カラク工房の工房主
更新遅くなりました。
最近、投稿することに必死で確認できていなかったのですが久しぶりに確認してみたらいつの間にかブックマーク登録とポイント評価が増えてました! 登録、評価してくださった方ありがとうございます!!
両手を上げ、首を横に振るという動作はこの世界では通用しなかった。
人魔界では、両手のひらを見せるという行為は抵抗の意思がないことを示し、首を横に振るという行為は否定の意思を表す動作だった。
したがって、両手を上げ首を振ることで「自分は何もやっていない」というボディランゲージになったのだが、この世界では俺の行った動作にそんな意味は含まれないらしい。
おっちゃんを倒した後にいきなり変な行動をとったせいでかえって不審がられてしまった。
それはそれとして、おっちゃんが急に俺に迫ってきたことは全員が目撃していたらしく、俺が何かの罪に問われたり非難されたりという事態にはならなかった。
逆に、「うちの工房主が暴走してしまい、大変申し訳ありませんでした」と店番の二人に謝罪された。
二人の謝罪によって、おっちゃんがこの工房で一番偉い人だということが判明した。
これもまた人魔界とは違った風習なのだろう。
人魔界では店主の名前と店名は一致していた。
店ではなく工房でもそれは同じだ。
おっちゃんの名前がドルブなら、工房の名前もドルブに改名。
あるいは、おっちゃんが工房の名を襲名し、カラクと名乗るようになるのが人魔界では当たり前だった。
しかし、この世界ではそうではないらしい。
店主になった者の名前に合わせて店名を改名することも、店主になった者が店の名前を襲名することもないらしい。
場合によっては、新しく店を開いた者とその開かれた店の名前が一致しないこともあるそうだ。
シフォンという名前の者が、フィナンシェという名前の店を開いたとしてもおかしくないらしい。
つまり、この世界では店主の名前と店名は必ずしも一致するものではない。
そのせいで、俺はおっちゃんが工房主だと気付かなかった。
フィナンシェとシフォンは、おっちゃんに編み物の注文を伝えた際におっちゃんが工房主だと聞いたらしい。
俺が店番から伝えられた事実に驚いたときにはすでに知っていた。
この工房の名前はカラク工房。
カラクというのはこの工房の初代工房主だった男の名前らしい。
カラクという男は非常に優秀だったそうだ。
当時は、カラクの作った品を求め、あるいは弟子になることを夢見て各地から人がたくさん集まって来たらしい。
そのおかげでこの工房には今でも優秀な職人が多数在籍している。
また、カラク工房の名前は広く知れ渡り、カラク亡き後も弟子たちの手によってその評判が守られたため、この工房の品を求めてくる商人や旅人は今でも結構いるそうだ。
カラク工房の作品というだけで他の工房で作られた物よりも高い値段で取引されることもあるらしい。
他の工房がカラク工房の品と同程度の品質の品を作ったとしても、カラク工房製の品の方が価値が高くなるそうだ。
シフォンの話だと、このように店や工房の名前そのものが効力を持つようになることをブランド化というらしい。
カラク工房はそのブランドのおかげもあって順調に品を売り続けることができていたらしいのだが、最近になってなぜか調子が落ち始めた。
このままでは工房の経営が危ないと思ったおっちゃんは色々と試していたそうだが、今のところ成果はなし。
そんなときに俺の手の中に見たこともない道具があるのを発見して思わず飛びかかってきてしまったのだろう。
これまで気にしていなかったが、この世界には時計が存在していないみたいだ。
言われてみれば、たしかに俺の持つ懐中時計以外の時計をこの世界で目にした記憶がない。
人魔界では懐中時計が出回りすぎていて、「あるのが当然」という状態だったためにこの世界でもそうだと思ってしまっていたが違ったようだ。
フィナンシェとシフォンや店番の二人が俺の持つ懐中時計を見て「どんな用途で使用される物なのか想像もつかない」と言ってきたときは唖然としてしまった。
話を聞いたところ、この世界には懐中時計どころか置き時計や掛け時計も存在しないらしい。
というか、時計というものが存在していないようだ。
これは時間を正確に知るための物だと説明したら全員驚いていた。
この世界には今まで、時間を細かく刻むという発想がなかったらしい。
少なくともここにいる四人やその周囲の人間にはその発想はなかった。
内界一と謳われるブルークロップ王国の王女シフォンでさえ驚いていたのだから、内界に時計は存在していないのだろう。
四人の見立てでは、安値で売られていたこの懐中時計ですらもこの世界では万金の価値を持つかもしれないそうだ。
だから物凄い形相で走り寄ってきたのかと、そこまで聞いたところでやっとおっちゃんの行動の意味がわかった。
おっちゃんは懐中時計が時間を知るための道具だとはわかっていなかっただろうが、今まで見たことのなかった物を目にして興奮してしまったのだろう。
俺の懐中時計を調べることは工房にとって利益となる。
そう考えて暴走してしまったのだと思います、と店番の二人は言っていた。
俺もその通りなのではないかと思う。
このままこの工房を去るのもどうかと思ったので、おっちゃんの目が覚めるまでは工房に留まることにした。
おっちゃんが目覚めるまでのあいだ、この工房やおっちゃんについての話を店番の二人から聞くことになったのだが、どうやらおっちゃんはしょっちゅうやらかしているらしい。
二人の口からは止めどなくおっちゃんへの愚痴が飛び出してきている。
「そういえば、俺がおっちゃんを連れてきてほしいとお願いしたときにおかしな顔をしていましたよね。あれはどうしてですか?」
さっき怪訝そうな顔を向けられた理由が気になったので訊いてみる。
「工房主には専用の作業場が用意されているのですが、一昨日も、『今日は一日作業場にこもって作業するから誰も近づくな』とそこで転がっている人は言っていたんです」
「俺たちは言われた通り、その日は作業場に近づかなかったんですが、まさか工房を抜け出して蚤の市に行っていたとは……」
「本当ですよ。トールさんから話を聞いて、まさか……と思いながらも確認しに行ったら『おお、あいつらか。もう来てくれたのか!』とか言いながら笑い始めたんですから信じられませんよ」
「いつもそうなんです。こっそり抜け出したりするくせにそのことを指摘されても悪びれる様子もないんですよ」
「そう! いつも『これも工房のためだ!』とか言って懲りずにまたやらかすんです!」
店番の二人が未だに床に倒れている、というよりは、あえて床に転がったままの状態で放置されているおっちゃんに苦々しい顔を向けながら説明してくれる。
二人はおっちゃんは一昨日、工房内の作業場にずっといたと思っていた。
しかし、一昨日蚤の市でおっちゃんと会ったという俺たちが訪ねてきた。
だから「どういうことだ?」と思い、おかしな顔をしたということだった。
まぁ、一日中作業するから近づくなと言われて近づかなかったのに、本当は作業なんてせずに蚤の市で品物を売っていたなんて聞いたら苦々しい顔になるのもわかる。
おっちゃんはこれが初犯ではないらしい。
だからか、二人とも「信頼を裏切られた」というよりは「またか」というような感じの態度だ。
おっちゃんはよく問題を起こしているらしい。
しかし、それでも未だにおっちゃんが工房主のままだ。
ということは、これはこれでそれなりに上手くやっているのだろう、多分。
店番二人の愚痴は、おっちゃんが目を覚ますまで続けられた。
今週の金曜日と土曜日はおそらく更新できないと思います。
明日は出掛けるまでに執筆が終われば更新します。朝方までに更新されていない場合は、次回更新は日曜日になると思います。