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猛反対

 遅くなりました。

「まずは詳しい話を聞かせてくれ。助けるかどうかはそれから決める」


 この発言に対し、シフォンは最初、きょとんとした。

 俺はシフォンを助けることに反対の姿勢を見せていた。

 その俺が、シフォンを助けてもいいというような言葉を口にするとは思ってもいなかったのだろう。

 数秒経過し、俺の言った意味を飲み込んだ彼女の顔からは「信じられない」という思いがありありと読み取れた。

 俺の言葉を嘘ではないかと疑い、否定するような表情ではない。

 俺がそのようなことを言うなどありえない、という意味の「信じられない」ではなかった。

 まるで夢でも見ているかのような、神から差し伸べられた救いの手を本物かどうか、現実かどうか確かめるようなそんな顔が浮かべられていた。

 シフォンの表情がほんの少し明るくなり、目から一筋の涙が零れ落ちた。


 その後、微かな希望にすがるように説明を始めたシフォン。

 しかし、わかった情報はたった二つ。

 一、シフォンがお忍びでこの街に来ていたこと。

 一、気が付いたときには護衛の姿がなくなり、何者かに追われていたこと。


 他にも、護衛の人数が六人であること。

 科学魔法屋を見学しているあいだに護衛が全員いなくなったこと。

 不審に思いながらも店の中で護衛が戻ってくるのを待っていたら新しく入店してきた者たちに襲われたことなんかもわかったが、追いかけられていた理由につながりそうな情報はたった二つだけだった。


 シフォンはブルークロップ王国の第三王女。

 王と正妃の間に産まれたため王位継承順位とやらが高いらしい。

 そのせいで狙われたのではないかとフィナンシェは疑っていた。

 しかし、その考えをシフォンが即座に否定。

 王権争いが起こることはありえないとかなんとか言っていた。

 正直、王族や貴族のことはよくわからない。

 逆らってはいけない人たちという認識は持っている。

 だが、それ以上のことはほとんど何も知らない。

 いままで関わる機会もなければ、知る必要もなかった。

 だから、フィナンシェとシフォンが何を話しているのかほとんど理解できなかった。


 シフォンが王族の身分を隠してこの街に来ていたこと。

 なぜか襲われ、それをフィナンシェが助けたこと。

 俺が理解できたのはこのくらいだ。


 護衛たちがどうしていなくなったのかなど見当もつかない。

 倒されてしまったのか。

 護衛たちがシフォンを襲った犯人なのか。

 それともなにか別の理由があるのか。


 なんにせよ、シフォンを襲った者たちの正体も、その規模もわからない。

 何もわからない状態で首を突っ込むべきではないと思う。

 やはり俺たちがどうにかできる問題ではないような気もする。


 しかし、先ほど考えた通り、俺ももうすでにシフォンを襲った者たちに目をつけられているかもしれない。

 それに、俺が手を貸さないと言った場合、フィナンシェは一人でシフォンに協力するだろう。

 フィナンシェにはずっと助けられてきた。

 その恩を返さないわけにはいかない。


《テッド、悪いな。また面倒事だ》

『気にするな。わかっていたことだ』

《もし怪しい奴が近くに来たら教えてくれ。頼りにしてるぞ》

『ああ、任せておけ』


 一応、テッドにも了承してもらった。

 テッドがカードコレクターとかいう奴らに狙われるかもしれないと聞いたときから面倒事に巻き込まれる可能性は考慮していた。

 しかし、今回の面倒事は想定外だ。


 テッドはなんでもないことのように協力を約束してくれたが、俺がびびりすぎているだけなのだろうか。

 もっと気楽にした方がいいのだろうか。

 たしかに、楽観的すぎるのはよくないが考えすぎもよくないとは思う。

 このあいだも考えすぎたせいで敵でない者たちを敵と思いこんでしまった。


 それに、今回は情報が少ない。

 次に問題が起きる前に事態を好転させられる可能性は低い。

 それならば、問題が起きたときにその問題を解決する。

 敵が現れたのならその敵にだけ対処する。

 そのくらいの考えでいた方がでいいのではないだろうか。

 後手に回ることになってしまうが、目の前の問題に対処していけばいつかはすべての問題が解決するはずだ。

 もともと俺は物事を考えるのが得意じゃない。

 敵の狙いなんかを考えるのはフィナンシェとシフォンに任せ、俺とテッドは目の前に現れた問題にだけ集中した方がいいだろう。

 とりあえずの問題は、これからどうするかだな。

 俺とテッドが協力することを伝え、これからの予定を話し合わなくてはいけない。


「シフォン」

「はっ、はい!」

「俺とテッドはシフォンに協力することに決めた。フィナンシェともどもこれからよろしく頼む」

「……はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 俺の声に反応し、慌てて居住まいを正したシフォンにそう告げる。

 少し間を開けてから、シフォンが涙を浮かべながら嬉しそうに返事をした。

 緊張の面持ちから少しずつ笑顔に変わっていく様子は見ていて面白く、美しかった。


 それにしても、人魔界とこの世界では王族の仕種なんかも異なるのだろうか。

 酒場のおっちゃんから聞いた話だと、王女様ってのはいつも静かで大人しく優雅に微笑んでいるイメージだったんだがシフォンはそんな感じではない。

 静かで大人しい感じはするし、一つ一つの所作も優雅だとは思うが、少し気弱すぎる感じがする。

 まぁ、おっちゃんも本物を見たことはないって話だったからな。

 おっちゃんの考える王女様像が間違っていた可能性もある。

 切羽詰まってるみたいだし普段は微笑の下に隠している本性が出てきてしまっているだけかもしれない。

 といっても、偉そうにされるよりかはこっちの方が断然接しやすい。

 俺としてはぜひこのままでいてくれた方が話しやすくていい。


「とりあえず、もう一部屋とってくるか」

「「え!?」」


 もう一部屋用意しようと言った俺に対し「なんで?」と問いかけてくるような視線が集中する。

 フィナンシェは純粋になんでそんなことをするのかと疑問に思っている顔。

 シフォンは不安そうな顔を浮かべていた。


「この部屋は二人部屋だ。シフォンはフィナンシェと同じ部屋の方がいいだろうし、俺とテッドは別の部屋に移ろうと思ったんだが、何かおかしなことを言ったか?」

「そんなのダメだよ。みんな一緒にいた方が何かあったときに動きやすいし、それにもし私たちの部屋が襲われたとして、トールたちにそのことを知らせる余裕もなく逃げることになったらどうするの? 私たちが襲われたことにトールたちが気付かなかったらバラバラになっちゃうよ?」

「そ、そうです。そんなのダメです。トール様とテッド様が同じ部屋にいてくださるほうが私も安心できます。どうか一緒にいてください」

「しかしここは二人部屋だしな。というかこの宿には一人部屋か二人部屋しかないだろ?」

「私がなんとかしてくる! ちょっと待ってて!」


 そう言い残し、フィナンシェが部屋を出て行ってしまった。

 この宿は三人部屋や四人部屋なんてないし、女同士で相部屋の方がいいかと思ったのだがなぜか猛反対されてしまった。

 宿は安全だろうと言いたくはあるが、数十日前にこの宿の中で命を失いかけた記憶もある。

 絶対に安全とは言い切れない以上は二人の意見を否定する必要もない。

 金が手に入った後もフィナンシェと同じ部屋で寝泊まりしていたのはなんとなく別々の部屋に分かれる理由が見つからなかったからだしな。

 慣れないうちは大変かもしれないが、シフォンともそのうち同じ部屋に泊まって当然と思えるような関係になるだろう。

 王女と同じ部屋で寝ることに問題があるかもしれないが、もしそのことで何か言われたとしても、そのときはシフォンも擁護してくれるだろう。

 いざとなったらテッドをつかって黙らせればいい。

 この世界でスライムを恐れない人間なんていない。

 大丈夫。なるようになるはずだ。


「あの、トール様。申し訳ないのですが、テッド様にあまりこちらに近づかないよう仰ってはいただけないでしょうか。その、どうにも嫌な感じがしてしまって。私、粗相をしてしまいそうです」


 目に涙を溜めたシフォンにそう言われテッドの方を見ると、テッドはフィナンシェが買ってきた朝食を食べ終え俺の方に近づいてきていた。

 宿にいるときはテッドがかばんから出ているのが当たり前になっていたから気付かなかったが、そういえばテッドはさっきから部屋の端に移動させたテーブルの上で食事をしていたな。

 テーブルとシフォンの間には三メートル以上の距離がある。

 とはいえシフォンもスライムを恐ろしい存在として聞かされて育ってきたはず。

 当然、姿絵も見たことがあるだろう。

 シフォンはこの部屋に入ったときから、ずっとおどおどしていた。

 もしかしたらテッドが視界に入り続けていて落ち着かなかったのかもしれない。

 そして、テッドはテーブルよりもシフォンの近くにいる俺に近づいてきている。

 当然、シフォンとの距離も縮まってきている。

 相当怖いのだろう。

 身体を強張らせて蒼い顔でテッドを見ている。


「テッド、悪いがシフォンには近づかないようにしてくれ。怖がっている」

『そういえばそうだったな』


 テッドはそう言い、進行方向を変える。

 シフォンが自分のことを怖がっていると聞いて部屋の隅に戻っていった。


 最近はフィナンシェもテッドに触れるようになった。

 そのおかげでこの部屋の中では自由に動いていいことになっていたからな。

 テッドもシフォンが怖がることを失念していたのだろう。

 シフォンがテッドに慣れるかどうかはわからないが、またしばらく不便を強いることになってしまった。

 お詫びにあとでなにか美味いものでも買ってやるか。


「トール様、ありがとうございます。テッド様にも感謝と謝罪を。私のせいで行動を制限させてしまい申し訳ありません、とお伝え願えますでしょうか」

「わかった。伝えておこう」


 震えた声でびくびくされながら話しかけられるのはどうにも落ち着かないな。

 シフォンも、フィナンシェのように早く俺やテッドに慣れてくれるといいのだが。

 慣れてくれないと今後が大変だしな。


 問題が解決しなかった場合、俺たちがブルークロップ王国までシフォンについていくかどうかはまだ決まっていない。

 もちろん、護衛が戻ってこなかった場合は俺たちでブルークロップ王国まで連れていくことになるだろう。

 そうなると、シフォンがテッドに近づけなかった場合、テッドには何日も行動を我慢させることになってしまう。

 テッドはもともと自分で動きたがるような性格ではないから問題ないといえば問題ないが。

 できれば、シフォンのお忍びが終わる八日後までにすべて解決したいものだな。


 そんなことを考えていたらフィナンシェが戻ってきた。

 どうやら二人部屋に三人で宿泊する許可をもらってきたらしい。

 その後、今後のことなどを話し合っているうちに夜になってしまった。

 シフォンはフィナンシェのベッドでフィナンシェと一緒に寝ることになり、王女との奇妙な共同生活が始まった。

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