋肉ダルマだったのだろう。

 筋肉ダルマたちもこの防衛に参加しているようだな。

 まさか叫んだだけで混乱を沈めてしまうとは、相変わらず規格外なやつだ。


「大きな魔物や多くの魔物が移動するとこんな風に地揺れが起こる。若い奴らはよく覚えておけ」

「くひひひひ。来る。魔物がたくさん来る。カードを大量に手に入れて俺の店をもっと繁盛させてやるんだああああ! くっひひひひひひひ!」

「……おい。どうして肉屋バラの三男坊がここにいるんだよ」

「知らねえよ。とにかく近づかないようにしとこうぜ」


 聞こえてくる中には、経験豊富そうな冒険者たちが騒いでいた奴らに教訓をたれる声や、危なそうなやつの不気味な笑い声なんかもある。


 不気味に笑っているやつは、以前フィナンシェやシフォンが教えてくれた心のイカれてしまった肉屋というやつなんだろう。

 肉屋を続けられなくなるようなイカれ方ではなく、むしろ肉屋以外の仕事ができなくなるようなイカれ方をしているところが聞いていたイカれ方とは違うが。


 どうやら、冒険者以外の者もここにいるらしいな。

 ……まさか、冒険者以外で参加してるやつらは皆イカれているとかないよな?

 もし他にも冒険者でないやつがいるのだとしたら、そいつらはまともな精神の持ち主であってほしいところだ。


 教訓をたれている冒険者や静かに集中している冒険者たちは年嵩の者が多い。

 おそらく、魔物が動くことによって発生した震動や地鳴りを体験したことのある者ばかりなのだろう。

 ベテランというやつだな。

 きっとさっきも喚いたり動揺したりしていなかったに違いない。

 俺たちとは落ち着き方が違う。


 俺の隣にも、「こんな大きな揺れは初めてかも。トールとテッドは大丈夫だった? びっくりしてない?」などと言いながら腹ごしらえ用に支給されたナンや肉をもしゃもしゃと食べているフィナンシェがいるが、こいつの場合は経験豊富だから落ち着いているのか、それとも食べている最中だから落ち着いているのか判断がつかない。


 経験のおかげで落ち着いているのだと思いたいが、ナンや肉を食べたことによって緩んでいるその頬が俺の考えの正否を曖昧にしてくれている。

 落ち着いているというよりは幸せそうに見える。


 もしかして状況をわかっていないのだろうか。


 前には一万の魔物、後ろには安否が不安なシフォンがいるというのに、どのような頭をしていたらこんなにも幸せそうな顔を浮かべられるのだろうか。

 先ほどまでは真剣な顔をして戦闘に備えていたはずなんだが……。


「どうしたの? トール、変な顔をしてるよ?」


 変なのはお前の頭だ。


 そう言いたいが、フィナンシェには気が抜けたように見えていても実は気が抜けていないというときがある。

 もしかしたら今も気を研ぎ澄ましているのかもしれない。

 フィナンシェが集中している可能性を考えると、その集中を邪魔するわけにはいかないという思いが浮かんでくる。


「シフォンは大丈夫かと思ってな」


 結局、フィナンシェの頬が緩んでいることには言及できなかった。


「シフォンちゃんなら大丈夫だよ。ほら、トールがくれたお守りもあるし」


 蚤の市で俺がプレゼントした指輪を見せながらしゃべるフィナンシェ。


 なんてことないように言われてしまったが、そのアクセサリーはなんとなく目についたから購入しただけでべつにお守りでもなんでもない。

 それを身に付けていればシフォンは安全だという論理は成り立たない。


 しかし、フィナンシェは自分の発言に絶対の自信があるようだ。

 本当にシフォンは安全だと思っているのか、シフォンのことを気にしている様子はない。


 俺への信頼はありがたいが、見当違いだ。

 フィナンシェからの信頼は、俺たちの実力を誤解しているからこその信頼、

 それに、実際に俺が強大な力を持っていたとしても、俺が与えたモノにまでその力が宿るわけではない。


 正直、フィナンシェが何を言っているのかはわからない。

 だが、シフォンを気にしないというその姿勢は見習うべきだと思った。


 ここでシフォンのことを気にしたところで俺たちにできることはない。

 シフォンを気にするのであればこそ、一体でも多くの魔物を倒した方がいい。

 俺たちが魔物を倒すほど、後ろにいるシフォンの身の危険も減る。


 スタンピードを耐えきるまではシフォンのことを考えるのはやめよう。


 そう考えたところで、ナンの最後の一切れを食べ終えたフィナンシェが急に顔を引き締めた。

 直後、爆音。


 遥か前方から届くのは連続する爆音と魔物の悲鳴、怒声。

 そして、多くの人間の声。


 兵士たちが魔物と接触した。


 その事実に、少しざわめいていた周囲が一瞬で静まり返った。

 増した緊張感に、武器を手にし始める周囲の者たち。

 気を昂らせる者もいれば、恐怖や緊張で震えている者もいる


 武器を手に取った俺たちは、互いに距離を置き始める。

 俺たち冒険者には連携なんてものはない。

 近くに他者がいると動きづらい。

 最悪の場合、同士討ちが起こる。


 だから、距離を置く。

 しかし、今は夜。

 光源の問題があるため、思うように離れることができない。


 俺たちの近くにも十人以上の人間がいる。


 この状況では動きがかなり制限されてしまう。

 あまり期待はしていなかったが、テッドをかばんから出すこともできない。


 ここにいる俺たちの役割は街に近づこうとする魔物の数をできるだけ減らすこと。


 リカルドの街にいた兵士は三千人。

 それが前方で戦ってるとはいえ、魔物の方が数が多い。

 当然、打ち漏らしも出てくる。


 兵士たちの討ち漏らしを討伐するのが俺たちの役目なのだが――


「来たぞ!」

「俺にも見えた……って、え?」

「おいおいおい、多すぎねえか? 兵士たちは一体何してんだよ!」


 爆音が聞こえてから二十分ほどが経過し、目の良い者たちが魔物の姿を確認し始めたのだが、様子がおかしい。

 魔物が多すぎるという声がそこら中から聞こえてくる。

 フィナンシェも魔物の姿を確認したのか、その額に汗を浮かべている。


 こちらに向かってくる魔物の数が想像していたよりも多い。

 つまり、予想外の何かがあったのだ。

 

 魔物にも足の速い魔物と遅い魔物がいる。

 昼前に街に戻ってきた偵察からの情報だと、魔物はその進行スピードの関係で五つの集団に分かれているということだった。

 そのときの先頭集団の数はおよそ五百。

 第二集団も二千程度。

 兵士たちがその数を減らすとして、最初に俺たちの所まで抜けてくるのは百体未満だろうという話だった。


 しかし、フィナンシェたちは驚いている。

 ということは、百体近く、あるいはそれ以上の数がこちらに向かってきているのだろう。


 兵士たちはしっかりと戦っているはずだ。

 そのことは今も聞こえる爆音と兵士たちの雄叫びが物語っている。


 何が起こっているのかはわからないが、魔物はすぐそばまで来てしまっている。

 とにかく倒していくしかない。


 こうして、何がなんだかわからないまま、俺たち冒険者と魔物との戦闘が始まった。

 本当は今回の冒頭からがっつり戦闘が始まる予定だったのにどうしてこうなったのやら。

 前回の「戦闘開始」というのがタイトル詐欺になってしまった……。

 まさに「予想外の事態」という心境です。

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