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懐中時計の仕組みと心の変容

 今日は更新できないと思っていたのですが、スキマ時間にちょくちょく執筆していたら一話分完成したので更新しました。

 ちゃんと推敲できていないので後で改稿するかもしれないです。

 目を覚ましたおっちゃんに懐中時計の使用方法を説明。

 その後、壊したり分解したりしないことを条件におっちゃんに懐中時計を預けてから二十分。

 返却された懐中時計をかばんにしまい、俺たちはカラク工房を後にした。


 おっちゃんは『解析具』と呼ばれる科学魔法都市特有の道具を使って懐中時計の内部構造やその素材を解析したらしい。

 解析具は街から使用許可をもらった者しか目にすることができない。

 そのため、解析自体は工房の奥の部屋で行われ、解析具や解析中の様子を俺たちが見ることはできなかった。


 しかし、おっちゃんは解析結果を書き記した紙を俺たちに見せてくれた。

 その紙には懐中時計の機構やそれぞれの部品の素材なんかが事細かに書かれていて非常に面白かった。

 おっちゃんの書いた図や文字は綺麗で見やすかった。

 また、ところどころに俺たち素人にもわかりやすいよう注釈が加えられていたため、懐中時計の構造をよく理解することができた。


 どうして針が動くのか、なぜ寸分違わず時を刻み続けられるのか。

 そういった今まで疑問に思ったこともなかったようなことが疑問として浮かび上がり、即座に解明されていくのは気持ちよかった。

 おっちゃんからの解説を聞き終わった後は、懐中時計はそんな風なつくりになっていたのかと感動した。


 一つだけ素材のわからない部品もあったようだが、それはおそらくこの世界には存在していない素材なのだろう。

 人魔界には存在していないモノがこの世界には存在していた。

 それならばこの世界に存在していないモノが人魔界には存在しているということもあるだろう。

 その素材が何なのかはわからないが、他の物で代用できそうだと説明された。


 懐中時計の構造がわかったことや解析具なんていう道具があることにも驚いたが、一番驚いたのはおっちゃんに対してだ。

 それまでは情けない姿やおかしな姿しか見れていなかったため、真剣な顔をしてかっこよく仕事をしているおっちゃんの姿にひどく驚いてしまった。

 懐中時計を預けてから十分も経たないうちに戻ってきたかと思えば、その短いあいだに懐中時計の解析を終え、さらにその解析結果を誰が見てもわかりやすいように紙に書き記し俺たちに解説までしてくれた姿を見て、おっちゃんが工房主である理由がやっとわかった。

 普段の行動に駄目なところがあっても、それを補って余りあるほど職人としては優秀なのだろう。

 仕事中のおっちゃんは工房主と呼ばれるに相応しい風格を帯びていた。

 もっとも、風格があったのは仕事中だけだったが。


 もともと、工房なんかの技術職では実力がすべてだ。

 その点はこの世界も人魔界と変わらないらしい。


 一番腕の立つ者がトップに立つのは当たり前。

 経営に向いていなかったり人間的に多少問題があったりする者が工房主となることも珍しくない。

 その場合は周囲の者がトップに立った者をサポートするのが習わしだ。

 だから人間的にダメなおっちゃんが工房主で居続けられるのだろう。


 といっても、おっちゃんは他人の上に立つ器は十分。

 経営もやろうと思えばほとんど一人でこなせるだけの力を持っているらしい。

 まぁ、やろうとしないんだが。


 おっちゃん唯一にして最大の欠点はその自由奔放な性格だ。

 その自由奔放さがおっちゃんの持つ才能や素養のすべてを台無しにしてしまっている。


 おっちゃんは自分のやりたいことばかりするため行動が読みにくく、また、他人に指示を出すことや経営に関する努力をほとんどしないらしい。

 要するに宝の持ち腐れだ。

 本来なら周りのサポートは最低限で大丈夫なはずなのにと店番二人は嘆いていた。


 ともあれ、仕事中だけは優秀なおっちゃんに懐中時計を預けたことで面白い物を見ることができた。

 ずっと興奮しっぱなしで狂ったように奇声のような叫び声を上げていたおっちゃんに懐中時計を預けることに心配はあったが、懐中時計は無事に手元に戻ってきたし、良い物を見ることもできた。


 詳しいことは教えてくれなかったが、解析からたった数分で懐中時計の機構を活かした道具や改良案なんかをたくさん思いついていたようだった。

 本当に、職人としては優秀なのだろう。

 おっちゃんが解析結果をもとにした研究や試作に没頭し始めたため、俺たちは各自気に入った物を数点購入して工房を出ることとなった。






「ダンジョンにいるときなんかに『トールの教えてくれる時間はやけに正確だなぁ。ずっと数えてるのかな?』なんて思ったりしてたけど、そんなすごい物を持っていたんだね! 納得だよ!」


 フィナンシェは凄い物を見れて興奮したといった様子でそう言ってくるが、フィナンシェの腹時計も中々に正確なものだ。

 俺が時間を教える前から「そろそろ夕食の時間だね。もう外は真っ暗なんだろうなぁ」とか言ってきたことも一度や二度ではない。

 時間の感覚が狂いやすいと言われている洞窟型のダンジョン内でも、フィナンシェはそのお腹の空き具合で正確に時間を把握していた。


「ええ、私も『トール様がたまに見ているあれはなんでしょうか?』と疑問に思っていましたが、まさかあれほど凄い物とは思いませんでした。懐中時計、と言いましたか。そのような物をお持ちになっているとは、さすがはトール様です」


 シフォンはまだ驚きがおさまっていないのか、宿の外を歩いているにもかかわらず俺のことを様づけで呼んでしまっている。

 懐中時計が気になっていたのなら訊いてくれれば教えたのに、とは思うが、俺に対してはまだ遠慮があるのだろう。

 どこで手に入れたのかという質問さえ飛んでこない。


「たまたま持っていただけだよ。俺が作ったわけじゃない」


 とりあえずそう答えておく。


 というか、いま自分の口調がおかしかったな。

 フィナンシェがまるで小さな子供のような素直さと元気を持っているからか、最近はフィナンシェに対して小さな女の子に接するときのような態度をとってしまうことがある。

 普段の俺なら「~だよ」なんて語尾にはならないだろう。


 シフォンに対してもそうだ。

 俺に怖がっているチビたちとそっくりな態度を向けられているせいか、これいじょう怖がらせないために、これまたフィナンシェに対する態度と同じような態度をとってしまうことがある。


 フィナンシェに対する態度もシフォンに対する態度も、孤児院にいた頃の癖だ。

 小さな女の子や俺のことを怖がっているチビたちを相手にするときは口調や表情を柔らかくした方が良かった。

 だから最近は二人に対してそのような口調などが出てしまうことがある。


 そう思っていたのだが、どうもそういうわけではなさそうだ。


 二人に対する態度が必要以上に軟化しすぎていると気付いてからは今のような口調にならないように気をつけていたはずだ。

 今だって気をつけていた。

 しかし、実際に出た言葉はそうならないようにと気をつけていたはずの口調だった。


 もしかしたら、俺の心が不安定になってきている影響が態度にも表れているのかもしれない。


 フィナンシェへの態度が軟化し始めたのはシフォンと出会う少し前だ。

 そしてその頃はちょうど俺がフィナンシェや筋肉ダルマたちとのモノの感じ方の違いに悩み始めた頃とかぶる。

 自分とこの世界の人間との間に存在する価値観や常識の違いに頭を悩ませ始めた頃から俺の態度がおかしくなり始めたことを考えると、精神的な揺らぎが態度に影響を及ぼしたと考えるのが妥当である。


 あるいは、やはりイエロースライムと対峙したときに心がどこか壊れてしまったのかもしれない。

 あの時の俺は恐怖を感じることもなく、やけに落ち着いていた。

 イエロースライムの一件後、少ししてからダンジョン奥地に入った際、十匹以上の魔物が群れを成して俺たち目掛けて突進してくるのを見て恐怖を覚えた。

 そこで恐怖を感じたためにてっきり心は元に戻ったものと思っていたが、やはり完全には戻ってはおらず、どこかでまだ尾を引いていたのかもしれない。


 もっと言ってしまえば、“世界渡り”をした際に精神になんらかの影響を受けた可能性が高い。


 “世界渡り”は世界三大禁忌の一つだ。

 なぜ三大禁忌の一つに数えられているのか詳しい理由は知らないが、三大禁忌と呼ばれるからにはただ人やモノを異世界に飛ばすだけではないのだろう。

 飛ばされる世界によっては即死の可能性もある上に元の世界に帰れる可能性は限りなくゼロに近いとはいえ、それだけでは他の二つの禁忌と比べて見劣りしすぎる。

 三大禁忌は絶対に触れてはならない恐ろしいもの。

 そう教えられて育ってきた。

 事実、“世界渡りの石扉”に近づいたとき、俺は何か強力な意思のようなものによって身体を勝手に動かされたような気がした。

 俺が知らなかっただけで、“世界渡りの石扉”に触れると精神が変異してしまうということもあるのかもしれない。


 まぁいいか。

 どうせ考えても原因はわからないだろう。

 それに、もし原因が分かったとしてもどうしようもない気もする。

 今のところは深刻な問題というわけでもないし、これいじょう変な影響が出なければそれで問題ない。


 そんなことを考えながらその日の街中観光は終わりを迎えた。

 観光という言葉は宿に戻ってからシフォンに教えてもらった。

 王侯貴族などの裕福な者たちは各地に赴いてその場を見てまわる行為をそのように呼ぶらしい。


 フィナンシェとシフォンは今日も十分に楽しめたようだ。

 特にシフォンは街中を何の制限もなく自由に観光できることが嬉しいらしく、そのはしゃぎようは見ていて気持ちいいほどだ。

 今はもう眠ってしまったようだが、ベッドに入った後もしばらくは今日見たものについて楽しそうに感想を言い合っていた。


 それにしても、シフォンが襲われてから五日も経ったというのに驚くほど何も起きない。

 夜も誰かを見張りに立てるということもなく全員同じ時間に寝ているが、何も起きていない。

 やはりシフォンが今朝言っていたようにこの街での襲撃はもうないのだろうか。


 姿の見えない相手のことを考えているうちに夜は更けていった。

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