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合流

 いきなり襲われ、相手の腕を一本へし折ってきてしまったわけだが、騒ぎにはなっていない。

 一瞬のことだったし誰も気づかなかったのだろう。

 腕が折れた音も周囲の喧騒に紛れてしまい、誰の耳にも届かなかったに違いない。

 そう思いつつも、もう一度だけチラリと通りの様子を窺う。

 大丈夫そうだ。騒ぎにはなっていない。


 路地裏に入ってから二分は経過しただろうか。

 胃の中のモノを盛大にぶちまけたあと、気分が楽になるまでのあいだに色々と考えた。


 どうして俺が狙われたのか。

 どうして敵は一人だけだったのか。

 狙われたのは本当に俺だけなのか。


 短い時間の中、あまり出来のよろしくない頭をはたらかせて考えられるだけ考えた。


 俺が狙われたのは調子が悪そうにしていたからだろう。

 フィナンシェたちとはぐれて一人にもなっていた。

 だから、チャンスだと思われた。


 敵はテッドのことを知らない。

 もし俺がスライムを連れていることを知っているなら、もし俺の背負っているかばんの中にスライムがいるかもしれないと少しでも考えたならば、俺が襲われることはなかっただろう。

 スライムに手を出そうなんて人間はこの世界にはごくわずかしかいない。

 もし敵がそのごくわずかな人間だったとしても、敵の狙いはシフォンのはずだ。

 王女と同時にスライムにまで手を出して身の危険を増やすとは考えにくい。

 テッドに手を出すとしてもシフォンの件が片付いた後のはずだ。


 第一目標がシフォンからテッドに移った可能性はある。

 しかし、第一目標を俺やテッドに切り替えたのなら敵が一人しか現れなかったのはおかしい。

 シフォンを襲ったやつらは最低でも四人はいたという話だったからな。

 本気でスライムを狙うつもりなら総力を投入してきたはずだ。


 そう考えると、敵の狙いは未だにシフォンのままということになる。

 敵が一人しかいなかったのは、俺の調子が悪そうに見えたから一応襲っておこうとかそんな理由だろう。

 俺を排除できるなら排除しておいた方がいい。

 排除できればシフォンの守りが薄くなり、上手くすれば俺を人質として利用できるかもしれないとでも考えたのだろう。

 あるいは、本当は俺がスライムを連れていることを知っていた可能性もある。

 俺が弱っているのを見て、あわよくばくらいの気持ちで捨て駒にしてもいいようなやつを一人だけ送り込んできたのかもしれない。


 そして、一番可能性が高そうなのが、俺をこの場所に留めておくための囮。

 一人が俺を襲い、食い止めているあいだに、他のやつらがフィナンシェたちを襲うという計画だったのかもしれない。

 それにしてはあっさりと逃走していったが、結果的に、俺はあの短い攻防の反動で気分の悪さが限界に達し、ここに留まることとなった。

 この結果が敵の思惑通りかどうかはわからない。

 だが、すぐにフィナンシェたちと合流できる状態じゃなくなったのはたしかだ。


 蚤の市が開かれている通りはがやがやとうるさい。

 しかし、騒ぎが起きたような様子はない。

 商人が物を売ろうとする声や人々の話し声なんかが聞こえるだけだ。

 誰かが暴れているような音は聞こえない。

 暴れてるやつがいるぞ、なんて声が聞こえることもなければ悲鳴が聞こえることもない。

 暴れているやつがいるのならそいつを避けるために人の流れに変化があるはずだが、通りを歩く人の流れは先ほどまでと変わらない。


 状況から判断するに、フィナンシェたちは襲われていない。

 あるいは、一瞬で片が付いたか。

 フィナンシェが誰にも気づかれぬまま一瞬で無力化されたとは考えにくい。

 しかし、三人以上はいるだろう相手をフィナンシェとシフォンの二人だけで一瞬のうちに無力化できるとも考えにくい。


 考えられる可能性は三つ。

 一、フィナンシェたちを一瞬で無力化できるような手練れがいた。

 一、行方不明の王女の護衛六人が敵側にまわっていた。

 一、フィナンシェたちは襲われていない。


 シフォンの護衛が全員いなくなったことから、敵は王女の護衛に選ばれるような者たち六人を平気で相手にできるようなやつらなのではないか、という懸念は最初からあった。

 もしかしたらフィナンシェを一瞬で倒せるようなやつがいるのかもしれない。


 または、シフォンを護衛していた六人が敵として現れた可能性もある。

 いかにフィナンシェといえども手練れ六人を一斉に相手するのは厳しいだろう。

 さらに、護衛だった者たちの他にも何人かいると考えると多勢に無勢。

 あっさりとやられてしまった可能性もある。


 そして最後に、おそらくこれが本命。

 フィナンシェたちは襲われていない。

 歓声や悲鳴、野次が聞こえてこなかったことと現在の通りの状況を考えると、フィナンシェたちは襲われていない可能性が高い。

 その場合、なぜ俺だけ狙われたのか、なぜ俺の前に現れたのは一人だけだったのかという疑問が浮かぶが、もしかしたらシフォンの件とは別件で襲われた可能性もある。

 敵を逃がしてしまった以上は俺だけ襲われた理由がわかることはない。

 考えるだけ時間のムダ。気にしない方がいいだろう。


 すぐに思いついた可能性がこの三つだったというだけで、もしかしたら他の可能性もあるかもしれない。

 といっても、気分もだいぶ落ち着いてきた。

 ここであれこれと考えるよりも自分の目で確かめに行った方が早い。


《テッド、フィナンシェたちを見つけたら教えてくれ》

『わかった』


 いまフィナンシェたちがどこにいるのかはわからない。

 完全に見失ってしまった。

 通りを進んでいけばいつかは会えるだろうが見落とす可能性もある。

 だが、蚤の市は狭い。

 フィナンシェたちがこの通りのどこかにいるのであれば適当に歩いているだけでもテッドの感知にひっかかってくれるはずだ。


 路地裏上の吐瀉物を浄化魔法で綺麗に片づけてから通りに戻る。

 この人の多さには慣れないが、さっきよりかは余裕がある。

 今すぐ吐き気がぶり返すということはなさそうだ。


 とりあえず一安心といったところで通りを歩きだす。

 フィナンシェたちはすぐに見つかった。

 俺がいた路地裏から三分ほどの距離にある露店の前。

 そこで楽しそうに商品を眺めている。


 予想通り、襲われたような様子はない。


「あ、トール! 遅かったね!」

「なにか良い物でもありましたか?」


 いち早く俺に気付いたフィナンシェが声をかけてくる。

 続いて、その声で俺に気付いたシフォンも声をかけてきた。


 どうやら、俺とテッドが二人からはぐれていたことは問題視されていないらしい。

 俺が何か気になる商品を見つけ、それを見ていたためにはぐれたとでも思っているようだ。

 襲撃があったことにも気づいていない。


「ああ。色々あるから目移りしてしまってな」


 襲われたことは宿に戻ってから伝えればいいだろう。

 こんな人の多い場所で話す内容でもない。


「わかります。見たことない物ばかりでつい心が弾んでしまいますよね」


 大きな胸の前で両手のこぶしを握り締めたシフォンが共感してくれる。

 シフォンのこんな仕草は初めて見た。

 市を見てまわるのがよほど楽しいらしい。


「二人は何か買ったりしたか?」

「ううん。買ってないよ。シフォンちゃんも買ってないよね?」

「はい。まずは見て楽しもうかと思いまして」

「へえ。まだ買ってないのか」


 シフォンが何も買っていないのは少し意外だ。

 興奮していたようだし、すでに何点か購入済みだと思っていた。


 まぁ、シフォンは王族だしな。

 王族が買いたいと思えるようなモノはこんな所にはないのかもしれない。


「それじゃあ、物見を続けるか。まだまだ楽しみ足りないからな」

「うん! もっと見てまわろう!」

「では、次はあちらに行ってもよろしいですか? 先ほどからあちらの編み物が気になっていたんです」


 シフォンの提案通り、編み物が並んでいる露店に向かう。


 一瞬、先ほど襲われたことが頭をよぎったが大丈夫だろう。

 さすがに、もう一度襲撃があるなんてことはないはずだ。

 俺が吐いていて無防備だったときも敵は襲ってこなかった。

 ということは、もう近くに敵はいない。

 いたとしても襲ってくる気はない。

 シフォンを襲うにしても、襲うつもりなら俺が合流する前に襲っていただろう。

 正常な思考の持ち主なら、二人のときには襲わず、三人になってから襲うなんてことはしない。

 現段階でシフォンが襲われていないのなら、このあと急に襲われるようなことはないと思う。


 つまり、今日はもう敵が来ることはない。


 暗くなる前には宿に帰りたいとはいえ、日が暮れ始めるまで数時間はある。

 そして、人魔界にいた頃は想像もできなかったが、今の俺は金持ちだ。

 時間の許す限り市場を見てまわるなんてことも人魔界にいた頃には考えられなかった。

 もう、生きることに必死だったあの頃とは違う。

 せっかく金の心配をすることなく買い物ができるのだから、気になるモノを片っ端から買っていきたい。


 フィナンシェとシフォンの後ろを歩きながら、そんなことを考えた。

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