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カラク工房のドルブ

 更新遅れてすみません。

 昨日は疲れて執筆する余裕がなかったので朝に投稿となりました。

 シフォンが気にしていた露店には珍しいモノが並べられていた。

 赤色の手袋や黄色の帽子。

 緑色のセーターに青色の袋など。

 実にカラフルな露店だった。


「わ~、綺麗~」

「ええ、本当に綺麗です」 


 フィナンシェとシフォンが感嘆の声を上げる。


 二人がそう言いたくなる気持ちもわかる。

 この世界の編み物はほとんどが茶色かベージュ色だ。

 人魔界には黒や紫、白色なんかの糸で編まれた物もあったが、この世界に来てから目にした編み物のほとんどは茶色かベージュ色だった。

 リカルドの街周辺ではそういった色の糸しか取れないのか、それとも、この世界全体でそういった色の糸しか取れないのかはわからない。

 少なくとも、これだけカラフルな編み物はこの世界に来てからは数える程しか目にしたことがない。


「お嬢ちゃんたちみたいな別嬪さんに褒めてもらえると自信が出るよ」


 そう口にする露天商のおっちゃんは疲れたような表情をしている。

 これだけ珍しい品を扱っているのだから売れ行きも好調なはず。

 休む間もなく商品が売れていくから疲れているのかと思ったが、どうもそんな感じではない。

 なんだか辛気臭い顔をしている。


「おっちゃん、そんな顔してると客が逃げるぞ」


 人魔界の酒場のおっちゃんがよくそんなことを言っていた。

 いつも口癖のように『客の前では笑顔でいねぇと客が逃げちまう。だから俺はいつも笑顔なのさ。がっはっは』と言って笑っていたっけか。

 そんなおっちゃんに「もう聞き飽きたぞー」「早く酒持ってこーい」という笑い声の交じった野次が飛ぶまでが一連の流れだったな。


「そんなにひどい顔してるか?」

「ああ、辛気臭い顔をしている。何かあったのか?」


 自分がそんな顔をしていることに気づいていなかったようだ。

 どうしてそんな顔をしているのか、そのワケを聞いてしまいたくなるくらいには疲れ切った顔をしていた。


「はぁ、ちょっと売れ行きが悪くて落ち込んでいるだけさ。色のついた編み物なら絶対売れると思ったんだがなぁ」


 そう言って下を向いてしまうおっちゃん。

 どうやら商品が売れていないらしい。


 値段は少し高いが目の前の商品の物珍しさを考えれば高すぎるということはない。

 それなのに全然売れていないらしい。

 不思議なこともあったもんだな。


「これほどの品が売れていないのですか?」


 シフォンも疑問に思ったようだ。

 首を傾げながらいくつかの品を手に取って見ている。


 フィナンシェは商品に夢中で話を聞いていない。

 今も「これかわいい!」と赤色の手袋を手にしてはしゃいでいる。


「そうなんだよ。お客さんにこんなこと言うのもあれなんだが、少し聞いてくれるか?」


 なにやら話したそうな雰囲気だったのでシフォンと一緒に首を縦に振る。

 フィナンシェは知らん。

 実は話を聞いていたりするのかもしれないが何の反応も見せない。

 困っている人の悩みを聞くのはフィナンシェの得意分野だと思うんだが。


 フィナンシェを横目に見ているうちにおっちゃんが語りだす。


「街中を見ればわかると思うが、色のついた服や小物っていったら毛皮をちょっといじったりとか、魔物の素材を加工したものくらいしかないだろ? 色のついた編み物なんてほとんどねぇ。あったとしてもお貴族様なんかが持っているくらいで、俺たちみたいなやつらは一生手にすることもねぇ」

「そうだな」

「だから俺は思ったんだ。色のついた編み物を作ってみてぇと」 

「なるほど」

「だが、魔物の素材は物を編むのには向いてねぇし、色のついた糸なんてどこにもない。だから、俺は色のついた編み物を作ることを半ば諦めていたんだ」


 そこまで言ったところで、おっちゃんは少し黙った。


 適当に相槌を打ちながら聞いていたが、このおっちゃんは編み物が好きらしい。

 普通は編み物は女子供の仕事だ。

 しかし、このおっちゃんは自分で編み物をしているらしい。

 それで、色のついた魔物の素材を加工した服なんかはあるが、色のついた糸や編み物はない。

 だから自分で作ってみたい、と思ったみたいだ。


 一つ気になることがある。


「じゃあ、いま売られている商品にはどうやって色をつけたんだ?」


 俺のこの言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりにおっちゃんが続きを話し始める。

 

「実はここにある物は染料というモノで色付けしてるんだ」

「染料?」

「ああ。最近になって出回り始めたモノでな。それを使うと物に色をつけることができるんだ。俺も知り合いから少しもらったからこうして編み物に色をつけて売ってみたんだが、どうにも売れなくてな。それで気が滅入っちまってたみたいだ」

「へぇ、そんなものがあるのか」

「なあ、どうして売れないんだと思う?」


 俺たちに話して少しは気が楽になったようだ。

 おっちゃんは先ほどよりもマシな顔をしている。


 しかし、どうして売れないんだと思う、か。

 見た目も悪くないのに、本当にどうして売れないのだろうか。

 フィナンシェやシフォンのようにここの商品を気に入るやつは多いと思うんだが。


「染料、聞いたことがあります。最近再現に成功したという古代の技術です。私が襲われた日の翌日に屋敷に持ってきていただくことになっていました」


 シフォンが小声で耳打ちしてくる。

 さすが王族。

 染料が何か知っているらしい。

 再現に成功したばかりの技術でシフォンも見るのはこれが初めて。

 ということは科学魔法都市ならではのモノということだろう。


 再現に成功したばかりということはまだあまり出回っていないはず。

 つまり、染料を使ったこの編み物も今はまだ珍しいはずだ。

 それならばなぜ売れないのか。

 なおさらわからなくなってきたな。


 おっちゃんが辛気臭い顔をしているから売れなかったのではないかとも思ったが、おっちゃんも売り始めてしばらくは笑顔を浮かべていたはずだ。

 色のついた編み物を作るという夢が叶い、それを売ろうというのだ。

 なにも最初から辛気臭い顔をしていたわけではないだろう。


 しかし、そうなると原因がまるでわからん。


 おっちゃんの見た目は普通だ。

 怖かったり不潔だったりということはない。

 売り手に問題があるから売れないというわけではないだろう。


 売られている商品も王族のシフォンが気に入るくらいには出来もいいみたいだし、なによりカラフルという物珍しさがある。

 人の目につかなかったとは考えにくい。


「悪いなおっちゃん。考えてみたが、売れない理由は思いつかなかった」

「私もです。これほどの出来栄えなのに、どうして売れないのでしょうか」


 シフォンもお手上げ。

 フィナンシェは聞いていない。

 テッドは我関せず。


 俺たちには売れない理由がわからなかった。


「そうか。変な話しをしちまって悪かったな」


 おっちゃんがそう言って肩を落とした瞬間、唐突に声を上げた者がいた。


「ここにある商品、全部ください!」


 声のした方を見ると、フィナンシェがいくつかの商品を手元にまとめ、それらを指差しながら購入の意思を示していた。

 サイズの小さすぎる服なんかは避けているようだが、この露店で売っている商品のほとんどがフィナンシェの手元に集まっている。

 そして、フィナンシェはそれらすべてを購入するらしい。


「ほ、本当に、買ってくれるのかい?」


 目を見開き、呆然としたような様子のおっちゃんが聞き返す。

 それに対するフィナンシェの答えは、


「うん! 気に入ったからこれ全部ちょうだい!」


 と、明るくあっさりとしたものだった。


 フィナンシェがおっちゃんの話を聞いていたのかどうかはわからない。

 熱心に商品を選んでいたようだし、おそらく聞いていなかったと思う。

 しかし、おっちゃんの顔は喜びに満ち溢れ、今にも泣きだしそうだ。


 同情なんかではなく、本当に気に入ってくれているということがわかったのだろう。

 おっちゃんは嬉しそうな顔でフィナンシェから金を受け取っている。

 フィナンシェが買った商品を俺の背負っているかばんの中に入れてやった後、俺たちは次の露店を目指してその場を離れた。


 去り際に「俺は普段はカラク工房で働いている。何か作ってほしいものがあったらカラク工房のドルブを訪ねてくれ」という宣伝をされた。

 ドルブというのはおっちゃんの名前だろうか。


 なぜ売れなかったのかという根本的な問題は解決していない。

 また露店を出したとしても次回は売れないかもしれない。

 まぁ、そこら辺のことはおっちゃんが考えるべき問題だ。

 俺たちが気にすることではない。


 それにしても、いつも人助けをしているフィナンシェだが、まさか無意識のうちにも人助けをしてしまうとは。

 笑顔のおっちゃんに見送られながら、隣を歩くフィナンシェを見る。

 掘り出し物を買えてほくほく顔のフィナンシェを見て、なぜだか呆れのため息が出た。

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