内界と外界
すみません。投稿遅くなりました。
目が覚め、魔光石の明かりで懐中時計を照らす。
時刻は四時。
部屋の中は真っ暗だ。
今日は少し早く目が覚めたらしい。
『起きたか』
念話が飛んでくる。
テッドも目覚めているみたいだな。
《もう起きてるのか。早いな》
『少し前に起きた』
《何か食べるか?》
『いらん。朝食用に用意されていた果実を食べたばかりだ』
《俺は文字の練習をしようと思うが、何か用事はあるか?》
『退屈だ。話し相手になれ』
《わかったよ》
そんな会話をしながらベッドを出てテーブルへと向かう。
たしか昨日はテーブルの上に紙とペンを広げたまま寝たはず。
昨日の朝は文字を練習する時間が取れなかった。
そのため、夜になってから文字の練習をしたはずだ。
……あれ、昨夜は何を書いたんだっけか?
まだ少し寝ぼけた頭でそう考えながらテーブルへと向かう。
テーブルに着くと、記憶通り何枚かの紙と一本のペンが置かれている。
一番上の紙には一昨日行った蚤の市についての感想が書かれている。
ああ、そうか。
昨夜は蚤の市を見学した感想を書いたんだった。
そんなことを思い出しながら一番上の紙をテーブルの端にどけ、新たに姿を現したまっさらな紙の上にペンを走らせる。
今日書くのは昨日フィナンシェたちから聞いたこの街周辺の地理や歴史だ。
昨日はシフォンの申し出によって、一日中訓練をすることとなった。
朝食後から昼過ぎまで戦闘訓練、その後はシフォンがテッドに近づけるようになる訓練を行った。
シフォンの回復魔法のおかげで疲労や怪我を気にしなくていいため、かなり濃い内容の戦闘訓練を行うことができた。
戦闘技術というものは日々の訓練の積み重ねによって研鑽されていく。
本来なら、ほんの数時間の訓練で実力が大きく変化するということは滅多にない。
しかし、たった一日で少しは成長したという実感を得られるほどには昨日の訓練は充実していた。
小さな頃からほぼ毎日のように訓練や実戦を重ねてきた俺と、王族として様々なことを学ぶために戦闘関連の訓練の時間を多くとることができなかったというシフォン。
それなのに俺とシフォンの実力が大差ないことに疑問を持っていたが、回復魔法を活用した訓練の凄さを体感して納得することができた。
回復魔法を使用すると、普通なら無茶だと判断されるような訓練でも平気で行える。
休憩もいらないため、何時間でも全力で訓練し続けられる。
回復魔法があれば常人の数倍の効率で技術を習得することができるとわかって少しほっとした。
俺とシフォンの実力が同じくらいだったのは、シフォンが生まれ持った魔法の才を活かし、少ない時間で効率的に修行を積んできたからだった。
俺には戦いの才能がないのかと悩んでもいたが、そうではなかったとわかって安心した。
一方、シフォンがテッドの放つ嫌な感じに慣れるための訓練はあまり成果がなかった。
テッドの三メートル以内に近づこうとすると、シフォンは恐怖で足がすくみ、その場に座り込んでしまう。
これは何時間経っても変わらなかった。
やはり、フィナンシェのように簡単に近づけるようにはならないのだろう。
シフォンは何時間も頑張っていたがテッドに近づくことはできなかった。
シフォンがテッドに近づこうと努力してるあいだにフィナンシェからこの周辺の地理や歴史について少し聞いた。
これまではあまり興味がなかったが、シフォンと一緒に行動しているうちに周辺国のことなんかも知っていた方がいいと思うようになった。
フィナンシェが知らないこともあったが、それはシフォンが訓練の合間に教えてくれた。
シフォンは王族なだけあって、さすがといえる知識量だった。
本当は聞きながらメモでもしておけばよかったのだが、昨日はそんなこと思いつきもしなかった。
だから今、文字の練習をするついでに覚えてる範囲で書き記しておく。
『カナタリ領や隣国のブルークロップ王国、その他いくつかの国々はスライムの縄張りに囲まれてしまっている。
数百年前のスライム大移動の際、何匹かのスライムの縄張りが変化すると同時にまるで隔離されるかのように周辺をスライムに囲まれ、孤立してしまったらしい。
一般市民の中には、自分たちのいる場所がスライムに囲まれていることは知っていても、スライムの縄張りの向こうに世界が続いていることを知らない者も多い。
スライムの縄張りと、スライムの縄張りに囲まれた自分たちのいる場所が世界のすべてだと思っている者も多い。
自分たちのいる場所がかつてスライムによって分断・隔離された場所だと知っている者たちは、自分たちのいるスライムの縄張りにぐるりと囲まれた場所を『内界』と呼び、スライムの縄張りの向こう側の世界のことを『外界』と呼んでいる。
囲まれているといっても、スライムの縄張りも完全に周囲を取り囲んでいるわけではないらしい。
内界を囲むスライムの縄張りは、たった一匹のスライムによって構成されたものではない。
何匹かのスライムの縄張りが点々と内界を囲むように存在しているため、たまたま外界と隔離されるようになってしまっただけだ。
縄張り同士が完全にくっつき合っているわけではないため、縄張りと縄張りの間には、いくつか隙間のような切れ目もあるらしい。
稀にだが、その切れ目から外界の人間が訪れることもあるそうだ。
ただし、外界と内界を繋ぐ切れ目には強い魔物がゴロゴロと住み着いている。
外界から内界へ来た者の大半は無傷ではいられず、辿り着いたとしても外界の情報を聞き出そうとする前には死んでしまう。
過去に二人だけ外界の情報を詳しく教えてくれた外界からの来訪者もいたらしいが、それも二百年以上前のこと。
そのため、スライムの縄張りの向こう側が現在どうなっているかはまったくわからない。
俺たちが以前イエロースライムと対峙した場所の先にも外界と繋がっている切れ目があるようだ。
リカルドの街側からあの森の向こう側へ行こうとする者がいると聞いたときは人のいない場所に行って何をするつもりなのかと思ったが、森の先へと行こうとする者のほとんどはスライムの縄張り周辺の強い魔物目当ての武者修行者、そして、極稀に外界へと行くことを夢見ている者がいると説明を受けた。
孤立した際の情報や二百年以上前の来訪者二人の情報から変化がなければ、内界は広大な大陸の中心部に存在している。
ブルークロップ王国は内界では一番の大きさを誇っている。
しかし、スライム大移動によって内界と外界に分断される前は、大陸内でも下から数えた方が早い国土の大きさだったらしい。
現在、ブルークロップ王国が内界で一番の大きさを誇っているのは、スライム大移動によって国土を削られることがなかったからだ。
内界と外界に分断されたとき唯一無傷だったのがブルークロップ王国。
ブルークロップ王国は内界の中心部分に位置していたため、スライムの移動によって国土を削られるということがなかった。
それ以外の国はスライム大移動の際にその国土のほとんどを外界に残したまま切り離されてしまったらしい。
それでも現在まで国として存続することができたのは当時のブルークロップ王国がそれらの国に支援を行ったからだ。
内界と外界に分断された際、ブルークロップ王国は国から切り離されてしまった領土や外界に領土のほとんどを切り取られてしまった国々を無理やり吸収するような真似はしなかった。
それらの国に支援を行い、国と切り離されてしまった領土を近隣国に併合させることで内界内の混乱を治めたそうだ。
その際、ブルークロップ王国の国土も多少の広がりを見せたみたいだが、領土を略奪するような行動をとらなかったために混乱は起きなかったらしい。
結果的に、ブルークロップ王国は国土も国力も内界で一番の国となり、周辺国も属国となったわけではないがブルークロップ王国には友好的で従順とかなんとか。
カナタリ領も元々はマリージェーン公国という国の領土だったらしい。
内界と外界に分断された際に公国とは切り離されてしまったが、分断されてもなお、公国に忠誠を誓い続けたため隣国に併合されることはなかったようだ。
併合されなかった理由としては科学魔法都市を有していたことや、ブルークロップ王国以外の隣国と同程度の大きさの領土を持っていたことも挙げられるらしい』
俺が覚えているのはこのくらいだろうか。
政治関連の話はよくわからなかったから曖昧なところも多いが大体こんなもんだったはずだ。
この世界に来てからのことや人魔界にいた頃と今の生活の違いなんかをテッドと話しながら書いていたから何か抜けていることもあるかもしれないが、昨日聞いたことのほとんどは書けたと思う。
それにしても、この世界の文字を書くのにもだいぶ慣れてきたな。
今日は今までで一番スラスラと書けた気がする。
もしかしたら何文字か間違えて書いている可能性もあるが、それでもいい。
文字の勉強においては、書けたという自信を持つことが大事だ。
自身を持つことができたなら今日の文字の練習は成功と言えるだろう。
時刻は六時。
外もそこそこ明るくなってきている。
そろそろフィナンシェたちが起きる頃だな。
そんなことを考えながら、紙とペンを片付け、綺麗になったテーブルの上に昨日購入しておいた朝食用の果実と干し肉を三人分並べた。
ここ数日、帰宅後すぐ就寝、起床後執筆という生活リズムになってしまっているのを外出予定のない今日明日中に直したい。