何も起きない
おかしい。
シフォンが襲われ、行方不明となったのは三日前。
それなのに、シフォンが捜索されているような気配も、シフォンを襲った者たちが再び現れるということもない。
シフォンと出会って以降テッドやフィナンシェが周囲を警戒し続けているが怪しい気配は全く感じないらしい。
今日は朝から訓練を行い、シフォンの魔法で全員の体力を回復。
その後は昨日と同じように町中を適当に歩き回っているのだが、本当に何も起こらない。
こうも平穏だと逆に心配になってくる。
俺たちの気付いていないところで何か大きな動きが進行中なのではないかと不安が肥大化していく。
今朝は激しく動き回ったがシフォンの回復魔法のおかげで体調は万全。
シフォンの魔力が少し減ってしまっていること以外は何も問題はない。
いつ襲われても反応できるように心構えもしっかりしている。
不安要素があるとすればいざというときにシフォンがテッドのそばに近寄れないというということくらいだが、それもフィナンシェがいれば大した問題にはならない。
シフォンを襲ったやつらがフィナンシェや俺の情報を集め、対策を立てるのに何日くらい必要とするのかはわからない。
しかしもう三日経っている。
それだけあれば何かしらの準備はできるだろう。
相手はシフォンを護衛していた六人を倒している可能性が高い。
シフォンを護衛していた者たちはブルークロップ王国でも上位の実力者という話だ。
具体的にどの程度の強さなのかはわからないが、王女の護衛として選ばれるくらいなのだから相当な腕を持っていたことだろう。
その護衛たちをどうにかできるのだから三日もあれば俺たちへの対策を立て、それを実行するくらいはしてきそうなものだ。
そう思い、今日あたりに何か起こるんじゃないかと気をている引き締めているのだが、引き締めているのがバカバカしくなってしまうほど何かが起きるような気配はない。
むしろ何も起きそうにない空気が充満している。
何も起きないならそれはそれでいい。
問題が起こらないのは喜ばしいことだ。
だが、誰も俺たちに接触してこないことが気になる。
襲ってきたやつらが俺たちに接触してこないのはまだいい。
俺がスライムを連れているという情報を仕入れて尻込みしたと考えることもできる。
しかし、この街の者ですら俺たちに接触してこないというのはどういうことなのだろうか。
王女が行方不明となっていることは街の上層部も把握しているはずだ。
そして、これまでずっと二人と一匹で活動してきた俺、テッド、フィナンシェのパーティと急に行動を共にし始めたローブで顔や身体を隠している王女と同じくらいの背丈の謎の人物。
この情報だけでも俺たちに接触する価値は十二分にある。
街中にスライムがいるという事実を野放しにはできないのだろう。
俺とテッドは街から警戒され、たまにだが監視されているときもある。
王女らしき人物が俺たちと一緒にいるという情報は街の上層部も把握しているはずだ。
しかし接触はない。
俺たちが王女を保護しているのであれば安全だとでも考えているのだろうか。
シフォンが襲われたのは科学魔法屋の店内。
科学魔法屋から逃げ出した後もしばらく追い回されていたみたいだから人目にもついているだろう。
その情報は街の上層部も掴んでいるはず。
王女が行方をくらませた理由が何者かに襲われたからだと知っているから俺たちに接触してこないのだろうか。
もし王女を襲った相手が王女の居場所を掴んでいないのだとしたら街からの使者が俺たちに接触することで王女の居場所を教えることになり、その結果、王女を危険に晒してしまう可能性があると偉い人たちは考えているのかもしれない。
とは、昨日の夜にフィナンシェが言っていたことだ。
たしかに、街の者がシフォンを襲った者たちに監視されている可能性は高い。
街の上層部が行方不明となった王女を捜さないわけがないのだから、街の者を監視していればいつか王女に辿り着くと相手が考えていたとしてもおかしくない。
街の上層部も、もし王女の現在地が王女を襲った者たちにバレていないのだとしたら、俺たちに使者をおくるとそれが原因で王女の居場所が相手にバレてしまう可能性があると考えるかもしれない。
そんな心配をするよりも一刻も早く王女の安否を確認するべきなのではないかと思う。
俺たちと一緒にいる者が王女かどうかを確認しに来ないのはおかしいのではないかと俺は思った。
しかし、フィナンシェやシフォンが言うにはその必要はないらしい。
曰く、もし王女が俺やテッドと一緒にいるのであればこれ以上に安全な場所はない。
要するに、街の上層部はテッドのことを世界最強の生物だと勘違いしており、俺のこともテッドに準ずる力の持ち主だと把握しているため、もし俺たちと一緒にいるのが王女かもしれないと思ってもわざわざその正体を確認する必要はないと考えるだろうとのことだ。
まずはシフォンの現在地を正確に把握することの方が重要なのではないかと思うのだが、この世界ではフィナンシェたちが口にしたような考え方が主流なのだろうか。
二人とも、王女が安全そうならそれでいいと考えるのが当然のように語っていた。
もしかしたらこれも俺が王族や貴族のことをよく知らないから考えが食い違ってしまっているのかもしれない。
あるいは、人魔界とこの世界では根本的に何かが違っているのかもしれない。
俺たちと一緒にいるのが王女ならそれでいい。
王女の居場所がバレるかもしれないから使者を送るのはやめておこう。
すでにバレていたとしても俺やテッドがそばにいるのなら安全だ。
もし俺たちと一緒にいるのが王女じゃなかったとしても問題ない。
王女の捜索は続けているしそのうち見つかるだろう。
町の上層部やフィナンシェたちの考えはこんな感じなのかもしれない。
隣を歩くシフォンの姿をちらりと横目で見る。
上品な感じで肉串を食べている。
食べ歩きをするのは初めてです、なんて言いながら楽しそうに微笑んでいる。
その姿はゆるみきっている。
襲撃の心配はしていないように見える。
これは、襲撃される気配が一切ないからだろうか。
それとも、俺やテッド、フィナンシェの実力を信頼してくれているからだろうか。
昨日と今朝の訓練では俺も全力を出していた。
シフォンはそれを見てどう思ったのだろうか。
俺の実力が大したことないということに気付いた様子はない。
手加減していたとでも思っているのかもしれない。
俺の体力がそう多くないことには気づいていると思うが、攻撃と防御に関しては自分の実力に合わせてくれていたとでも考えているような気がする。
そうでもなければここまで安心しきった姿にはならないだろう。
俺とテッドは本当は強くないのにそんなに信頼されても困る。
しかし、信頼にはできる限り応えたい。
たとえどんなやつが相手でもシフォンを守り抜く。
信頼を裏切らないためにもそのくらいの覚悟は持っておくべきだ。
いや、その覚悟を持とう。
この串はどうすればよいのですか、と食べ終わった肉串の串の処理方法をフィナンシェに尋ねているシフォンを見ながらそう心に誓った。
シフォンと知り合ってから四日目。
事態は変わらず進展なし。
俺たちが事件の真相を知ることになるのは、まだ少し先の話である。
作品全体を通して会話シーンが少なすぎる。
ということで、次回以降は会話が増えるよう意識してみようかなと思ったり思わなかったり。