この世界の食料事情
更新遅れてすみません。投稿してないのに投稿したと勘違いしてました。
冒険者ギルドを後にし、街中をぶらぶらと練り歩く。
今日の予定は冒険者ギルドの見学だけ。
それが終わった現在は大した目的もなくシフォンの気の向くままあっちへ行ったりそっちへ行ったり。
シフォンは上機嫌に歩いている。
普段は護衛たちから「そっちへ行ってはダメです」、「そのようなものを口にしてはいけません」などと口うるさく言われているらしく、自分の思うがままに歩いたりそこら辺の屋台で売られているものを口にしたりといった、俺たちからしたら何でもないようなことでも物凄く貴重な体験のように楽しんでいる。
というより、実際、貴重な体験なのだろう。
先ほども屋台で売られている野菜炒めを緊張の面持ちで購入し「初めて自分でモノを買いました!」と喜んでいたくらいだ。
シフォンはフードを深く被っているため口元くらいしかまともに見えていない。
それにも関わらず購入前後にどのような顔をしていたかわかるくらいには緊張し、喜んでいることが伝わってきた。
その後は「こういうのを買い食いというのでしたよね?」とイタズラをした子供のように楽しそうに笑いながら野菜炒めを食べ、食べ終えたあとはまたしばらく適当に町中を歩くこととなった。
「そろそろ昼食にしようよ」
フィナンシェのそんな声に足を止める。
懐中時計を確認してみると少し早いが確かにいい時間になっていた。
「俺は構わないぞ」
「私も賛成です」
満場一致ということで、近くにあった飲食店に入ることになった。
「ここが皆さんの普段利用する店なのですか」
何の変哲もない普通の飲食店の店内を物珍しそうに見回すシフォン。
「シフォンちゃんはこういう店に入るのも初めて?」
「はい。あまり王城から出たことがありませんので」
フィナンシェの質問にシフォンが弾んだ声で答える。
シフォンは王城以外では貴族の屋敷のパーティー会場か高級店くらいでしか食事をしたことがないそうだ。
今も「あれはなんですか?」とカウンター席を指差しながらフィナンシェに質問している。
どうやらカウンター席を見るのも初めてらしい。
せっかくだからとカウンター席に座ってみたのだが、落ち着かないということで四人掛けの席に移動。
フィナンシェとシフォンが並んで座り、その向かいに俺という配置だ。
四人掛けの席に座ったときもシフォンは不思議そうにしていた。
自分の座ったテーブルと他のテーブルが仕切られていないことに驚いたようだ。
シフォンは素性のわからない他人が視界に入る状態で食事をしたことがないらしい。
王城ではもちろんのこと、パーティーの際も会場にいるのは主催者が招待した身元のはっきりしている者だけ。
高級店の席はすべて個室というものになっていて、他のグループが視界に入ることはないらしい。
個室というものの存在は知らなかったので利用者ごとに部屋が分けられていると聞いたときは逆に驚いてしまった。
やはり王侯貴族の世界はよくわからない。
正直、パーティーとやらも名前だけは聞いたことがあるが、何をする場なのかはよくわかっていない。
料理を待ちながらシフォンとフィナンシェが会話している姿を眺める。
シフォンは見知らぬ者が近くにいるなかで食事をするのは初めてなようだが不安がってはいないようだ。
むしろ楽しそうにしている。
よく考えると席についているかいないかの違いはあるが先ほどの買い食いのときもたくさんの人が周りにいたし、そういうことはあまり気にしない方なのかもしれない。
少しして料理が運ばれてきた。
テッドの分もあるため三人前以上の量がある。
テーブル一杯に載せられた料理を前にしたフィナンシェが目を輝かせるのを見て苦笑しつつ、かばんの中に料理を突っ込む。
するとすぐに『美味い。もっとくれ』という念話が聞こえてきた。
適当に入った店だったがこの店の料理は美味しいらしい。
皿をもう一つ手に取り、その皿の上の料理をかばんに突っ込んでから俺も手をつける。
肉、野菜、パン、スープと口にしてみる。
うん、どれも美味い。
この街に来てからは美味しいものをたくさん食べてきたがその中でもかなり上位に食い込む美味さだ。
食いしん坊のフィナンシェとずっと一緒にいたにもかかわらずこの店には入ったことがなかった。
フィナンシェもこの店のことは知らなかったのだろうか。
そう尋ねようとしたタイミングでシフォンがこんなことを言った。
「この街に来てから毎日新鮮な野菜を食べることできてうれしいです」
この発言に首を傾げる。
「シフォンなら新鮮な野菜くらいいつでも食べられるんじゃないか?」
王族であるシフォンならいつでも食べられるのではないかという意味を込めたこの質問への答えは単純明快なものだった。
「他の場所では作物が育つのに時間がかかりますから」
「あー、なるほど」
まだ怯えられているのか、それとも元々そういう性格なのか、少しおどおどとした様子で俺の手元を見ながら答えるシフォン。
恥ずかしそうにしているようにも見えることやフィナンシェとは普通に会話できていることから察するに、男性と会話することになれていないだけだろう。
決して、俺が怖いだとか俺が嫌いだとかいうわけではないと思いたい。
目すら合わせてもらえないことに少しショックを受けながら、この街の農場を思い出す。
異常な速度で成長する穀物や野菜。
すべての作物が収穫後数日もすれば再び収穫できるようになるという不思議な農場。
たしかに、科学魔法の力がない他の町村ではあれほどの成長速度はありえないだろう。
収穫後すぐの野菜は新鮮でも、日が経つにつれて新鮮ではなくなってしまう。
そして野菜が新鮮でなくなる前に新しい野菜を収穫することも普通はできない。
「野菜をふんだんにつかった料理が作れるのもこの街ならではなんだよ」
「そうですね。ブルークロップ王国でこれほどの量を一度に消費すればすぐに備蓄がなくなってしまいます」
フィナンシェからの追加情報にシフォンがにこやかに、しかし少し羨ましそうに相槌をうつ。
たしかに、この街では科学魔法の力のおかげで短期間に大量の穀物や野菜を生産できるが他の場所ではそうはいかない。
食糧を備蓄するために食事の量や回数を少なくしている町村の方が圧倒的に多いだろう。
自給自足をしていたために気付かなかったが、イエロースライムの一件後に数日滞在したあの村の村人たちも昼食は食べていなかったのかもしれない。
人魔界にいた頃は新鮮な野菜なんて滅多に食べられなかったうえにこの世界に来てから急に生活レベルが向上したため気付かなかった。
金があるから新鮮な野菜を食べ続けることができていると勘違いしていた。
というより、そもそも新鮮な野菜を食べ続けられることに疑問を抱いていなかった。
本来なら金がいくらあったとしても収穫時期の関係で新鮮な野菜を食べられる期間は限られてしまう。
言われてみればなるほどといった感じだ。
俺はこの世界に来てから新鮮な野菜を食べ続けている。
それはこの街の農作物の成長速度が異常だからだ。
他の場所ではもっと遅い速度で成長していくのだから一度にこんなに大量に消費できないし新鮮なままというわけにはいかない。
この街の農場を見学したときは、この狭い土地でこの街で消費される作物の大半を賄っているなんて凄いなという感想しか浮かばなかったが、改めて考えてみるとその生産量や成長速度の恩恵は俺が想像していた以上に凄まじい物だということがわかる。
ただ、野菜を大量に食べられるのはこの街ならではということだが、肉に関してはそうでもないらしい。
今まで肉がどのように調達されているのかなんて気にしたこともなかったが、なんと肉の調達はカード化の法則を利用して行われているらしい。
魔物のカードを檻の中で戻し、身動きの取れない魔物を一刀両断する。
そうすることで半永久的に魔物の肉を手に入れることができるそうだ。
カード化したあと肉体の再生にかかる時間やカード化してから十二時間は再カード化できないという制約があるため、肉屋の者は斬る部位や量を正確に把握していないと効率的に肉を得ることができないらしい。
また、魔物とはいえ抵抗できない相手を一方的にカード化させ続けないといけない職業のため心の弱い者には務まらない仕事らしい。
たまに魔物に殺されてしまうこともあるらしく、肉屋はハードな職業という位置づけになっているそうだ。
科学魔法都市には魔物を一瞬で両断できる装置があるため魔物の両断に失敗することはないが、他の町村では魔物がカード化する前に両断しきることができず、一グラムも肉を得られないこともあるらしい。
例えば、魔物を上半身と下半身に両断できればどちらか一方はカード化、残った方は肉として残る。
しかし、美味く両断することができず、そのうえカード化してしまうような致命傷を与えてしまった場合は傷から流れ出た血が少し残るだけの結果となってしまう。
肉屋には魔物を両断できるだけの技量も必要となるため、実力のある冒険者が引退後に肉屋になることも多いらしい。
要するに、食用肉となりえる魔物のカードが何枚かとその魔物たちを両断できる者さえいれば肉はいくらでも食べることが可能ということだった。
カード化しているあいだは寿命が縮まない。
そして、肉屋では魔物を戻した後すぐにまたカード化させるため、その魔物の寿命はほとんど縮まらない。
寿命と引き換えにカード化しているのではないかという説。
つまり、カード化しているあいだに寿命が縮まることはなくとも、カード化する瞬間に寿命が縮まっている可能性はあるのではないかという説もあるそうだが、その説はまだ証明されていないらしい。
よって、肉屋の手に渡ってしまった魔物は何十年、あるいは何百年、何千年とその身を斬られ続けることになるらしい。
少し可哀そうだなと思いながらフォークで突き刺したばかりの肉を眺め、口に入れる。
美味い。
可哀そうだとは思うが食べることを遠慮することはない。
どのみち魔物は見つけ次第殲滅が基本。
その魔物から大量の肉を入手できるというなら喜ばしいことだと思う。
しかし……。
肉になり続けることを運命づけられた魔物たちのことを思い少しセンチメンタルな気分になりながらも、昼食を食べる手が止まることはなかった。