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朝の一幕

 遅くなりましたがなんとか投稿できました。

 朝、甘い香りに鼻をくすぐられ目を覚ます。

 隣のベッドを見るとフィナンシェとシフォンが向かい合いながら寝ていた。

 二人の顔の間ではフィナンシェの左手とシフォンの右手が絡み合うようにして繋がれている。

 昨日一日で随分と仲良くなったようだ。

 二人とも気持ちよさそうに寝ている。


 そういえば、孤児院でも仲のいい子同士で手を繋ぎながら寝てる女の子がいたな。

 どうして女の子同士だと手を繋ぐのだろうか。

 男同士では手を繋いで寝るなんてことはなかった。

 たまに怖がっているチビの手を握るような感じで手を添えて寝たことはあったが、繋いだ記憶はない。

 理由を尋ねても仲が良いからだよねとしか返ってこなかった記憶がある。

 それを聞いたときはそんなもんかと納得したが、改めて見ると不思議だ。

 たぶん男には理解できない感覚なのだろう。

 あるいは、俺も誰かと手を繋いで寝てみればわかるのだろうか。


 そう思いながらベッドから出る。

 テッドもまだ寝ているようだ。

 念話を飛ばしても反応がない。


 窓の外はまだ少しくらい。

 日が昇り始めてそんなに経っていないのだろう。

 外が明るくなるまでもう少しかかりそうだ。


 こんなときは魔光石に魔力を流しながら文字の読み書きの練習をすることにしている。

 まだ薄暗い部屋の中に小さな明かりが灯る。

 紙の上を走るペンは日に日に滑らかな動きをするようになっていく。

 上達が感じられ、とても楽しい。

 紙を二枚用意し、さっそく書き始める。


 今日はとりあえず昨日のことを書いてみた。

 シフォンと出会ったこと。

 面倒なことになったこと。

 これからどう動くことになったか。


 まずは人魔界の文字で書き記し、それをこの世界の文字に直しながら書き写す。

 たまに思い出せない文字があり、手が止まる。

 手が止まるたびにこれまでに書いた何枚かの紙と見比べ、該当する文字を見つけては続きを書く。

 シフォンのことを文章に残すのはまずいかもしれないと気付いたのは書き終えたあとだ。

 少し悩んだ末、この世界の文字で書いた方の紙は火魔法で燃やした。


 この街では紙の値段はあまり高くない。

 少しもったいないとは思うが、金も潤沢にある。

 紙の一枚や二枚燃やすくらいならどうってことない。

 自分にそう言い聞かせるも、苦労して書いた文章が燃えていく姿に切なさが残った。


 朝から微妙な気分になってしまったと思いながら見た窓の外はだいぶ明るくなっていた。

 通りを見下ろすと商売熱心な露店がすでに店を開いて営業を開始している。

 ダンジョンにでも挑戦しに行くのか、大荷物を背負った冒険者の姿もちらほらと見かけられる。


 ベッドの方を見るとフィナンシェたちはまだ寝ている。

 二人は昨日遅くまで話していたみたいだからまだ起きないかもしれない。

 俺が寝る直前も、楽しそうな話し声が隣のベッドから聞こえていた。

 俺が寝た後もしばらく話し続けていたのだろう。

 いつもならこのくらいの時間に目覚めるフィナンシェも起きる気配はない。

 シフォンがいつもどのくらいの時間に起きるのかは知らないが、昨日は大変な目に遭ったことだし疲れもあるだろう。

 今日は急ぐような予定もない。

 起きるまで寝かせといてやるか。


『腹が減ったぞ』


 フィナンシェたちから目を離した瞬間、念話が届いた。

 どうやらテッドが起きたらしい。


 この世界に来てから、テッドの第一声は空腹を訴える内容であることが多くなった。

 スライムはなんでも食べることができる。

 毒物なども、ものによっては食べられる。

 だから、人魔界にいた頃はそこら辺の草や土、埃なんかを食べていた。

 人魔界にいた頃に寝泊まりしていた場所はこの部屋と違って汚くボロかったから部屋の中にもテッドが食べられるようなものがあった。

 しかし、いま寝泊まりしているこの部屋は清潔だ。

 埃は多少あるが、苔や朽ちた壁の破片などは見当たらず、テッドの食べられそうなものはほとんどない。

 また、この世界ではテッドは自由に出歩けない。

 他人を怖がらせないように行動に制限をかけている。

 そのため、テッドは俺かフィナンシェが何か買ってこないと飯にありつくことができず、必然的に俺に飯を求めてくることが多くなった。


《わかった。今から買いに行こう》


 すでにかばんの中に入り準備万端なテッドを背負って、フィナンシェたちを起こさないよう静かに部屋を出た。






 買い物を終えて戻ってきたとき、部屋は荒らされ、二人の姿はなかった。

 なんてことは勿論なかった。

 買い物の途中、ぐっすり寝てる二人のところに追っ手が現れたらどうしようという不安が頭をよぎり急いで戻ってきたが、何も起きてはいなかった。

 二人は部屋を出る前と変わらず、手を繋いだまま仲良く眠っている。


 変わった点があるとすれば、二人の距離が少し近づき、互いのおでこがくっついてしまっていることくらいだろうか。

 これでは頭が熱くなってしまって寝苦しいのではないかと思ったが、二人は口角を上げながら気持ちよさそうに眠っている。

 そんな姿を見ながら俺とテッドは窓際に寄せたテーブルの上に置いた食べ物を食べる。


「んぅ……もうごはんの時間?」


 俺たちが食べ終わりそうになった頃、フィナンシェの目が覚めた。

 食べ物の匂いにつられて起きたみたいだ。

 実にフィナンシェらしい。


「フィナンシェの分はこれだ」

「ありがとう」


 テーブルの端に置いておいたパンと肉をフィナンシェに渡す。

 嬉しそうな顔でそれを受け取ったフィナンシェは手を合わせて「いただきます」と言ったあと、まずはパンに手をつけた。


 人魔界では祈りを捧げてから食べるのが作法だったがこの世界ではあれが食事前の作法らしい。

 この世界に来てからは俺もフィナンシェに倣ってそうしている。

 食べる前には「いただきます」、食べた後は「ごちそうさま」だ。

 SF界には食前食後の作法はないらしいが、地球界には存在しているらしい。

 どんな作法だったかは覚えていないが以前そのようなことを耳にしたことがある。


 フィナンシェが食べ始めて少しするとシフォンも目を覚ました。

 のそのそとベッドから出てきたシフォンは両腕を肩の高さまで上げ、その場で停止している。

 こちらからは背中側しか見えないが、その姿はまるで案山子のようだ。

 白いドレスを着た案山子が畑に立っているところを想像する。

 少し面白い。

 案山子は魔物除けのためつくられたものらしい。

 ドレスを着た案山子でもその役割は果たせるかもしれないが、かわりにドレス目当ての盗人が寄ってきてしまうだろう。

 腕と足を折られドレスを剥ぎ取られた無残な案山子の姿が思い浮かぶ。

 畑に打ち捨てられたその姿からは役割を果たせなかった哀しみがありありと伝わってきた。

 盗人に対して囮として使うならともかく、魔物除けのために用意した案山子にドレスを着せるのはよくないな。

 そんなどうでもいいことを考えながらしばらくシフォンの様子を見守る。


「どうしたの?」


 話しかけたのはフィナンシェだ。

 フィナンシェの声に反応し、シフォンはゆっくりと左右を見回す。

 その後、ハッとしたようにこちらに振り向き、両手でドレスのスカート部分を握るように掴みながら下を向いてしまった。

 恥ずかしいのか、その顔は赤面している。


「す、すみません。普段は起きてすぐに着替えさせてもらっていたのでついその様な行動をとってしまいました」


 普段は侍女たちに着替えさせてもらっているためついいつものようにしてしまったらしい。

 王族や貴族の中には一人で着替えを行わない者も少なくないそうだ。

 なにをしているんだ、とは思ったが事情がわかれば赤面するようなミスではないように思う。

 侍女たちがいないことがちょっと頭から抜け落ちていただけだ。

 習慣なのであればそのようなこともあるだろう。

 しかし、本人はそうは思わなかったらしい。

 話題を変えるためか、テーブルの上に置かれている食べ物に目を向け、こちらに近づいてきてしまった。


「あ、お食事ですか? 私も……」


 そのあとの言葉が続くことはなかった。

 テーブルの上にはまだテッドがいたからだ。

 気恥ずかしさからかこちらに近づいてきてしまった彼女はテッドの三メートル以内に入ってしまい、少し後退ったあとその場に座り込み、身体を震わせることとなった。

 慌ててシフォンに駆け寄るフィナンシェ。

 フィナンシェがシフォンを落ち着かせているあいだに俺はシフォンに浄化魔法をかける。

 浄化魔法は精神を落ち着かせる効果もある。

 これで少しは気が楽になるだろう。

 テッドはすでにかばんの中へと戻っている。

 気遣いのできるいいスライムだ。


 十分ほど経って落ち着いたシフォンにパンと肉を渡す。

 王女様の口に合うかどうか心配だったが問題なかったようだ。

 実はまだ動揺していて味がわからなかっただけの可能性もあるが、しっかり食べてくれた。

 シフォンによる俺、フィナンシェ、テッドへの謝罪も終わり、いまは出かける支度をしている。

 このあとはシフォン用の衣服や防具、武器を買いに行く予定になっている。


 俺とフィナンシェは完全武装。

 テッドはいつも通りかばんに入るだけ。

 支度も終わり、さあ行こう、となったところでまだ支度を終えていない者がいた。


「あれ? え? あれ?」


 などと口にしながら奮闘中の者が一人。

 全身を覆えるようにと俺が貸し与えたローブを上手く着ることができずに、頭上にクエスチョンマークを浮かべている者がいた。

 彼女の支度はローブを羽織るだけ。

 そのはずなのに、なぜか支度を終えていないシフォンの姿がそこにあった。

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