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この世界の常識

 リカルドの街まで移動する道すがらこの世界についてフィナンシェに尋ねまくった。

 子供でも知っているようなことをきいてくる俺を不思議に思ったようだが、「ちょっと特殊な事情があって常識に疎いんだ」と言ったらテッドを一瞥したあと納得してくれた。

 この世界ではスライムは最強の生物だからな。そんなスライムを連れている変わり者ということで、常識を知らなくても仕方ないと思われたのかもしれない。


 話を聞いた感じだと生活様式やマナー、常識なんかはほとんど人魔界と同じだった。

 ただ、聞いた話の中に人魔界と大きく異なっていて俺が無視できない常識が二点あった。


 一つ目は、スライムが最強だということ。

 二つ目は、この世界の生物は一定以上のダメージを受けるとカードになってしまうというもの。


 実際のところ、一つ目に関してはそこまで気にすることじゃない。

 テッドをかばんの中にでも隠しておけば騒ぎになることはないし、仮にテッドの存在がバレたとしても周囲の人間がちょっと錯乱状態や恐慌状態に陥るだけで済むらしい。それは大丈夫なのかとも思うが、一番の懸念であったスライム相手に討伐軍が派遣されてくるとかそういったことはないから心配しなくてもいいと力説された。


 看過できないのは二つ目だ。


 この世界の生物は基本的に怪我で死ぬことがないらしい。いまいちよくわからなかったし未だに半信半疑なのだが、この世界では剣で胸を貫かれるなんていう人魔界基準では死んでしまうようなダメージを受けた場合、その生物がカードになるらしい。

 カードは絶対に傷つくことがなく、カードになった後“戻し”と呼ばれる行為――カードを手にした者がある呪文を唱えることで、カードとなった生物がまた復活するんだとか。

 カード内ではカードとなった生物の身体が修復されるらしく、カードとなっていた時間に応じて戻された時の傷の治り具合が変わると説明された。

 これは『カード化の法則』と呼ばれ、一見、生物への救済措置にも思えるが実はこの法則にはいくつかの問題があるらしい。


 まず、カード化してから十二時間は再カード化されない。つまり、カード化してしまうようなダメージを受けてから十二時間以内にカードからの“戻し”をされてしまうと、そしてそれが十二時間以内に命の保障ができる状態まで治るような怪我じゃなかった場合、戻された生物は死に至ることがある。


 また、戻された者は“戻し”を行った者の言うことを一つ聞かないといけないらしい。これには謎の強制力が働き、拒否は不可能であるとのこと。普通はささやかな見返りを求める程度らしいんだが、もし“戻し”を行った者が「一生俺に服従しろ」と要求してきた場合でもそれを受け入れざるをえないみたいだ。

 これを利用して支配したい者をカード化してしまう悪人もいるらしく、容姿の良い者や金持ち等は狙われやすいらしい。

 スライムのテッドが直接狙われることはないと思うが、テッドと仲の良い俺を服従させ間接的にテッドを操ろうとする者が出てくる可能性はあるから十分注意しろと言われた。


 意外だったのが、カード化することの一番の欠点は寿命が縮まなくなることだと言う。

 延命措置として利用できるならいいことなんじゃないかと思ったんだが、そうでもないらしい。

 どうもカード化されると五感を奪われた状態で意識だけが覚醒するらしく、何も見えず聞こえない真っ暗闇の中で孤独や不安に襲われるのは相当堪え、人間の場合十五日もカードの状態でいると廃人になってしまうらしい。早い人はたった一日で精神が崩壊するそうだ。

 フィナンシェはまだカード化したことがないため、この感覚は人伝に聞いたものらしいがそれを聞いてからカード化するのが怖くなったらしい。俺もカード化したくねーと思った。


 そして最後に、これが一番悪質なのだが、カードを蒐集あるいは僻地へカードを隠してしまう者の存在だ。こいつ等はカードを手にしたとしても“戻し”を行わない。

 カードをコレクションすることに喜びを見出す者や自分の身に危険が迫ったときに“戻し”を行い戻された者を盾として利用する者、カードを誰も立ち寄らないような場所に隠すことに生きがいを感じる者など趣味の悪い奴らもいるらしい。

 こういった人種はカードを物として見ており決して生物として扱わない。

 このような者たちの手に渡ってしまったカード化された生物は必ず精神に異常をきたすか使い潰されてしまう。

 残念なことにこうした悪質な行為を目的として結成された巨大な非合法組織に属する人間が世界中どこにでも潜伏しているらしい。


 しかしながら、このカード化の法則について俺が一番心配していることははたしてこの世界の住人でない俺やテッドにその法則が適用されるのかということだ。

 もちろん、死ぬような怪我を負わないのが一番良いのだがフィナンシェから注意されたようにテッドの力を狙って俺をカード化しようとする者が現れる可能性がある。そういった場合、最悪俺がカード化されず死んでしまうことも考えられる。その後、実は最弱であるとバレたテッドも殺される可能性が高い。

 そもそもテッドは一匹で生きられるほど強くない。人魔界で俺と従魔契約を結ぶ前も他のスライムと群れていたからこそ死なずにすんでいたのだ。当然、この世界にはテッドの帰れる群れなんてない。俺が死んだらテッドも死ぬことになる。本当は弱いのに狙われるなんてとんだ狙われ損だ。


 フィナンシェ曰く、スライムを連れているような人間がいたらなんらかの手段でスライムをカード化した後”戻し”を行った人物として見られるから普通なら関わり合いにもなりたくないと思われるそうだ。

 俺もドラゴンをカード化できるような強者とは関わりたくないからその気持ちはよくわかる。

 だが、そこまで頭の回らない者や非合法組織に所属するような普通でない人間もいる。特にカードを蒐集しているカードコレクターと呼ばれる者たちはぜひスライムのカードを手に入れたいと考えるだろうとのこと。なんとも迷惑な話である。


 ちなみに、カードにはカード化された生物の名前と姿絵が記され、カードの色によってカード化された生物の状態が分かるらしい。カードの色が赤だと”戻し”を行うとすぐ死んでしまう程の重体、黄色だと命に別状はないが重傷、緑だと軽傷または完治ということだ。

 普通は色が緑になるまで“戻し”は行わないそうだが、カード化された者の精神保護のため、たとえ色が黄色だったとしてもカード化されてから七日目には“戻し”を行わないといけないらしい。

 身体が半分吹っ飛んだりでもしない限り、七日も経てば大抵の怪我は完治するようなので黄色のときに戻される人は少ないとも教えられた。


「そろそろ街が見えてくるよ!」

「やっとか」


 歩き続けて三日。街までの間に存在した村は全て素通り。二晩続けての野宿だったこともあり疲労がピークに達していた。

 食べ物は結局フィナンシェに分けてもらったため道中行き倒れることにはならなかったが、五日以上閉じ込められていた疲れも抜けきっておらず早く寝たい気分だ。

 村を素通りすることになったのは俺がテッドをかばんに隠し忘れて村人が狂乱してしまったせいだが。


 そして一つ、街を目の前にして新たな問題が浮上した。

 俺とテッドは、この世界の通貨を持っていない。

 スライム強いよ、大ダメージくらうとカードになっちゃうよって話でした。

 今回の話の中では説明されませんでしたが、植物はカード化されません。カード化されるのは動物のみです。主人公やフィナンシェの生まれた世界では植物を生物として認識していないのでそもそも「植物はカード化されないの?」なんていう疑問が生まれません。

 そして主人公は一文無し。

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