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襲撃と敗北

 ※食事中閲覧注意

 たぶん大丈夫だと思いますが一応警告しておきます。

 午後は蚤の市に向かう。

 リカルドの街では毎日のように開かれているらしいが、まだ行ったことはなかったから楽しみだ。


「私、蚤の市って初めてなんです!」

「そうなんだ! じゃあ、今日は思いっきり楽しもー!」

「はい!」


 隣で交わされる呑気な会話を耳にしながら通りを進む。

 しばらく歩くと、周囲の風景が徐々に変わっていった。

 整然とした街並みから、雑然とした街並みへ。

 人が増え、露天商が増え、道幅が狭くなっていく。


 蚤の市の入口はまさに、ごみごみとした、という表現が相応しいほど人とモノで溢れ返っていた。

 人が多すぎて先の様子がほとんど見えない。


「これが蚤の市。本当に人がたくさんいるんですね」

「ねー、凄いよねー。そういえば、トールはこういうところに来たことある?」

「いや、俺も初めてだ。人が多いとは聞いていたがまさかこれほどとはな」


 想像していた以上の混雑具合にシフォンと一緒に目を丸くする。

 俺たちが普段利用している通りよりも道幅が狭いうえに所狭しと露店が開かれまくっているために歩けるスペースが少ない。

 しかも、その狭いスペースは露店に並べられた商品を見ようと立ち止まった者たちによってさらに狭めれれている。

 地面が整地されていないわけでもないのにこれだけ歩きにくそうな道を見るのは初めてだ。


「やけに人が多いが、今日は何か特別な商品が売られるという情報でもあったのか?」

「ううん。いつもと同じくらいだよ」

「……いつもこうなのか。凄いな」


 今日が特別混雑しているだけなのかと思ったがそうではないらしい。

 あまりにも衝撃的な事実だったので二秒ほど絶句してしまった。


「毎日来てる人も結構いるらしいよ!」

「へー、そうなのか」


 ここに毎日来ているという者たちは疲れないのだろうか。

 俺としては数分間この人混みを眺めていただけで疲れてきているのだが。

 無意識のうちに視界に入っているすべての人間の動きを追おうとしてしまっているのか、眼が疲れ、頭が痛い。

 心なしか吐き気のようなものまで感じる。


 体調を悪くしたのは俺だけ。

 フィナンシェやシフォンは大丈夫なようだ。


「掘り出し物あるかな?」

「私はこの辺りで作られた民芸品に興味があります」


 などと楽しそうに会話しながらどんどん人混みの中へと入って行く。

 俺に回復魔法をかけてくれ、と言う暇もなく二人は人垣の向こうへ消えていった。

 仕方ない。俺も早く二人を追いかけないと。

 そう思い、気休め程度に自身に浄化魔法をかけてからフィナンシェたちを追いかける。

 テッドがいるため二人を見失うようなことはない。


 たとえ見失ったとしても蚤の市は一本道だ。

 いずれどこかで合流できる。

 とはいってもシフォンはいつ襲われてもおかしくない身だ。

 できるだけ離れないようにしたい。


 そう思った直後、二人のいる辺りから甲高い悲鳴のような声と何者かが暴れるような音が聞こえてきた。

 何かあったかと思い急いで二人のいる方へ歩く。

 走れるだけのスペースがないことがもどかしい。

 テッドが言うには着実に二人に近づけているらしいが人垣のせいで二人の姿は見えず、足も思うように進まない。

 シフォンが連れ去られてしまうかもしれないというのにゆっくりとしか前進できないことで焦りが大きくなる。


 二人の姿が見えるようになったときにはすべてが終わっていた。

 フィナンシェの足元に倒れている男が一人とその男を取り押さえている数人の男たち。

 俺の目に飛び込んできたのはそんな光景だった。


 どうやら、シフォンを狙った襲撃ではなさそうだ。


 蚤の市なんかの人の多い場所では盗みが増える。

 そこで取り押さえられている男は盗人のようだ。

 フィナンシェの近くにいたおばさんが金を盗まれそうになり、それをフィナンシェが阻止したというのが現在の状況らしい。

 本音を言えば、シフォンと行動をともにしているときに目立つようなことはするなと言いたい。

 しかし、フィナンシェが人助けを我慢できるわけもない。

 それに、フィナンシェが止めなければあのおばさんは金を盗まれていた。

 やってしまったものはしかたない。

 そんな気分で周囲への警戒を強めつつ、安堵したとたん再び押し寄せてきた強い吐き気と格闘を繰り広げる。


 俺が吐き気を耐えているあいだにも二人はどんどんと先に進んでいってしまう。

 またも回復魔法をかけてもらい損ねてしまった。


 シフォンを狙っている者たちが遠くから俺たちのことを監視していると仮定して、このままはぐれたとしたらどちらを狙うだろうか。

 やはり本命のシフォンのいる方か。

 それとも明らかに弱った姿を見せている俺の方だろうか。


 俺だったらフィナンシェとシフォンの二人を狙う。

 相手からしたら俺やテッドの存在は物凄く邪魔だったはずだ。

 その邪魔者がまとめていなくなってくれたなら迷うことなく本命をとりに行く。


 ただ、これは相手がテッドの存在を知っている場合の話だ。

 俺がスライムを連れているという情報を相手が知っているのであれば俺が狙われることはまずない。

 しかし、もしテッドのことを知らないのであれば今が好機と見て俺を狙ってくる可能性もある。


『左斜め後ろ。一人。右手に短剣。五メートル』

《敵か?》

『少し前からっずっと近くにいた奴だ。今もこちらを見ている』

《そうか、わかった》


 テッドからの念話。


 左斜め後ろから右手に短剣を持った奴が一人近づいてきているらしい。

 相手との距離は五メートル。


 俺が狙われた。

 ということは相手は俺がスライムを連れていることは知らないらしい。

 箝口令はしっかりと機能しているようだ。

 今この時ばかりは機能していない方が嬉しかったが仕方ない。

 そしてもう一つ。

 相手の情報収集能力は大したことないということもわかった。


 いや、さらにもう一つわかったことがあるな。

 俺がスライムを連れていることを知らないということは相手は街の者ではない。

 街の上層部はテッドの存在を認識している。

 もし相手が街の者なら俺には手を出してこない。


『三メートル』


 近づいてきているな。

 やはりこのタイミングで俺を倒すつもりのようだ。


 動きやすい位置に移動しようとしているのだが人混みのせいで思うように進めない。


『二メートル』


 かなり近づかれてるな。


《人の少ない場所に誘導してくれ。指示を頼む》

『わかった』


 右、左、まっすぐとテッドの指示通りに人を避けながら進む。


 相手が一人ならフィナンシェたちと協力して対処した方がいい。

 そうは思うがフィナンシェたちとは八メートルほど離れているらしい。

 さすがに距離がありすぎる。

 どう考えても、フィナンシェたちと合流するよりも先に敵に追いつかれる。


 俺とテッドだけで戦うことになるが、こんなところでテッドをかばんから出したらパニックは免れない。

 よって、テッドの怯えを利用することはできない。

 ほとんど俺と敵の一対一の実力勝負だな。


 しかし、テッドの感知と指示があるぶん空間認識能力ではこちらの方が上のはず。

 これだけ動きにくい場所だ。

 周囲の状況をより把握している方が有利に決まっている。


『来たぞ! 右に避けろ!』


 テッドの指示通り、身体の正面が左側を向くようにしながら右に避ける。

 俺の胸があった辺りに突き出される短剣。


 即座に、短剣を持つ敵の右腕を掴む。

 左手で敵の肘を抑えながら敵の肘より先を掴んだ右手を思いっきり引き寄せる。


 ゴキッ。


 鈍い音とともに手に伝わってくる感覚。

 これで右腕は封じた。


『下がれ!』


 テッドの指示に従い、敵の右腕から両手を離しながらバックステップを踏む。

 後ろに下がった俺の鼻先を短剣がかすめた。

 見ると、敵の左手にも短剣が握られている。

 左腕で反撃されたことを確認しながら右手で腰の短剣を抜く。


 敵はどう動くか、俺はどう動くべきか。

 そんなことを考えながら着地した俺の目に映ったのは、逃走していく敵の姿だった。

 右腕が折られ、左腕で俺の顔目掛けて反撃。

 そして左腕を振り切った勢いそのままに反転して逃げ去っていった敵の姿を呆然と眺める。


 敵が逃げ出すと予想していなかった時点でもう手遅れ。

 追いかける準備ができていなかったために反応が遅れる。

 ほんの一瞬で敵は人混みに紛れてしまった。


 テッドに指示してもらい、その通りに動けばまだ追いつくかもしれない。


 このときの俺は、そんなことを考える余裕すらなかった。

 俺の頭の中にあったのは、人のいない場所に行かなくては、という考えのみ。


 五感が鈍り、夢の中にいるようような感覚に陥りながらも人のいない場所を目指し移動していく。

 人のいない場所を求め、辿り着いたのは路地裏。

 俺はそこで、吐き気に敗北した。

 汚い終わり方で申し訳ない。

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